第15話 水族館(3)


 ショーを見に中へ入るとかなり人がいる。前方は水しぶきが来そうだったので後方に座った。最初はイルカのショーらしい。

 輪っかをキャッチしたりボールをキャッチしたり様々な芸当をしている。そして、高く上げられボールをジャンプしてキャッチする。あれだけ大きい身体をしておきながら凄いジャンプ力だと感心する。

 水しぶきが前方のお客さんにかかる。寒くなってきたこの季節に水を被るのはさすがに堪えるだろう。

 その後、アシカのショーなど色々な物をやった。


 ショーが見終わり再び館内を見て、水族館を出る頃には夕方になっていた。

「楽しかったね!」

 私は満足気に彼に言った。

「ああ、そうだな」

 須川も満更でもない様子だ。

「夜も大丈夫だろ?」

「うん。大丈夫だよ」

「じゃあ、今日は夕飯どっかで食べてこうぜ」

「分かった。夕飯は私も出すから大丈夫だよ」

 今回のデートは全部俺が出してやる――とは言ってくれたものの、そこまで甘える事はできない。夕飯ぐらいなら私も出せる。

「いや、いいよ。俺が出すよ」

「大丈夫だよ! うーん……。じゃあ、そのお金は次のデートに使おうよ」

「じゃあ……そうするか」

 腑に落ちない様子ではあったが、なんとか納得してくれたようだ。

 私達は、水族館近くのファミレスで夕飯を食べる事にした。

 ファミレスに入ると部活終わりであろう学生、デートしている人、家族連れといった色々な客がいた。

 私はドリアを。彼はハンバーグセットを頼んだ。

 須川君よく食べるなあ……。男子って皆本当にこんな感じなのだろうか。

「どうした?」

「いや、須川君よく食べるなぁって思ってさ。スイパラの時も凄い量だったよね」

「今は腹すいてるしな。逆に坂本は食べなさ過ぎなんじゃないか? 部活もやってるのに」

「そんなことないよ。これが普通だよ」

「ふーん。そうなんか」

 そんなこんなで話をしながら食べ終え、お腹が落ち着くまでゆっくりする事になった。

「坂本は明日は部活か?」

「うん。明日は一日練習かな」

「大変だなそれも」

「まあね。前にも言ったと思うけど、冬は体力を上げないといけないから走りこみとかが多くて余計疲れるんだよね。家帰ったらバタンキューだよ。須川君は明日はバイト?」

「うん」

「そうなんだ。絶対無理しちゃダメだからね」

「分かってるよ。お前もな」

 それからしばらく談笑して私達は帰ることにした。




 電車に乗り私が降りる駅に着いた。

「じゃあまたね」

「いや、俺も降りる」

「え!? 大丈夫だよ! 申し訳ないから」

「嫌だ」

「ダメ! 須川君の家、遠いんだから」

「まぁまぁ。いいじゃないの」

 よいしょ、と彼は電車から降りた。

「もう……本当に申し訳ないから大丈夫なのに」

 毎回毎回、本当に申し訳ない気持ちで一杯だ。

 だけど、まだ須川と一緒にいられる時間が増えて安堵している自分もいる。

 もう少し、もう少しだけ。そう思いながら帰路につく。

「そういえば俺さ」

 須川が口を開いた。

「坂本の事、名字じゃなくてその……下の名前で……えっと……呼んでいいか?」

 須川の顔が湯気が出そうなくらい真っ赤になっている。

「え? あ、うんいいよ」

 突然のことでうまく返せなかった。

「嫌なら良いけど」

「嫌じゃないよ! いいよって言ったでしょ」

「だって反応がイマイチだった」

 彼は不貞腐れた感じで言った。

「それはいきなり言われたからビックリしただけ」

「それならいいんだけど」

「じゃあ、私も須川君の事下の名前で呼んでいい?」

 私も須川に便乗して言った。ここで言わないと後で言うに言えなくなりそうだ。

「お、おう。いいぞ」

「ダメ?」

「何でだよ。いいよってって言っただろうが」

「だって反応がイマイチだったんだもーん」

「なんだよそれ。俺の真似すんなし」

 ムッとした表情で言った。

「そんな怒らないでよ。聡君」

 さりげなく言ったつもりだったが予想以上に恥ずかしい気持ちになる。必死に冷静を装ったが赤面しているだろうと自覚した。

 彼は驚きのあまりかギョッとした顔でこちらを見ている。

 そして、みるみる彼の顔も赤くなって照れていた。

「お、おう。そうだな……紗綾」

 ヤバい。これはかなり恥ずかしい。予想以上にこれは大ダメージだ。けれど、好きな人に下の名前で呼ばれると、どこか見えない壁が壊されて、なんだか一気に距離が近くなった気がする。

 そんなやり取りをしているうちに私の家に着いてしまった。

「送ってきてくれてありがとう。今日は楽しかった!」

「ああ。俺も楽しかったよ。じゃあ、またな」

「うん。気を付けて帰ってね」

 そう言って須川が立ち去ろうとした。

「あ、あの! 聡君!」

 彼はビックリした様子で振り返った。

「ど、どうした?」

 特に用があって呼び止めたわけじゃない。ただ、まだ彼の側にいたいと思って思わず言ってしまった。

「あ、あのね」

「お、おう」

 どうしよう。何も考えてない。私は咄嗟に考えた結果。

「つ、次の休み……また聡くんの家に行っていいかな?」

 そんな事はチャットで言えばいい。考えたら分かる事だか、少しでも彼と話したかった。

「おう。いいぜ」

 彼は微笑んでその場を後にした。

 私……どんどん聡君の事好きになってくな。

 須川に落ちていくのが自分で分かった。

 どんどん須川の沼に落ちていく。彼にすべてを吸い取られていくようだ。恋は盲目。まさにこの事かと思った。

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