そして、甦る―(23/34)
※~[最上真理]回想~※
真理は、学校が嫌い……。
勉強が嫌いだから……。
運動が苦手だから……。
それをバカにする人達がいるから……。
でも、真理には頼りになる人がいた。
2つ歳上のお姉ちゃん。
いじめられていた真理を助けてくれた、見ず知らずのお姉ちゃん。
優しいお姉ちゃん……真理はお姉ちゃんが大好きになった。
いつも遊んでくれる。
いつも守ってくれる。
お姉ちゃんのおかげで、いじめはほとんどなくなった。
またいじめられても、お姉ちゃんが助けてくれる。
友達なんかいなくても、お姉ちゃんがいるだけで十分。
嫌いな学校でも、お姉ちゃんがいたから、諦めずに通い続けられた。
そんな、ある時。
ママに仲良くなったお姉ちゃんのことを話したら、
「真理……この手紙を、そのお姉さんのおじいさんに渡して」
って、真理に手紙を持たせた。
中身は知らない。
でも、その手紙をおじさんに渡した日から、真理はお姉ちゃんのお家にお泊まりするようになった。
よくわからないけど、嬉しかった。
お姉ちゃんと一緒にいられるし、真理のお家には、怖い人がいたから……。
おじさんも道場にいる時はちょっと怖かったけど、お家にいる時は面白くて楽しい人だったから平気だった。
毎日が、とても楽しかった。
──でも、そんな楽しい日々は、長く続かなかった。
小学2年生の、夏休み。
夏休みなのに、学校に行かなくちゃいけない、登校日。
真理はいつものように、お姉ちゃんと一緒に学校に行った。
全校集会とかがあって、ちょっと話を聞いたりするだけ。
午前中で終わり。
教室で帰りの挨拶を済ませて、
速足で玄関に向かって、
お姉ちゃんと合流して、下校する。
「──真理ちゃん、今日のお昼ご飯は何がいい?」
「なんでもいいよ」
「じゃあ、ニンジンのホットケーキにする?」
「ニンジン、いらない!」
「今なんでもいいって言ったよね?」
「言ってない!」
「なんでもいいって言ったよね?」
「言ってない!」
「なんでもいいって言ったよね?」
「言った」
「真理ちゃんは正直で偉いね~♪」
「どうしてそんな意地悪言うの」
「ごめんごめん。おじいちゃんのマネしただけだよ」
「じゃあお姉ちゃんは悪くないね」
「もちろん! 帰ったら、一緒にホットケーキ焼こうね♪」
「うん! ニンジンはいらないよ?」
「わかってるわかってる~。ほうれん草は入れるけど」
「えぇー……」
「冗談だよ☆」
いつもと同じ帰り道。
いつもと変わらない会話。
……だったのに。
「──あっ」
「……? どうしたの?」
お姉ちゃんが、どこか遠くのほうを見て、声を上げた。
「真理ちゃん! ちょっと先に帰ってて!」
「えっ!? なんで!?」
お姉ちゃんのお家に住むようになってからは、一度も一人で帰ったことなんてなかったのに……。
「ちょっと用事を思い出した気がするの! すぐに帰るから! ねっ?」
「用事って何!? 真理も行く!」
「ダメっ!!!!」
「Σ!?」
ど、怒鳴られたっ……!?
「ホントに、すぐ帰るから!! あとで話すから!! 真理ちゃんは、先に帰ってホットケーキの用意しといて! ねっ? 一緒に作るんでしょ?」
「う、うん……」
「じゃあ、約束だよ!」
お姉ちゃんは、いつもの笑顔で素早く指切りをすると、真理にランドセルを預けて、そのままどこかへ走り去っていった。
──それが、最後に見たお姉ちゃんの姿だった。
お姉ちゃんは目がいい。
もしかしたら、友達をみつけて話しかけに行ったのかもしれない。
それなら、自分はそばにいないほうがいい……いる必要がない……。
ちょっと寂しかったけど、真理は一人でお家に帰った。
「……ただいま……」
「おー、おかえり。──ん? 一人か? 凛はどうした?」
「知らない……」
「なんじゃ、せっかく新しいオヤジギャグを披露してやろうと思うたのに」
「…………」
「まあいいじゃろ。先に昼飯食うか?」
「ううん、お姉ちゃんと一緒にホットケーキ作るの。すぐに帰ってくるって言ってたから……」
「そうか。じゃあ、ワシは道場のほうに行ってくるからの。家の鍵は閉めとくんじゃぞ」
「はーい……」
真理はおじさんを見送って、ホットケーキを作る用意をした。
ホットプレートや材料を揃えて、お姉ちゃんの帰りを待った。
──でも、お姉ちゃんは帰ってこなかった……。
3時になっても、
5時になっても、
7時になっても、
帰ってこなかった……。
しんと静まり返った家の中で、不安に襲われた……。
どうして帰ってこないの……!?
どうして一人ぼっちにするの……!?
ずっと一緒にいてあげるって言ってたのに……どうして……!?
