「病院へ」

「…ま、そんな連中しかいない大学に嫌気がさしてね、

 ヨシノスケが亡くなった後に辞表を提出した。

 駄菓子屋のばあさんの世話を頼まれたのは、

 それから民生委員になってからだね。」


キヨミさんはそう言いながら、

車のハンドルを切る。


向かうのは街の中心地にある病院であり、

後部座席にはユウリとやっちん、

僕は助手席に座ってキヨミさんの話を聞いていた。


「仕事を引き継ぐときに、まだ痴呆の初期だった

 ヨシノスケの親父さんからいろいろと話を聞いたんだが、

 その話からすると、あのばあさんもずいぶんと苦労人のようだよ。」


キヨミさんは大きなため息をつく。


「駄菓子屋は父親の代からのものだったそうだが、

 子供の頃にこの辺りの名家の子二人とともに流れ星を見に行って、

 翌日に彼女だけが家に帰ってきて、行方不明の子供の親に、

 散々なじられた挙句に周囲からの心証も悪くなってしまってね。

 …そのせいで両親共々、今まで肩身を狭くして生きてきたみたいなんだよ。」


「子供には何の罪もないのにね」と、

キヨミさんは頭を振る。


「そのあと両親の勧めで嫁に行ったんだが、

 数年経っても子供ができないと実家に戻されて、

 そうしているうちに両親も病気で死んじまって。

 …結局、彼女はたった一人で店を守っていたんだそうだ。」


そう言いながら車を止めるキヨミさん。


「ここまでの話を私たちより上の世代はみんな知っていてね。

 みんな口裏を合わせてずっと口外しないようにしてきたんだ。

 見えないだけで、そんな差別が私たちの地域にはあったのさ。

 …まったく、ひどいもんだよ。」


そう言って、キヨミさんは頭を振る。


…ここまでの話を聞く限り、

キヨミさんも僕らが三年前に話した

スタンプラリーのことは何一つ覚えていないようだった。


でも、それは、僕もやっちんもユウリも同じだった。


管理人による記憶操作。


それでも、キヨミさんはキューブ関連の情報を集め、

僕らに駄菓子屋のおばあさんのいる場所を教えてくれる。


その姿勢だけは何一つ変わっていないように思えた。


「おばあさんが救急車で運ばれたのは三年前の夏、

 私が民生委員になる少し前のことだ。

 末期ガンで、今も投薬治療をしている最中なんだよ。」


そして、車から降りたキヨミさんに僕らはついていき、

真新しいタイル張りが目立つ病院のドアをくぐり抜けた…

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