第21話 須川家で勉強会(5)

 リビングへ戻ると二人はテレビを見ていた。

「あ、お帰りなさい」

 香織が言った。

「おう、結構早かったな」

「うん。長湯するのは申し訳ないしね」

「そんなことないよ。ゆっくり入ってて良かったのに」

「本当? じゃあ次来たときはそうするね」

「私、そろそろ部屋に戻りますね。勉強しないといけないし」

 香織が部屋に戻ろうと立ち上がった。

「理数系なら私、教えられるけど教えようか?」

「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」

「そう。分からないところがあったら聞いてね」

「はい! ではおやすみなさい」

 軽く会釈をして香織は部屋へ戻っていった。

「俺達も部屋に戻るか」

「うん。そうだね」

 私達も部屋に戻る事にした。


 部屋に戻り、彼はテーブルをどかし始める。

「ちょっと布団を敷くから待っててな」

「私も手伝うよ」

「大丈夫。ゆっくりしてて」

 そう言って彼は部屋を後にした。

 何も考えずに泊まると言ったものの、よくよく考えてみると一緒の部屋で彼と寝るってなんだか緊張しちゃうな。今夜は眠れるのか。何せ男子の家に泊まる事自体初めてだから余計だ。

 そう考えていたら須川が布団を持ってきた。

「よいしょっと」

 手際よく動いて早く布団も敷き終わった。

「じゃあ、紗綾は俺のベッドで寝ろよ。俺は下の布団で寝るからさ」

「え、いや大丈夫だよ! 私は布団で全然平気」

「そんな気にすんなって。俺のベットで寝たくなかったらいいけど」

「そんなことないよ! じゃあお言葉に甘えて……」

 好きな人のベッドで寝られるのだなんて、私にとって嬉しい誤算だ。

「どうする? もうそろそろ寝る?」

「うーん。どっちでもいいよ」

「じゃ、電気だけ消すか」

「うん」

 私は須川のベッドに潜り込んだ。

 大好きな彼の匂いに包まれて幸福感でいっぱいになった。勿論、こんな事を他の人に言ったら確実に引かれるので絶対内緒にしておこう。

「紗綾、起きてる?」

 須川が声を掛けてきた。

「起きてるよ」

「そうか。眠い?」

「ううん。眠くない」

 しばしの沈黙が訪れる。

 お泊まりの醍醐味といったら寝る前のこの時間だったりする。お互いの心境を打ち明けるこの時間が私は大好きだった。辛気臭い事を言っても大丈夫なこの時間が。

「ねぇ、聡君」

「うん?」

「どうして私と付き合ってくれたの?」

「え、そりゃ紗綾が告白してくれたからだろ」

「いや、まあそうだけど……。じゃあ、何でOKしてくれたの?」

「うーん……言わないとダメ?」

「うん」

「実は……結構前から紗綾の事は気になっていたんだ」

「え、そうなの?」

 それは意外だった。何の関わりも無いし、気になるところなどないはずなのに。強いて言うなら同じクラスだけだという事だ。

「うん。誰にでも明るく接してて、いつも楽しそうに笑ってたしさ。授業も真面目に受けたりとメリハリがしっかりしてるし。まあ、後は俺のタイプだったし……。あ、後何の用か忘れたけど一回部活の時間に体育館入る時があってさ。そこで紗綾が一生懸命にやってるのを見て……なんかそこで好きになっちまったんだよな。うまく言えねぇけど……。だから告白された時はビックリはしたけど、凄い嬉しかった」

「そうだったんだ」

「……恥ずかしいからもう言わない」

 暗闇でも彼が照れ隠しをしているのが分かる。そんな須川が急に愛おしくなった。

「ねぇ、そっちに行ってもいい?」

「え!? せ、狭いぞ?」

「いいよ」

「あ、いいや。俺がそっちに行くわ」

「うん」

 そう言うと須川がベッドに入ってきた。愛おしくてつい言ってしまったものの、この状況はかなり緊張する。須川が頑張って私に触らないようにしているのが伝わってくる。

「聡君、狭いでしょ? もっとこっちきて大丈夫だよ」

「けど詰めると……くっついちゃうけどいいのか?」

「平気だよ」

「そうか……じゃあ」

 そう言って彼は私の方へ詰め寄った。

 須川のたくましい体が密着して体温が伝わってくる。緊張して熱くなっているのが彼に伝わらないといいけど。

「な、なんか緊張しちゃうね……」

「そ、そうだな。なんか話でもするか」

「そうだね」

 これで気が紛れるならありがたい

「香織で思い出したけど、高岸ってこの前の一件以来まだなんかされてるのか?」

「うん。まだ荷物隠されたりとか無視されたりしてるみたい」

「本当にしょーもねぇな……」

「本当ね。そんなことして何が良いんだか」

「それで、塚本には言ったのか?」

「ううん。まだ言ってない。なんか言うに言えなくて」

「怖いのか?」

「まぁ……うん。正直ね。言って何されるか分からないし、けど高岸の事も放っておけないし」

 はぁ、と深いため息をつく。

「けど、そりゃあそうだよな。普通は怖くて言えないよ」

「そう、だから余計にね」

「もしなんかあったら俺に言えよな。俺も紗綾が何かされたら嫌だしよ」

「うん。ありがとう。休みが明けたら言うよ」

「おう」

 勇気を出して言わなければ。もし香織がこの事を知ったらきっと悲しむだろう。ここは先輩の見せ所だ。

 場の雰囲気に慣れたのか緊張もなくなってきた。なくなったらなくなったで刺激を求めてしまう。もう少し踏み込んだことしてもいいかな。

「ねぇ聡君」

「なんだ?」

「う、腕枕してほしいな……なんて」

「え? あ、お、おう。いいのか?」

「うん」

 それじゃあ、と消えそうな声で私の頭を彼の脇に寄せた。彼の厚い胸板の上に頭をのせる。これは腕枕と言えるのか。頬越しに体温と鼓動が伝わってくる。それにしてもやけに鼓動が早い気がする。緊張しているのか、はたまた……これ以上深く考えるのは辞めよう。

「紗綾って結構グイグイ来るよな」

 頭上から彼の声がする。

「そう? そんな事ないよ」

「いや、そんな事ある。今日だって肩に寄りかかってきたし」

「それは……なんかその……雰囲気でというかなんというか」

 そうか、と彼は私の頭を撫でた。心地よくてすぐ寝てしまいそうだ。まだ寝たくない。私はもう少しこの幸福感を味わった。

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