狂気とマスク(2)
(どうせ死にはしないんだ)
ちょっとしたゲーム感覚で景壱は星空に向かって走る。
「俺は馬鹿だから、才能なんてないから、こうするほかにわからねぇんだよ!」
叫びながらの突進に星空は青ざめる。
「きもい! きもい! きもい!」
そうハッキリと拒絶され、景壱は少なからず心にダメージを負う。けれど足は止まらない。
「きもいって!」
星空は背後のブーメランを景壱に放つ。
(来た! このブーメランの動きは単調だから簡単に避けられる)
確信を持って真正面からのブーメランを見据え、スライディングを決め、頭上をブーメランが通る。
これで星空を守る武器はなくなってしまった。
(行ける!)
昂る気持ちを糧に投げナイフを星空の胸へと突き立て、腕を伸ばす。
「きゃっ!」
可愛らしい声を発して目を閉じる星空。景壱はお構いなしに全身に力を入れる。
(勝てるぞ!)
バスン!
しかし、景壱の思いは叶うことはなく、上から回転したブーメランが落ちて来た。そして、景壱の伸ばした腕を切り落としてしまった。
「──っ!」
針に刺されたようなチクリとした痛みが腕に走る。
一瞬、何が起きたのかわからなかった。
実は、スライディングで回避されたブーメランは密かに上昇し、薄暗い天井を通り星空の元へと戻って来ていたのだ。その結果が腕の切断に繋がってしまったと言うわけだ。
そして、切り落とされた腕は宙を舞い、
ムニュウ……。と、変な音を立てて星空の豊満な胸を揉んでいた。
「「え?」」
切断された腕のことなんて考えられないほど異常な状況を目の当たりにした景壱は言葉を失う。
切断面からは血など一滴も垂れておらず、断面は
(血が、出ていない)
あとからそのことに気がついたのだが、今はそれよりも目の前のことである。
景壱から切り離された手が星空の胸を鷲掴みにしている光景に謎の悔しさを覚える。
(せめて繋がっていれば……)
星空は性格に難ありだが、それを差し引いても可愛い。それに布越しからでもわかる大きく形の整った胸の破壊力は凄まじく、星空に対して怖いと言う意識を持っている景壱ですらつい視線が移ってしまうほど。
「ひ……」
頬を赤く染め、小さな悲鳴を発し、星空はその場に気絶。支えのない体は背中から倒れ濁音が混じった効果音が聞こえるくらいの衝撃が彼女の後頭部を襲った。
瞬間、景壱の頭上に、
『congratulations《コングラチュレーションズ》』
と金色の文字が浮かび上がった。
△△△
「離婚だ! 離婚だ!」
二階の部屋に籠る少女にも聞こえる男の怒声は嫌に部屋中に響き渡った。
「あの子はどうするのよ!」
ヒステリックになった女の声。
(ああ、聞きたくない、怖いよ)
少女は手元の枕で耳を塞ぐ。しかし、完全には遮断されはしない。
「いらん! やるよ!」
女の問いに男はコンマ数秒に答えを返した。
それに対して女はまたもヒステリックに返す。
「私もいらないわよ!」
男と女の言葉は全て少女の耳に届いている。
少女にとって男と女は〝お父さんとお母さん〞と言う存在。しかし、お父さんとお母さんからしたら少女のことを〝娘〞としては認識していないだろう。それはこれまでの発言で明らかだった。
(いらない……)
その言葉は少女に向けられたもので、少女はそれを察していた。まだ8歳の小学3年生なのにも関わらず。
お父さんとお母さんはいつもお金のことで揉めていた。
ことの発端はお父さんの借金が発覚したことからである。
勝手に複数のゴールドクレジットカードを作り、その上でパチンコ、競馬に依存していた。そもそも、結婚前から300万ほどの借金を抱えていたことを黙っており、発覚時には600万と膨れ上がっていた。
お母さんは、すぐさま保険を解約、宝石からなんやらを売り、さらに祖母に土下座してなんとか100万を借り、どうにかこうにか寄せ集めたお金で返せるところだけを一気に返していった。
しかし、まただった。
一切懲りていなかったお父さんは400万もの借金をまた作っていた。
お母さんはその時からおかしくなり、少女を見る目付きは以前より冷たく、自然と会話なんてものは存在しない。ただあるのは溜息ばかりである。
そんなお母さんを目の当たりにした少女はひたすらに胸が痛く、自分の存在がお母さんを苦しめているのではないかと当時6歳の小学一年生だった少女は少ない知識でそう考えたのだ。
それがあるからこそ、8歳になった少女の耳に届く〝いらない〞と言う言葉は酷く胸に突き刺さっていた。
△△△
(胸に、温かな感触……はあぁ、気持ちいい、心地いい……ずっと、ずうっと感じていたい)
星空のその願いは、彼女の胸を鷲掴みにする手に届くことはなく、倒れた弾みで飛んで行ってしまった。
△△△
景壱は頭上に浮かんだ文字を眺めているとポケットの中のスマホが喋り出した。
『おめでとうございます! 生存ポイント2700を獲得 現在の生存ポイント3500』
スマホを確認すると生存ポイントが増えていた。
ポイントが増えたことに謎の嬉しさを見出している景壱をよそにスマホは止まらない。
『
景壱が聞き慣れない言葉に首を傾げているとスマホの画面が切り替わり、いつものホーム画面へと戻る。
『転送を開始します』
有無を言わせないのか景壱の体が半透明になってゆく。
そして、
『転送を完了しました』
景壱は目を開ける。
自室に帰って来たと思っていた景壱は目の前の光景に驚きを隠せないでいた。
どこかの舞台の壇上、頭上にはスッポトライトの白い光が壇上を眩しく照らしており、そこには景壱だけではない、四人もの男女が立っていた。
赤いカーテンの幕は閉じられていて外側がわからない。
きょろきょろと視線を泳がしていると、顔全体を覆うガスマスクを装着した男が野太い声を発した。
「もうすぐ始まる」
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