狂愛人間、現る―(3/21)


――まあとにかく食堂に着きました。

今晩もバイキング形式なので、ナルシーさんは俊足の豚足でご飯を取りにいきました。

確定はしていませんが、食事は朝は定食で、昼と夜はバイキングであることが多いです。

特に夜は、全員での合掌が省かれることも多々あります。

今も、既に何人かの生徒がバラバラのタイミングでご飯を食べ始めています。

まとまりが悪すぎてもう放置しているんだろうな。


今日のメインはクリームシチューですか。

ニンジンを避けて掬いましょう。

あ、ワカメサラダがある。

マッケンさんの髪の毛思い出しちゃった。


私はさっさと取り揃え、器を乗せたお盆を持ってB組のテーブルへ向かいました。

そして、ピーラーさんとチッチキチ~ゲームをしているカスさんの隣の隣に座りました。


チッチキチ~ゲームとは、ただ単に「チッチキチ~」と言いながらお互いの親指を合わせるだけのゲームです。

そして、ピッタリキッチリ合うまでやり続けなければならないゲームです。


「……カスサン」


「今話しかけんなトロ……集中してんだ……チッチキチ~」


「聞クダケ聞イテクダサーイ」


「このゲームが終わらねぇと飯が食えねぇんだよっ……チッチキチ~」


いつからやってるんですか。

シチューの表面に膜が張ってますよ。


「トッテモトッテモ大事ナ話デース」


「後にしろよっ……チッチキチ~」


「カスサンノ命ニ関ワル話デース」


「チッチキ∑──はぁ!!!?」


「痛っ!! てめぇカスどこ見てんだ!! 目に刺さっただろうが!!」


「俺の命!? 俺様の命どうなっちゃうの!?!?」


とりあえずピーラーさんに謝りなさい。


「安心シテクダサーイ。選択ニヨッテハ、最高ノ高校生活ガ送レマース」


「詳しく話せ!!」


私はサラッと説明しました。

今日のお昼、カスさんが蹴り飛ばしたあの気持ち悪い人が、おそらく何かしらの理由でカスさんのことを狙っていると。


「…………」


カスさんは目を見開いて硬直していました。――が。


「ようやく俺様の命を狙う輩が現れたか!! これも人気者の宿命だな!! ドンとカモンだぜ!! フハハハハァ!!!!」


ハジける笑顔で喜び始めました。


「いやぁ~人気者はツラいなぁ~デヘヘヘ♪」


その笑い方気持ち悪いです。


「そろそろサインの練習でも始めるかぁ~オヘヘヘ♪」


ひじきみたいな目も気持ち悪いです、やめてください。

なんか勘違いしている気もしますが、まあ、なるようになれです。

もしかしたら本当に命を狙われているのかもしれませんし、私は最期まで温かく見守るとしましょう。




その後、食事を終えた私は、ぼっちゃり体型に戻ったナルシーさんとともに大浴場へ向かいました。

早めに行くと、あまり人がいないので気が楽です。


「浮き輪にはまって抜けられな~い♪ そんな富士子がキュートなの~♪ ラララァ、ラララァ、ラララァ~♪」


ナルシーさんは脱衣場に入った時点で歌っています。

オペラ風に歌っています。


「ドーナッツ~には食べられな~い♪ 富士子のお口が食べちゃうの~♪ ルルルゥ、ルルルゥ、ルルルゥ~♪」


いや、ミュージカル風かな?

ナルシーさんは作詞家兼作曲家兼歌い手です。

いつも私の知らない歌ばっかり歌っています。


「お味噌~お味噌~お味噌汁~♪ グツグツ煮込んで~ポコポコポ~ン♪」


そして理解し難い歌ばっかりです。


「さ、富士子も美人の湯にグツグツしてもらいましょ♪」


いいだし汁が取れそうですジュル。


「トロちゃん先に行くわよ~♪」


「ア、ハイ」


ナルシーさんは軽快なスキップで浴室に入っていきました。

私もちゃっちゃと着いていきます。


「おほほ~! やっぱり冷水シャワーは効くわ~♪」


いきなり冷水!?

風邪引きますよ!


