第45話:魔女と優しき嘘
「あれ、ヒナシアお姉ちゃんだ!」
避難所で水を飲んでいた少年が声を上げると、近くで座っていた子供達が素早く集まって来た。全員がカイルの友人であったが……。
肝心の尋ね人――カイルの姿は何処にも無かった。
「皆、無事で良かったです……ほーらよしよしよし!」
「おっ、お姉ちゃんくっ付きすぎだよ!」
顔を赤らめた坊主頭の少年は、しかしすぐに押し黙った。傍にいた少女が消え入りそうな声で言った。
「……カイルがいないの。カイルのお父さんもお母さんも、弟のロイルもいないんだ。お姉ちゃん、知らない?」
ヒナシアは少年を解放し、続いて少女を抱き締めかぶりを振った。
「実は、私もカイル君達を捜しています。……そうですか、ご両親と弟君も――」
ご両親なら、と入口辺りで魔術陣を描く魔女――ゼルコ・ヴィーンが補足した。分隊長命令により、避難所の強度を一時的に上げる魔術を施していた。
「大丈夫、だと思う。さっき聞き込みをしたけど、お父様は銀行で働かれているし、市場でお母様を見掛けたという情報があったの。幸い……銀行と市場の近くで被害は確認されていないから」
あぁ、良かった――そう呟き、笑う事の出来ないヒナシア。幼い彼らの安否が心配だった。
彼女は知っている。その地域で起こった争乱の最大被害者は……大人と比べ、避難速度も単純な生存率も格段に劣る子供達であった。
避難所の奥から叫び声が聞こえた。女の声だった。
「離して、離してったら! 坊やがまだ部屋にいるのよ!」
何を言っているんだい――老婆が女の腕を掴み、必死に座らせようとしていた。近くにいた男も立ち上がり宥めようとするも、女は血走った目で駆け出そうとして止まない。
老婆が叱るように言った。
「お前さんの子供は、もう、駄目だったじゃないか……」
そんな訳無いわ、と女が怒鳴り返した。千切れ掛けたおんぶ紐を握り、避難所の外へ飛び出そうとしていた。
「どうして引き留めるのよ、私が行くしかないでしょう!」
我が子の死を受け入れられない母親の錯乱は……避難民の精神を次第にすり減らしていく。やがて耐え切れなくなった男が、「好い加減にしやがれ」と乱暴に肩を揺すった。
「現実を見ろ! お前の子供は死んだんだ! お前のせいじゃない、俺達のせいでもない――竜だ、あのおかしな竜にやられちまったんだよ!」
「嘘を言わないでよ! あの子は、まだ朝ご飯の途中なのよ! そこをどいてよ、どいてったら!」
待て――男の制止も聴かず、女は一目散にヒナシア達の方へ走って来た。怯える子供達を抱き抱えるように屈むヒナシアに……女は目を留めた。
「……何よ、アンタ。その目は何よ!」
「お母さん、一旦落ち着いて下さい――」
「うるさいわよ! アンタは子供が無事で良かったわね! 私の坊やはまだ家にいるのに、何でアンタばっかり助かる訳!?」
支離滅裂な事を口走る女の目には――大粒の涙が浮かんでいた。続いて矛先は後ろのゼルコに向かい、「アンタ魔女ね」と大股で近付いた。
「アンタが魔女なら、どうして竜をすぐ倒してくれないの!? 捜してよ、私の坊やを魔術で捜してよ! 早く、早く!」
「げ、現在行方不明者を捜索しておりますが……今しばらく時間が――」
「早くしてって言っているのよ! 坊や、お腹が減っているかもしれないわ、今朝だってスープをあまり飲まなかったし、あぁ、だから田舎に帰りたいっていつも私が頼んでいたのよ!」
「申し訳ありません、どうか、一旦落ち着いて頂いて……他の方のご迷惑に――」
「私と来てよ、私と一緒に捜しなさいよ!」
女がゼルコの腕を掴み、避難所から急いて出て行こうとした。抵抗するゼルコをグイグイと引っ張る女は、しかしながら糸の切れたように、その場へ倒れ込んでしまった。
「分隊長……」
引き返して来たジャナラ・レアの魔杖が光っている。一時間程の眠りに就かせる魔術を用いたのだった。
「避難所での騒動は即座に鎮める――何度も言わなかったか」
「……申し訳ありません」
