第50話:魔女と「使いよう」

 バクティーヌ特別区を見渡せる位置にある物見台の屋根に、抗戦隊第一分隊長オルーゼ・ハレリオは風に外套を靡かせ立っていた。時折、後方に設置された大砲から砲弾が射出され、ズン、ズンと胸に響くような音を立てて酸噛竜に着弾した。


「ハッ。だからあれ程言ったのに。人間用の大砲じゃ無理だって」


「分隊長――」隊員の一人が箒に跨がり、独りごちるオルーゼのすぐ傍へやって来た。


「結界陣の準備、全て完了しました。いつでもやれます」


「遅いっ!」


 砲撃音に匹敵するような大音声でオルーゼが怒鳴った。ビクリと方を竦める隊員は、俄に「申し訳ありませんでした!」と頭を垂れた。


「二分で準備をしろと言ったのに、三分も掛かっている。その間に使われた砲弾は一五発、国民一人の平均年収が我々の鈍さによって吹き飛んだ。どう贖うつもりだ?」


「はい、目標を必ず沈黙させます!」


「甘いっ!」


 切れ長の目を見開き、オルーゼは箒に飛び乗った。


「沈黙では無い、だ。ヒルベリアに早く来いと伝えろ、このデカブツを静かにぶっ殺せるのはアイツしかいねぇ」


 結界陣即時起動準備――分隊長の指示を受け、隊員は上空に向かって魔力体を一発、放った。


 先程まで響いていた砲撃音が止み、酸噛竜の足音だけが、カンダレアの国土に鳴り続いた。バクティーヌ随一の味を誇ると名高い飲食店が崩れ落ちた時、オルーゼは酸噛竜から五〇メートル程の位置で滞空していた。


「さて、ご挨拶だ」


 魔杖を取り出したオルーゼは、先端を竜の口元へ向けて青白い光弾を射出した。砲弾よりも大規模な爆発が起き――。


「よう、クソッタレ」


 間も無く、巨体が止まった。喉元がゴロゴロと雷雲のように鳴り出し、王宮を支える大柱より何倍も太い四本の脚を地面に踏ん張り……。


「悪いな、手荒い挨拶しか知らねぇもんでな。……ほう、散々バクティーヌをぶっ壊しておいて、なおかつこのオルーゼごと――つもりか」


 亜成体のものとは比較にならない破壊力を秘めた――竜吹砲の準備を開始した。次第に周囲の建物が震え出し、周辺の大気が薄くなり始める。オルーゼを除く分隊員全てが、破滅的光線の射出を恐れ、また息苦しさに眉をひそめた。


 かつて……荒ぶる飛竜種の放った竜吹砲によって、一国の技術を集結した要塞が数秒でと、軍事史では伝えられている。


 伝説、お伽噺の再現が――カンダレアの地で行われようとしていた。


「分隊長、退避して下さい! 幾ら結界があっても、絶対の保証が――」


「黙ってろテメェは!」


 助言した隊員を一喝したオルーゼは、口の隙間から妖光を放つ酸噛竜を見つめていた。


「折角私越しに王宮を狙ってくれているんだ。このが良いんじゃねぇか、最高の効果試験だよ!」


「しかし! 分隊長が遅れれば――」


「うるせぇな!」オルーゼは不敵に笑い、叫んだ。


「このオルーゼ。そんじゃそこらの奴とは違う、何たって私は――」




 百城壁のオルーゼよ。




 水を抜いた溜め池のような口が、ゆっくりと開いた。喉奥が二度、閃光を放ち――。


 国家殲滅を可能とする、一条の光線が飛び出した。呼応するように結界陣の起動音が鳴り響き、第一分隊の展開する地域、王宮周辺を丸ごと包み込む、水色の薄膜が出現した。


「なるほど、尋常では無い威力だが……」


 このオルーゼを破るには、ちっと足りねぇ――分隊長オルーゼは呟き、しかしながら、クスクスと楽しげに笑った。刻一刻と迫る光体は彼女の前髪を乱し……。


 二秒後、竜吹砲は結界へ直撃した。爆発音、或いは落雷に似た轟音を立て、酸噛竜の必殺手段は結界を、そしてオルーゼを滅しようと噴射され続けた。


「ハッハッハッハ! 魔術無しじゃ目が潰れちまうな! 良いじゃねぇかデカブツ、もっと頑張りな!」


 結界から五メートル程離れた位置で顔を綻ばせるオルーゼは、彼女に向かって竜吹砲を撃ち続ける酸噛竜を見やった。


 瀑布の如き勢いで放たれる光線は――射出開始から一五秒後、努力の結果を魔女一同に見せ付けた。


 結界にが生じたのである。


「ぶ、分隊長ぉお! 逃げて、逃げて早く!」


 目を白黒させる隊員達に構わず、オルーゼはゆったりとした動作で魔杖を取り出し……溜息を吐いた。


「……こりゃあ失敗作だ。今夜は設計担当と徹夜だな」


 刹那、窓ガラスが叩き割られるような音が響き渡った。竜吹砲が魔女の結界に勝利した証左であった。


 約二秒後、必ず絶命するという窮地に立たされた魔女オルーゼは、おもむろに杖の先端を前方に向け――。


「お陰で改良点が見付かった。ついでなんだが……、貰うぜ」


 オルーゼが呟いた。果たして――瞬き程の時間も掛からず、彼女の前に立ちはだかるように巨大な魔術陣が浮かび上がった。間も無く竜吹砲が激突したが、先程のような轟音は鳴らず、シューと水の蒸発に似た音が響いた。


「……あ、あれは……?」


 一番近くにいた魔女が訊ねると、オルーゼは「新作よ」と嬉しそうにウインクした。やがて竜吹砲の射出は止まったが、代わりに魔術陣の縁が輝き出し、キィィィン……と耳を貫くような高音が鳴り出した。


「よーく見ておけ。何も結界ってのは防御に徹する為だけに非ずだ。工夫さえすればにも使える……例えば、義理堅いオルーゼにピッタリな――」


 分隊長はパチリと指を鳴らした。


 瞬間――魔術陣の中心が光り、が放たれた。




だって出来る」




 この酸噛竜は、生まれてから一度も……自身に向かって竜吹砲を撃ってくる敵に出会った事は無かった。


 撃たれるとすら、考えた事は無かった。


 全く理解の及ばない、意味不明極まり無い「襲われる」といった状況を処理するには、無敵を誇ったはずの巨竜には到底不可能であり――。


 結果、跳ね返って来た竜吹砲が口内へ侵入するのを簡単に許してしまい、国家すら脅かす超威力を……自身の肉体を以て体感する事と相成った。


「しくじった――貫いちまったか」


 眼前の魔女の言葉は理解出来なかった。


 唯一つ、酸噛竜が感じたものといえば……。


 項の部分がビリビリと痺れ、視界が上手く定まらない事だった。

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