「ナルシーサン、寒クナインデスカ~?」

「ふっふっふ、これは清めの水よ! サウナ入る前に冷水を浴びておかないとすぐにバテちゃうんだから!」


左様ですか。

今まで何度かお風呂をご一緒していますが、そんなことをしていたなんて初めて知りましたよ。


「じゃ、富士子はサウナでチンシン代謝を鍛え上げてくるから!」


それをいうなら新陳代謝です。


「イッテラッシャイマセ~」


また30分くらい待たなきゃいけないんですね。

この前、先に上がったら、


「不二子のいうことが聞けないなんてとんだお馬鹿さんね!」


とか言われてめちゃくちゃ怒られたし。

しょうがないので大人しく待っていましょう。

あの不二子ちゃんに言われたら聞くしかないのだ。


私は待っている間に髪と体を洗いました。

そして、鏡の前で体を背けてチラリと背中を見た後、薬草の湯に浸かりました。


背中に残る傷痕。


小学生の時にできたものです。

一生残ると言われましたが、薬草の湯に浸かっているといつか消えるのではないかと思ってしまいます。


ま、どっちでもいいですが。


「ウルルル~ラララァァァァァ゙ァァ♪」


サウナの中から中途半端に音が外れているナルシーさんの歌声が聞こえてきます。

徐々に痩せてきてるんですね。

ナルシーさんは痩せると音痴になることがわかっているのでしょうか。

いや、多分わかっていないのでしょうね。

私は普段から歌なんて歌いませんし、好きな歌手もいませんから音楽のことなんてよくわかりませんけど、スリムナルシーさんの歌声は結構脳にクるんですよ。


なんて思っていると……。


「──キャアアアァァァァ!!!!」


何故か露天風呂のほうから悲鳴が聞こえてきました。


あれ?

脱衣場には他の人の服は見当たりませんでしたが、誰かいたのでしょうか。

そしてまた覗きをする野郎どもが出現したのでしょうか。


私はタオルを巻いて外に出ました。


「キャアァァァァァ!!!! 誰かぁぁぁぁ!!!! 覗きよ覗きぃぃぃぃ!!!!!!」


そこには……。


「違うわ誤解よっ!! アタシ覗きなんてしていないわ!! 信じて今田くん!!」


「変態よ変態よ!! 変態オヤジがいるわぁぁぁ!!」


全身をタオルで隠すカスさんと、ケバ粧のオッサンがいました。


そう。

あの悲鳴は、ターバン・イマーダのものだったのです。


「…………」


ちっ、めんどくせぇな。


「トロちゃんHelp me! 僕ちゃんの体がケガされちゃうわ!!」


勝手にケガれろ。


「ま、また現れたわね、今田くんのお連れその1!!」


私、その1なんだ。

っていうか、なんで制服着たままこんなところにいるんですか。


「……詳シイ状況説明ヲドーゾ」


「僕ちゃんが女湯の中を眺めてたら、このド変態が僕ちゃんの心の中までジロジロ覗いてきたのよ!!」


あんたも覗きしてんじゃん!


「違うわ!! アタシはただ、今田くんのタオルの内側を透視しようとしていただけよ!!」


それが変態だよ!


「ドッチモ変態デース覗キデース」


「「違うわ!!!」」


違わねぇよ!


「トリアエズ、カスサンニハ、オ仕置キデ~ス」


デコピーン。


「∑いでっ!! ニキビ潰れたっ!!」


げっ、私の指がケガれた!

早く洗わないと!

ジャバジャバ。


「アタシは何もしてないわ!! デコピンなんて嫌よっ!!」


安心してください。

あなたには触れませんので。

触れたくありませんので。


「状況ハ、ワカリマーシタ。トコロデ、アナタノ御名前ハ?」


「グレートバリアリーフ・エンジェル・エリザベスよ。キャッ、とうとう今田くんに名前教えちゃった♪」


「グレープバリアフリー・エンジン・エリキャベツ?」


「グレートバリアリーフ・エンジェル・エリザベスよ!!」


またごっつい名前ですね。


「ああ、エリザベスか……懐かしいな……昔飼ってた犬の名前と一緒だ。あいつは美味かったなぁ」


カスさん犬食べたの!?

それダメなんじゃない!?


「アタシも今田くんの犬になって食べられたいわ! ハァハァ」


怖っ! 今度はカスさんが食べられる番だ!


「∑ハッ! まさかお前!! 俺様を狙ってるっていうマフィアか!?」


気づくの遅っ!


「やだ、そんなに見つめないで今田くん//」


意外と恥ずかしがり屋なんですね。


「てめぇコノヤロォ!! 俺様に手を出すなんざ一億年と二千年前から可能なんだよ!!」


「あん、カッコいい!!♪」


アホなの?


