第19話 須川家で勉強会(3) ~聡の妹~

 しっとりとした時間を楽しみ、須川がお手洗いで退室した。

「面白いのかな、これ」

 私はぼやきながら先程彼に勧めて貰った本を手に取った。

「ただいま……ってやっぱりその本、気になるのか?」

 お手洗いから戻ってきた彼が言った。

「まあ。勧めて貰ったし頑張って読もうかな」

「この本、タイトルは難しそうに見えるけど凄い読みやすいよ」

「あ、そうなの?」

「うん。ジャンルは恋愛系に入るのかな? ミステリー要素も入ってるけど全然難しくないよ。ほら、この作者」

 須川はそう言って表紙の作者の名前の所に指を差した。

「この人、結構有名な作者でさ、この前見た映画も原作はこの人が書いたんだぜ」

 彼は自信満々に言った。いかにも自分が書いたかのようだ。

「へえ! そうなんだ! すごーい!」

 この前見た映画を書いた人だったなんて。思いもしていなくて驚いた。

「じゃあ、聡君は映画を見るときも知ってたの?」

「うん。やっぱり映画と原作は内容が微妙に違ったかな。後は、本とかだと登場人物とか自分で想像するだろ? 情景とかさ。だけど、映像となると自分の中の映像とか人物とかが壊されるというか……なんか違うなって気持ちになるんだよな。そういうのもあってあんまりドラマとか映画とか見たくないんだよな。……あ! ちなみにこの前の映画が見たくなかったとか、つまんなかったとかじゃないからな!」

 須川が手を振りながら誤解を解こうとしている。

 私は本を全く読まないから分からないけど、読む人は読む人の考えや想像している世界があるのだろう。

 自分には未開の世界だ。けれど、この本を読むとその世界も少しは開拓できるのではないか。

「へぇ、そうなんだ。じゃあやっぱり借りようかな」

「おう。他にもあるから気になったやつがあったら言ってくれよな」

 結局、今話していた須川おすすめの小説を借りる事になった。

「ただいまー」

 すると玄関の方から女性の声がした。お客さんかな? 

「誰か来たよ」

「おう」

 須川にそう言うと彼は立ち上がって部屋から出て行った。

「おかえり」

「ただいまー」

 須川が女性と話している。話してる感じからして友達かな? いやいや、友達なはずがない……そう信じたい。じゃあ、お母さん? いやいや、お母さんはもう亡くなっているしやっぱり友達かな?