一緒にホットケーキ作るって言ってたのに……どうして……!?
真理よりも大事な友達がいるの……!?
真理のことはどうでもいいの……!?
──お姉ちゃんっ!!
真理は、いてもたってもいられなくなって、電気を点けたまま家を飛び出した……。
道場へ行けば、おじさんがいる。
とりあえず、寂しくはなくなる。
そう思って、歩いて5分の道を全速力で走った。
……走ったのに……。
「……え……」
道場の明かりは消えていて、ひと気もなかった。
「……おじさん……!?」
試しに入り口の戸を叩いてみたけど、返事はナシ……。
「────」
途端、涙が溢れ出した……。
お姉ちゃんも……おじさんも……どこに行ったのっ……!?
真理を置いて……二人でどっかに行っちゃったのっ……!?
どうして……真理だけ仲間外れにするのっ……!?
真理のこと……嫌いになったのっ……!?
ねぇっ……!! 寂しいよっ……!!
泣きながら、来た道をトボトボと折り返した。
家も街灯も多くないから、辺りは暗い。
……暗い……怖い……寂しい……。
夜の暗がりが怖く思えてきて、歩くのも嫌になった。
――その時。
ふと、ママのことを思い出した。
夜でも仕事に行っていたママ。
でも、今日はいるかもしれない……。
ママに会いたい……。
お家に帰りたい……。
少し前に、一度帰った時、
「絶対に帰ってきちゃダメよ!」
って言われたけど、今は会いたい……今すぐ会いたい……!
そう思った時には、既に走り出していた。
家はそんなに遠くなかったから、体力的にも走り続けられた。
──そして、家の前に到着。
家の電気は点いてた。
鍵は開いてた。
……嫌な予感がした。
ママはちゃんと戸締まりする。
戸締まりができていないのは、あの人がいるから。
あの……パパがいるから……。
真理は、息を殺して家の中に入った。
足音を立てないように気をつけながら、リビングを覗く。
そしたら……。
「……あ……」
ママが、寝てた。
床で、寝てた。
疲れて、こんなところで寝ちゃったのかな……?
そう思ったけど。
「──Σ!?!?」
ママにそっと触れた時、違和感を感じた。
泣き虫の真理を抱きしめてくれるママは、いつもあったかいのに……。
寝ているママは、すごく冷たかった。
まるで、物みたい……。
まるで、人形みたい……。
よく見たら、焦げ茶色の髪の毛が、半分くらい真っ黒になってる……。
固まってる……。
「……えっ……」
え……!?
えっ……!!!?
えぇっ……!!!!!?
「――いやあぁぁぁぁぁあぁぁぁああぁぁぁぁあぁぁぁっ!!!!!!!!!!!!」
「……うるせぇ……」
「Σ!!」
「人が寝てる時に……うるせぇんだよっ!!!!」
「きゃあっ!!」
フラフラと寝ぼけ眼でリビングに入って来たその男は、真理に灰皿を投げつけてきた。
この人が……ママを……ママを……!!!!
「ママに何したのっ!!!!」
「うるせぇ!!!! おめぇここで何してんだよっ!!!! 金でも持ってきたのかぁ!? 酒でも持ってきたのか!? あぁ!?」
「お金もお酒もないよっ!! なんでママに酷いことしたの!!!!」
「おめぇには関係ねぇだろうが!!!!」
男は掴みかかってきた。
「痛いっ、放してっ!!」
「ジタバタすんなっ!!!!」
そして、思いっきり顔を殴られた。
「うっ……!」
「子供のくせに偉そうな口聞いてんじゃねぇよ!!!! 金も稼げねぇくせによぉ!!!!」
真理が倒れたってお構いナシ。
おとなしくしたってお構いナシ。
容赦なく殴ったり蹴りつけてくる。
それが真理のパパ。
ううん……パパじゃない。
こんな人……パパなんて呼べない、呼んじゃいけない。
「っ……!」
真理は闇雲に暴れた。
暴れて、相手がほんの一瞬怯んだ隙に、その場から逃げた。
慌てて玄関へ向かう。
顔が痛い、腕が痛い、お腹が痛い。
それよりも、恐怖のほうがまさった。
「逃げんなぁ!!!!」
男は追いかけて来る。
振り返るのが怖い……立ち止まるのが怖い……。
真理は、暗い夜道をひたすら駆け抜けた。
「……ウッ……ウウッ……」
涙が止まらなかった……。
痛くて、怖くて、苦しくて……それでも、誰も助けてくれない。
頼れる人がいない……。
お姉ちゃんがいない……。
おじさんがいない……。
ママがいない……。
何が起きているのかがわからなくて、どうすればいいのかもわからない……。
「──わっ……!」
足がもつれて転んだ。
でも、起き上がる気になれなかった。
このまま、あの男に追いつかれて、殺されるのか……。
それとも、車やバイクにひかれて、死ぬのか……。
もう……なんでもいい……。どうでも、いい……。
今までの思い出が、涙と一緒にあふれ出てて、そう思った時には、目の前が真っ暗になっていた......
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