45「リンザの末路」③
リンザは、ニュクトの言葉が理解できなかった。
「な、なにを言って」
「利用価値がないんですからー、もう生贄になってもらうしかないんですよねー。それともー、逃げ出してみますかー?」
にたり、と嗤うニュクトの顔は、リンザが今まで見たことのない恐ろしいものだった。
「逃して、くれるの?」
「どうぞー。でもー、どこにー、助けを求めるんですかー?」
「それは」
「あなたはー、アムルスの町では放火犯ですー。それをー、伝えてー、わたしから逃げることができてもー、豚箱行きですよー?」
「あ、あんたのせいにすれば」
「……それをー、本人の前で言っちゃうのがー、リンザさんのー、馬鹿なところだと思いますー。普通はー、そう思ってもー、口にしませんよー」
痛む足を無視して、リンザは逃げようと身を翻す。
自分が失態を重ねた自覚があるのだろう。
一目散に走り出した。
だが、
「そう簡単に逃したりしませんけどねー」
リンザの背中に向かい、ニュクトが風刃を放った。
風の刃は、致命傷にならない程度にリンザの背を切り裂く。
「ぎゃぁあああああああああっっ!」
「豚みたいな悲鳴ですー」
悲鳴をあげてのたうちまわるリンザを見て、ニュクトが楽しそうにケタケタと楽しそうに笑う。
「……この女、いかれてる! このままじゃ、殺される! 誰か、助けて!」
必死に助けを求めるリンザだったが、もちろんこの場に自分たち以外誰もいない。
せめてアムルスの中で起きていれば違っただろうが、走って逃げられる距離ではないのだ。
「さてー、リンザさんはもう動けないのでー、こちらの準備もはじめましょー」
ニュクトはナイフを懐から取り出すと、魔法陣の真ん中で動けずにいるロザリーの腹部に容赦なく突き立てた。
「んっっんんんんんんんんんんんっっ!?」
そのままナイフを縦に動かし、腹部を切り裂いていく。
血が溢れ、大地を濡らしていく。
内臓が溢れ落ちるも、ロザリーは絶命することさえ許されずにいた。
痛みのせいで意識を失えず、ただ目を見開いて言葉にならない叫びを続けていた。
そんな光景を目にしてしまったリンザは、その場に嘔吐した。
ニュクトは手を真っ赤に染めたまま、涙を流す友人に告げる。
「今からー、血の臭いでー、周囲のモンスターをー、呼び寄せますー。大物が混ざってくれるとー、嬉しいですねー」
「あ、あんた、狂ってるわ!」
口元を汚したリンザが叫ぶが、ニュクトはきょとんとしただけ。
「なにを今さらー。狂ってなければー、八つ当たり同然の復讐なんてー、しませんからー」
復讐者が笑うと同時に、魔法陣が輝き始めた。
次の瞬間、どこからともなくモンスターが現れた。
「――ひぃ」
リンザたちの前に現れたのは、彼女たちの身の丈が三倍もある魔獣だった。
一見すると巨大な牛だ。
しかし、口には鋭い牙が並び、角も八本生えている。
なによりも、その牛型の魔獣は後ろ足だけて立っているのだ。
「ぶもぉおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
咆哮をあげる魔牛が、近くにいたリンザを睨む。
「う、あ、あ……」
恐怖で失禁したリンザは、地面を這いつくばって逃げようとする。
「お、おねがい、たすけ――」
だが、次の瞬間、魔牛が大きく口を開けて、リンザの体に食らいついた。
「あー、しまったー」
ニュクトの間延びした声が響くと同時に、リンザの上半身が食いちぎられて、下半身が地面に放り出される。
数回、地面を跳ねた下半身は、大量の血を吹き出しながら、痙攣していた。
「まー、魔獣を手懐ける餌になってくれたリンザさんには感謝ですー。ついでですのでー、他のモンスターの餌になってくださいー」
気づけば、小鬼たちが集まっている。
奴らは、下半身だけになったリンザに群がり、爪を立て、ちぎり、肉を口に運んで咀嚼しはじめる。
そんな悪夢のような光景にニュクトは顔色を変えることはなかった。
彼女は、魔法を使って宙に浮くと、アムルスを睨む。
「さぁー、復讐の始まりですー。レダの全てをー、奪いましょうー」
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