 私は不安になりながらも彼等の会話に聞き耳を立てた。

「女の人の靴あったけど誰か来てるの?」

「まあ」

「え、もしかして彼女が出来たとか? いやいや、それはないか」

「残念ながら彼女なんだよな」

「え!? 嘘!? マジ!? お兄ちゃんに彼女……。とんだ物好きもいるものね……」

「うるせえ」

「ねえ、私もお兄ちゃんの彼女見たい」

「いいけど失礼のないようにな。お前デリカシーねぇんだから」

「お兄ちゃんこそデリカシーないじゃない」

 お兄ちゃん? てことは聡君の妹だよね? けど聡君、妹の事なんか話してなかったような……。

 そう思っていると足音が次第に近くなってきた。

 須川と妹が部屋に入ってきた。

「あ、こんにちは。はじめまして。お兄ちゃんの妹の香織です……ってあぁ!」

 彼女の驚く声が部屋に響き渡る。

「あれ!? 香織ちゃん!? なんでこんな所に?」

「それはこっちの台詞ですよ先輩!」

「なんだ? お前達知り合いなのか?」

 彼はあっけらかんとした様子だ。

「そうだよ。この前に高校生の人達と合同練習したんだけど、時に凄く良くしてくれた先輩だよ」

「そうなんか? それは世話になったな」

「いやいや! 私はそんな」

「いいえ! そんなことありません! 高岸先輩しか知ってる人がいなくて不安だったけど、坂本先輩のおかげで何とか無事に終わりました」

「そ、そう? ならよかった」

「高岸って紗綾と仲良い後輩だよな?」

「そうだよ。何でお兄ちゃん知ってるの?」

「まぁ、色々とな。それにしても二人がもう既に知り合いだなんて世間は狭いなぁ」

 あはは、と彼は笑っている。

「もう。聡君、なんで妹いるって言ってくれなかったの?」

「あれ? 言ってなかったっけ?」

「言ってない! ビックリしちゃったよ」

 しかもその妹が香織ちゃんだなんて余計にだ。

「それは悪かったな」

「私もビックリだよ。お兄ちゃんの彼女がまさか坂本先輩だなんて」

「本当だね」

「先輩」

 香織そう言っては背筋を正した。

「うん? どうしたの?」

 私も思わず身構えてしまう。

「家族代表として言います。うちの、どうしようもないお兄ちゃんと付き合って下さり本当に……本当にありがとうございます」

 香織はそう言ってお辞儀をした。ご丁寧な事にしっかりと背筋を曲げている。

「いやいや! そんな事ないよ! こちらこそ付き合いただき、ありがとうございます」

「いやいやいや! 無愛想ですぐ怒るこんなお兄ちゃんと付き合ってくれるなんて、先輩はまさに女神ですよ!」

「いやいや! そんなこと――」

「そんなことあります! こんなお兄ちゃんと付き合ってくれるなんて、普通は出来ないですよ? 少なからず私は出来ません」

「俺が黙ってると事をいい事に好き勝手言いやがってこのバカ!」

 須川は香織にゲンコツをかました。

「イッタ! DVよDV!」

「うるせ! 誰がゲンコツさせるような事を言ったんだ!」

「ま、まあまあ二人とも落ち着いて」

 喧嘩が始まりそうだったので二人を宥める。

「まあ、けどお兄ちゃん良かったね。先輩、もしかしたらお兄ちゃんと付き合うなんて罰ゲームかなんかだったりして。ははは」

 香織は自分の頭をさすりながら言った。

 ギクリ。冗談だと分かっているのに、心臓がキュッと締め付けられているような気分になる。

「バカ。紗綾がそんな事する訳ないだろ。失礼だぞ」

「冗談だって」

 二人の会話を横目に、私は須川に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

 聡君は最初から好きだったのに私はそうじゃなかったのだから。けど今は大好きだから大丈夫――自分にそう言い聞かせた。

「じゃあ、私部屋に戻るね。二人の邪魔するといけないし」

「おう。邪魔だからとっとといけ」

「ちょっと、聡君」

「大丈夫ですよ。いつもの事ですから」

「あ、そうだ今日の晩飯、紗綾が作ってくれるってよ」

「え、そうなの!? やったー! 楽しみにしてますね!」

 香織はそう言い残して自室に戻っていった。

 部屋に静けさが訪れる。台風の用に過ぎ去ったな。静かすぎて違和感を感じる。

「なんか悪いな。見苦しい所見せちまったな」

 はぁ、と須川は申し訳なさそうに謝ってきた。

「ううん! 気にしないで。私の家もこんな感じだから」

 てっきり須川は一人っ子だと思っていた。

「そういえば紗綾って兄弟はいるのか?」

「うん。いるよ。お姉ちゃんとお兄ちゃんが」

 二つ上の兄のひろしと四つ上の姉のあやの二人だ。

 絢とは仲が良く、休みの日にはたまに一緒に買い物に行ったりしている。弘は大学で上京していて中々話す機会がない。

「え、そうなの? 初めて聞いた」

 須川は驚いている様子だ。

「あれ? 言ってなかったっけ?」

「言ってません」

 お前も人の事言えないだろ、と言わんばかりの顔をしている。そして、彼はだらしなく横になった。

「なんかあいつが帰ってきてから一気に疲れた」

「ふふふ。けど、香織ちゃん凄く良い子だよね」

「そうか? あんなデリカシーのないやつが?」

 ないない、と手を払っている。

「あいつこそ絶対に彼氏なんて出来るはずないよ」

「けど部活の時の香織ちゃん凄く一生懸命だったよ。

……こう言っちゃなんだけど中学生の中で一番気を使えてたの香織ちゃんだし。だから今さっき会ったとき、元気すぎてビックリしたんだ。部活の時と違いすぎて」

 考えてみると、あの時は年上の人達しかいないし緊張してたんだろうな。それも当然か。

「へぇ。それは是非一回見てみたいな」

「ふふふ。じゃあ私、そろそろ夕飯作るね」

「おう。冷蔵庫の中漁っていいから。あ、いいや俺も行くわ」

「ありがとう」

 二人は台所へ向かった

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