「石油ぶっかけて燃やすぞコノヤロォ!!!!」


「アタシと今田くんのハートがヒートアップジェネレーションなのね!!」


もう戻ろうかな、寒いし。


「で!! なんでお前は俺の命狙ってんだよ!!」


「イヤだわ今田くん♪ アタシが狙ってるのは命じゃないわ、ハートよ、ハート♪」


「ハート? つまり心臓だろ?」


「違うわ、ハートはラブよ、ラブ」


「ラブ……!?」


「まあ、死ぬまで一緒にいる=命もいただいたってことかしらね♪」


「…………」


「死ぬ時は一緒よ♪ 同じお墓に入りましょ、マイスイートダ~リン♪」


ぶちょっ♪

エンジェル・エリザベスさん、投げキッス発射!


「ギャアァァァァァァァ!!!!!!」


カスさん、寸でのところで避けた!


「好き!! 大好き!! あなたのことが大好きなのよ!! 入学式で見た時から大好きなのよ!! 一目惚れしたのよ!! 胸がキュンキュンするのよ!!」


ついに欲求が爆発したか!


「アタシと付き合って!! アタシと結婚して!! ギュッとして!! んもうギュッとしたいわ!! きゃあぁ~//!!」


怖い怖い怖いっ。

でも何故か一瞬可愛く見えてしまった。

恋する女は綺麗なんですね。


「ガガガガガガガガガガガガガガガ」


カスさんが青白い顔でガタガタ震えています。

ハハハ、滑稽ですね。


「ぷっちょだっちょー!!♪」


「ギャアァァァァァァッ!!!!!!」


エリザベスダーイブ!!

カス逃げたぁぁぁ!!


「きゃああぁぁぁぁぁっ!!!?」


「フハハハハハハハ!!!!!!」


エリザベス風呂に落ちたぁ!!

カス黒笑!!


「ゲホッゲホッ! お化粧がぁ!! 制服がぁぁぁ!!」


化粧がドロドロに落ちてエリザベスさんの顔が化け物にぃ!

服が濡れて下に着てるアイラブ今田Tシャツが透けて見えてますよ!


「アッハハハハハ!!!! 醜い!! 醜いぜ!! この愚か者めが!!」


よく見たらカスさんめちゃくちゃ泣きそうな顔してる!

怖かったんですね、よしよし。


「今日のところは見逃してやる! だが明日からは容赦しねぇぜ!! このクソキモ野郎がぁぁぁ!!!!」


あ、逃げた。

カスさんが全速力で逃げてった。


「今田くぅぅぅぅぅんっ!!!!!!」


その顔で追いかけないでくださいね。

カスさんがあの世まで逃げていってしまいますから。


「明日も挑戦してみせるわ!! 絶対に諦めないからぁー!!!!」


カスさん、余計なことを言っちゃいましたね。

俺には一生関わるな、とか言っておけばよかったのに。


「ウハハハハハハハ!!!! イーッヒッヒッヒッヒッ!!!!」


エリザベスさんは奇声を発しながらゴキ◯リのように壁をよじ登り、どこかへ行ってしまいました。


「……寒イデース……」


私は浴室に戻りました。

気分が悪いです。

数分の間にいろんなものに酔ってしまったようです。


「あらトロちゃん、露天風呂で誰かと混浴でもしてたの? 意外とやるわね♪」


パーフェクトボディのナルシーさんがお出迎えしてくれました。

ちょっとホッとします。


「イーエ、覗キ魔ヲ退治シテイマーシタ」


「えぇ~また出たのぉ? 男どもも好きよねぇ~。ま、富士子がいるから仕方ないか♪」


確かに、今のナルシーさんには言えますね。

もうちょっと身長が高かったら完璧不二子ちゃんですよ。


「富士子はもう上がるけど、トロちゃんはどうする?」


「ンー……モウチョット浸カッテイキマ~ス」


冷えましたから。


「あらそう、珍しいわね。じゃあ、お先にしつれ~い♪」


ナルシーさんはぴょんぴょん跳ねながら出ていきました。

ホント、元気ですねぇ。


私は薬草の湯に浸かってうなだれました。


はぁ~……あったまる~……。

束の間の休息、安らぎ……。

このまま天に召されそう……。




しかし、この時。

大騒動の発端となる〝デスゲーム〟は、既に始まっていたのです……。

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