「さよならの歌」

…暑い夏の日、二人の中学生が、

駅前の道を歩いていた。


一人はギターケースを肩にかけ、

もう一人はカバンを手に持ち、

うちわ代わりにチラシをひらひらさせる。


「でさあ、ヨシノスケ。冬にコンテストがあるんだよ。

 これ、俺たちの実力ならマジでいけると思うんだよね。

 締め切り近いから先に応募書類出したんだけどさ、

 もちろん、ヨシノスケも一緒に…」


「悪い、俺ダメだわ。」


ヨシノスケと呼ばれた青年の言葉に、

チラシを持った青年は「は?」と声をあげる。


「…何、お前のお袋さん死んじゃって、

 まだヘコんでるの?」


そこにヨシノスケは「ちげえよ」と答える。


「…親父がさ、もうギターやめろって。

 お前たちの実力じゃ世間には出ていけないって。

 そんな夢見るよりも、もっと勉強して、

 大学行って安定した仕事につけって。」


それを聞いて、青年はフーッとため息をつく。


「はあ?親父さんマジで頭固いなあ。」


そう言って、後手を組もうとする青年に、

ヨシノスケは背負っていたケースを外すと、

そのまま青年にグイッと渡す。


「悪い、俺もう音楽できない。

 これは…お前にやるから。」


「え…」


ギターを受け取った青年は、

目を白黒させてヨシノスケと

持たされたギターケースを交互に見る。


ヨシノスケは暗い顔で続けた。


「…正直さ。ここまで俺、遊ばせてもらったと思うんだ。

 おふくろが死んで目が覚めたっていうか、

 親父にさとされて自分の立場がわかったっていうか。

 …だから、もう音楽はしない。街からも離れる。

 これから、親父の口聞きで隣町の予備校に通うんだ。」


しかし、カバンを持って駅へと向かおうとする

ヨシノスケの目はうるんでいる。


青年は彼を引き止めようと、

ヨシノスケに声をかけた。


「ちょ、ちょっと待てよ。」


そこに、ヨシノスケは叫ぶ。


「待てねえよ!遊んでいるお前と違って、

 俺は真剣に将来を見据えなきゃいけないからな。」


すると、青年はカチンときたのか、

ギターを強くつかんで言い返す。


「何が遊びだよ!少なくとも俺は真剣だったぞ。

 俺はてっきりお前が一緒の気持ちかと思って

 コンテストに応募したのに…いいよ、勝手にしろよ!

 俺は、俺一人で曲作って有名になってやるから!」


「…ああ、そうしろよ。」


そうして、青年は道を引き返そうとしたが…


「ダメだよ、おじさん。ここで見放しちゃあ、

 お互いのためにならないよ?」


僕は、道の途中に飛び出すと、

青年に話しかける。


「え…おじ、ちょ、俺、そんな年齢じゃねえし。

 つーか見目、ほぼ同い年じゃん。

 えっと、いや…なに人のやり取り見てんだよ。」


そう言ってしどろもどろになる青年に、

僕はギターに手をかける。


「ヨシノスケさん本当は行きたくないんだよ。

 本当は引き止めて欲しいんだよ…だから、おじさん。

 ちゃんと伝えたいことを伝えなよ。」


すると、青年はキッと僕を見て、

踵を返すとそのまま駅へと走り出す。


ヨシノスケはすでに駅のホームに立っていて、

金網越しに各駅停車の電車が止まるのが見えた。


「ヨシノスケ!」


叫ぶ青年に、電車に乗り込もうとした

ヨシノスケは振り返る。


そして、青年はギターケースを放り出し、

金網越しにギターをかき鳴らしながら、

大声で歌い始めた。


…ギターの音色はお世辞にも

上手いとは言えなかった。


だが、青年の歌声は駅のホーム一杯に響き、

夏の熱気がそのあいだを通り過ぎていく。


そして、短い曲が終わる頃、

電車が走り出す。


通り過ぎゆく電車。


汗びっしょりでギターを抱えた青年。


…その隣にはホームから出てきた、

ヨシノスケの姿があった。

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