第18話 須川家で勉強会(2)

「はぁ疲れた」

 そう言って私はペンを置いた。

「なんだよ。まだ始まったばっかだろ……って一時間はやったのか」

 時計を見た彼は少し驚いた。

「そうだよ。聡君、凄い集中してるから話しかけにくかったんだから」

「そうか。それはすまんな。一旦終わりにするか」

「うん。そうしよう」

 テーブルの上に乱雑に置かれた教科書やノート、消しかすを片付け綺麗にする。

「俺も疲れたわ」

 彼はそう言ってゴロンと横になった。

「だよね。ねぇ、なんかオススメの本とかある?」

 須川に聞いた。ちなみに私はあまり本を読む事は得意ではない。むしろ苦手だ。あの細かい字がビッシリと散りばめられているのを見ると頭と目が痛くなる。しかし、いい機会だからこれを機に克服してみよう。

「うーん。そうだなぁ」

 横になったばかりの須川は起き上がって棚の方へ体を向けて考え始めた。

 暫く考えて彼は一冊の本を取り出して持ってきた。

「これとか面白いよ。おすすめ」

 持ってきたのはこれはまた難しそうなタイトルの小説だった。タイトルだけ見ても何のジャンルかは分からない。強いて言うならミステリー系かな? 

「へぇ……」

 やっぱり小説はまたの機会にしようかな。

「あ、今やっぱりいいやって思っただろ」

 ギクリ。何でわかったんだろう。

「い、いや別に?」

「完全に図星じゃねえか」

 あはは、と須川は笑っている。

「ち、違うもん!」

 申し訳程度に反抗したがそれもまた虚しく終わった。

「まあまあそう怒んなって」

 彼は完全に上機嫌だ。

 子犬を触るかな様にワシャワシャと私の頭を撫でている。

 これ以上怒っても須川の思うツボだ。

 そして悔しいことに彼に頭を撫でられるのは嬉しい自分がいる。ずっと撫でられてたい。流れて身を任せて私は須川に寄りかかった。

 彼も撫でるのを辞め、沈黙が訪れた。

 聡君温かい。私は感傷に浸っていた。鼓動の音、体温、匂いを近くで感じていた。ずっとこのままでいたい。ふと須川の方を見上げた。緊張しているのだろうか。顔が強張っている。

「聡君」

「うん?」

「緊張してるの?」

「き、緊張してねえし」

 図星のようだ。

「ふーん。緊張してるんだ。だって心臓バクバク鳴ってるよ」

「鳴ってねえし!」

「はいはい」

 再び沈黙が訪れた。

 聡くん。腕後ろにしてるけど抱きしめてくれないのかな――私の欲求はどんどん大きくなっていく。

「聡君」

「なんだ」

「私の事抱き締めてくれないの?」

 我ながら結構大胆な事を言ったな。なんかこういうことに慣れてる思われたらどうしよう。私は少し後悔した。

「え、あ、いいのか?」

 彼はかなり動揺している。

「う、うん。いいよ」

「じゃあ……失礼します……」

 須川は恐る恐る私に腕を回した。

 あ、ヤバいかもこれ……。

 凄く心地いい。ドキドキなんてもんじゃない。全身が須川に包み込まれて溶け込んでいく様だ。

 このまま彼と一体化してしまうんじゃないか。そんな錯覚に陥った。

「なぁ。紗綾」

「うん?」

「紗綾はこういう事されるの慣れてるのか?」

 須川が聞いてきた。

 その顔はどこか少し悲しそうな顔をしている。

 少しからかってやろうかな。ちょっと意地悪をしてみる。

「なんで?」

 須川に聞いた。質問を質問で返すのはどうなんだろう。内心そう思ったがそこは気にしないでおこう。

「いや、さっきからそれらしいことばっかり言ってるからさ」

「うーん。まあ何回かあるかな」

 勿論された事はない。そもそも男子と付き合う事自体が初めてだ。

「え……そ、そうか……そうだよな……」

 須川の表情が見る見るより悲しそうになっていきその手をほどこうとしている。

「じょ、冗談だよ! 間に受けないで」

 慌てて訂正する。ついでに須川の腕も元の位置に戻す。

「……冗談?」

 須川は少し悲しげで怪訝な顔で私の顔を覗かせている。まるで子犬のようだ。

「うん。ごめんね。少しからかっただけ」

「……本当か?」

「本当よ。この前だって男子の部屋に入ったの初めてって言ったじゃない。それに……付き合うの聡君が初めてだよ」

 自分の恋愛歴をカミングアウトするのはなかなか恥ずかしい。からかうんじゃなかった。

「本当の本当に?」

 須川がもう一度聞く。

「本当の本当だよ」

「そっか……よかったぁ。凄い悲しかったわ」

 はぁ、と言って腕に力が入ったのが分かった。

 いい具合に圧が入りより心地良くなった。そして何より。

 聡君、可愛い……どうしよう……今までで一番可愛いかも――普段の彼と、シュンとしている彼のギャップに萌えてしまった。

 けど、可愛いっていうとまた怒るかな。けどこの前はそんなに親しくなかったし怒ったのかもしれないし、今なら大丈夫かな。私は思い切って言ってみた。

「聡君、可愛い」

 すると須川の顔が少しムッとした。

「可愛くない」

 前回程では無いがやはりムッとしている。

「可愛いっていわれるの嫌?」

「嫌じゃないけど……。言われ慣れてないから少し反応に困る」

 言われてみると、確かに可愛いって言われないのは当たり前だ。須川を可愛いと言う人は恐らく相当な物好きな人であろう。

「そうなんだ。じゃあ、カッコいい」

「はいはい」

 須川は私の言葉を受け流した。

「何、その反応」

 今度は私がムッとした。

「だってそれはお世辞なのが見え見えだぞ」

「そんな事ないよ」

「ふーん」

「あ、信じてないな? 本当なのに」

「それはどうも」

「もういい」

 そう言って不貞腐れたふりをする。

「悪かったって。許して」

 彼は謝った。私も怒ってる訳じゃないのですぐに許してあげた。

「いいよ。ねぇ、もう少しこのままでもいい?」

「ああ。俺もこうしてたい」

 私達は暫くの間、この時を楽しんだ。温かいけれど緊張してしまうこの時間は忘れる事はないだろうとしみじみと思った。

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