46「アムルスの危機」①



「まったく! なによあの女! 突っかかってくるなんていい度胸よね! 一般人じゃなかったら、八つ裂きにしてやったのに!」


「どうどう」


「パパっ! 馬じゃないんだから、もっと妻をあやすように言葉をかけてよ!」


「えぇ……」




 リンザが、不必要に突っかかってきたせいで、娘たちのご機嫌は斜めだった。


 プリプリとしているルナはもちろん、ヒルデガルダとミナでさえ、面白くないと頬を膨らませている。




「……手を出す気はないが、あの女が今後もレダの周りをうろうろするのはおもしろくないな」


「おとうさん……あの、おばちゃんのことどうするの?」


「ま、心配しなくていいよ。はっきり言ってやったから、もう近づいてこないさ」




 口ではそう言ってみたものの、言われて言動を改める良識がリンザにあるのか心配だった。


 いっそ、欲しがっている金を渡してアムルスから去ってもらうという方法もあるが、味を占められて居座られても困るので、おいそれと安易な行動はできない。


 レダが貯蓄している金は、娘たちのために使おうと決めているのだ。


 金のために捨てた男に媚び諂う女に渡すことはしたくない。




「もう、あのおばさんの話はいいわ! また現れたら引っ叩いて追い払ってやるから! それよりも! 診療所が火事になったってどういうこと!?」


「そうだね。まず、そこから話そう。実は――」




 レダは、三人に診療所に関する話を伝える。


 火事に遭い、焼け落ちてしまったこと。


 その火事がおそらく放火であること。


 再建には時間がかかってしまうので、雑貨店を改装して診療所にすること。


 その診療所に自分たちが住めること。




「パパっ、それって最高じゃない! あたしたちの愛の巣ができるのね!」


「愛の巣って言わないの!」


「やった! わたしたちのおうち! 嬉しい!」


「みなさい、ルナ。ミナの反応が子供らしい、理想的なものだよ」


「ぶー! ミナはミナ、あたしはあたしなんですぅー」




 ヒルデガルドが小さく手を上げた。




「そこに私も住んでいいのか?」


「え? 一緒に住まないの?」


「……ふふふ、うん、レダはそういう男だったな」


「どういうこと?」


「いや、なんでもないさ。うむ。人間の町に我が家を手に入れることができるとは感無量だ。これもレダのおかげだな。ルナに負けないよう、たくさんサービスをするとしよう」


「サービスってなに!?」


「ふーん、ヒルデに負けるとかありえないから」


「新しい生活が楽しみだな、ルナ。ふふふふふふふ」


「そうね、ヒルデ。あはははははははははっ」




 笑顔で睨み合うルナとヒルデガルダ。


 普段、仲がいいのに、ときどきこうなる。


 レダは、額に手を当てて嘆息した。




「ねえねえ、おとうさん」


「どうしたの、ミナ?」


「いつから、新しいおうちにいくの?」


「えーっと、改装が終わってからだから、しばらく経ってからかな」


「あのね、わたしのお部屋ってある?」


「もちろんさ!」


「うれしい! おとうさんと一緒も好きだけど、自分のお部屋ほしかったの!」




 瞳を輝かすミナに、レダの頬が緩む。


 同時にちょっと寂しくもある。


 今まで、一部屋で四人で生活していたのが、別々になるのだ。


 年頃の女の子たちと暮らしているので、当たり前だと言われればそれまでだが、寂しいには変わりない。




(俺、ひとりで寝れるかな?)




 なんてことを考えて苦笑してしまう。




「パパ! パパ! あたしたちの部屋にはダブルベッドをおきましょ!」


「……ルナの部屋もあると思うよ?」


「もうっ。パパったら! 夫婦は一緒に寝るものでしょ。それにね……もうあたしは成人したんだから、楽しみよね」




 ぺろり、と唇を舐めるルナは、月のように妖艶だった。


 思わず背筋がぞくりとする。




「ふふふ、妻というのなら私だろう。心配することはないぞ、レダ。新居で、私が妻としてたくさん可愛がってやろう。なに、私も初めてだが、任せておけ」


「……ひ、ヒルデさん?」




 ルナに負けじと、色気を発するヒルデガルダに、レダは冷や汗をかく。


 ルナもヒルデガルダも、外見こそ幼いのにときどき大人以上に色気を出すので困る。




(――あれ? もしかして、俺ってピンチなんじゃないかな?)




 今さら大事に取っておく貞操ではないが、新しい生活が始まると同時に散らされてしまいそうな予感がひしひしとする。


 助けを求めるように、にこにこしているミナに視線を向けるも、




「みんななかよしだね!」




 姉たちの企みをわかっているのかいないのか、満面の笑みを浮かべてそんなことを言われてしまう。




「うん、確かに仲良しだね。でも、仲良しすぎるのはいろいろ問題があるというか、なんというか」


「おとうさん?」




 まだ成人していない娘に詳細を説明することができず、口籠ってしまうレダ。


 誰か助けて。


 そんなことを心の中で叫んだ時だった。




「レダ!」




 どたどた、と足音を立てて近づいてきた人物が、勢いよく部屋の扉をあけた。




「ナオミ?」




 勇者ナオミが、血相を変えて部屋に飛び込んでくる。


 何事かと問いかけようとしたレダよりも早く、彼女が叫んだ。




「くるのだ!」


「なにが?」


「モンスターがたくさんくるのだ!」




 次の瞬間、町の警報の鐘がけたたましく鳴り響くのだった。




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