手を貸してくれ――ジャナラの呼び掛けに、狼狽えながら先程の男が出て来た。緊張したように女を背負い、何度かジャナラの方を見やりながら、避難所の奥へ引っ込んで行った。
「ゼルコ、こっちへ来い」
「は、はい!」
呼ばれて出て行くゼルコの後ろ姿を見送り、ヒナシアは今の騒動で怯え切った子供達に笑い掛けた。
「さぁて、皆さんの元気な姿も見られましたし、ちょいと私は出掛けて来ます」
坊主頭の少年が「俺も行く」と俄に答えた。
「カイルのところに行くんだろ、俺も手伝う」
彼の発言に感化されたらしい子供達が手を挙げ、「俺も、私も」と追従を願ったが……。
「ブブーッ、駄目でーす!」
両手を斜めに重ねて拒否した。駄々を捏ねる彼らにヒナシアは「実はですね」と、声を潜めて続けた。皆が小さい頭を寄せ、耳を傾けてきた。
「皆さんにお願いがありましてねぇ……」
何々? と子供達が目を丸くした。
「この避難所には、元気の無い人が沢山います。そこで、なんですが……皆さんが一人一人訪ねて行って、励ましてあげて欲しいのです」
「励ます? 頑張れって?」
「そうですそうです! 他にも配給のご飯を一緒に食べたり、歌を歌ったり……とにかく、楽しい事をするんですよ」
でも……少女が心配そうに問うた。
「カイル達が……」
「それならご心配無く」悪戯っぽく笑うヒナシアは、外で話し合うゼルコ達を指差した。
「ちょーっと私、耳が良くって。あの二人の話を聴いておりましてね? どうやらカイル君達は無事に保護されたみたいです」
「本当に!?」
驚く彼らを静める為に、すぐヒナシアは人差し指を口に当てて「シーッ」とウインクをした。
「今から私が迎えに行きますが……これは私達だけの秘密……駄目ですよ、他の人に言ったら。勿論、あの二人にもです。後で私が怒られちゃいますからね、はい、お約束」
全員の頭をワシワシと撫でていくヒナシアは、「あぁ可愛いなぁ子供って」と、恍惚の目で彼らを見つめた。
「さぁ、秘密作戦の開始です! すぐには帰って来られないので――」
刹那、遠くから砲撃の音が響いた。二発、三発と続き、避難所の天井から砂埃が落ちた。住民達は抱き合って震えたが……子供達だけは、ヒナシアから課された使命に燃えているようだった。
この時、ジャナラが箒に跨がり、勢い良く飛び出して行ったのをヒナシアは見逃さなかった。
「これは大砲ですね、大砲が出て来たって事は、もう大丈夫! 竜なんてすぐに倒しちゃいます! カンダレアの軍隊は強いですからね! 後は皆さん、元気っ子部隊の出番ですよ? それと……今、助っ人を呼びますね、おーいゼルコさぁーん!」
「は、はい、はい! 何かあったの?」
質問なんですけど――ヒナシアは子供達の方を見やった。
「ゼルコさん、子供はお好き?」
「えっ? …………まぁ、好きですけど」
「よっしゃ、決まり!」
ゼルコの背中をグイグイと押し、元気っ子部隊長の少年の前まで連れて行った。
「後は、クリクリ頭の彼に作戦を訊いて下さいな」
「え?」
「よろしくね! 魔女のお姉ちゃん!」
子供達がゼルコを取り囲み、ドンドンと奥へ拉致して行く。
「ちょ、ヒナシアさん!? 私、何をするんですか!?」
「歌でも歌って下さい」
「歌ぁ!? 無理無理無理! 楽隊から文句が出るくらい下手なんです、いや本当に無理だって! 離して、離してぇ!」
ゼルコの姿が見えなくなった頃、ヒナシアはある目撃情報を頼りに……避難所から出発した。ゼルコとジャナラが話していた、「本当の内容」である。聴き耳を立てる事は得意であった。
先刻、幼体の出現区域へ向かう女を発見。
女はバクティーヌ特別区で使用されている、従者服を纏っていた模様。
但し、この情報は一般人から寄せられたものである。また、竜への恐怖から飲酒をし、酩酊状態での聞き取りである為、信憑性は低く――。
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