「放電」

「…前のスタンプラリーでは、距離が離れすぎると

 強制的に近い場所に転移させられていたけれど、

 今回は相手も大きいから有効範囲は広いみたいね。」


地上三十一階の展望コーナーから、

下界のクジラを眺めるユウリは

安堵あんどのため息をつく。


…そう、僕らは四階建てのビルを優に追い越す

巨大なクジラの行動を見るにあたり、

高層ビルの最上階に居座ることにした。


中心部の街中の電線は

クジラのせいでほとんどが切られていて、

大部分のビル内は停電状態だったが、

このビルだけは電源が別にあるらしく、

エレベーターや非常灯は問題なく作動している。


これなら、クジラに押しつぶされる心配はないし、

最悪の場合、ビルに体当たりを食らったとしても、

階の途中の通路が別のビルとつながっているので、

すぐに避難ができるようになっていた。


「っつーかさ、あの怪獣クジラの上によじ登ってさ、

 スタンプの文様が浮かんだ時点で押しちまえば、

 みんな、丸くおさまるんじゃねえの?」


そう提案するやっちんにユウリは噛みつく。


「アホか、私がデータを読み上げたの聞いてなかったの?

 あのクジラ、常に周りのケーブルが放電しているから、

 ちょっとさわっただけでゴミ山にあった焦げた死体と

 一緒の運命になっちゃうわよ。」


「…げ、焼肉だけはカンベンだな。」


そう言って、やっちんは再び、

下を歩くクジラの観察を始める。

 

…僕らが、ここに来てから二十分。


巨大なクジラはこの交差点を縄張りにしているようで、

最初に僕らが立っていた十字路を中心として、

ぐるぐるビルのあいだを周回しているように見えた。


周回の仕方も、

右回りと左回りを交互に繰り返しているようで、

僕がそのパターンについて話をすると、

ユウリが何か思いついたように紙とペンを取り出す。


「そっか、決まったコースがあるのか。

 じゃあ、クジラが来るルートのビルから飛び移って、

 スタンプができれば確実かもね。

 …でも、電気についてはどうする?」


そう、僕らにとってそれこそが最大のネック。


中心街は百貨店やコンビニなど商業施設が集まっているので、

電気を通さないカッパやゴム手袋や長ぐつなどの道具は

比較的簡単にそろえることができる。


だが、もしクジラの持つ電圧が高い場合、

僕らがたとえ完全装備をして向かったとしても、

電気を発した時点で高い電圧によりクジラの体から熱が生じ、

ゴムが焼け落ちてしまう可能性があるとユウリは指摘した。


「そうなれば、ゴムのせいでひどい火傷もするし、

 溶けたところに次の電流が来た時点で私たちはアウトよ。」


ユウリの言葉に僕は頭を抱える。


…うーん、せめてクジラが蓄えているであろう、

大量の電気を外に逃がせればなぁ。


そんなことを考えていると、

やっちんが展望台から下を指さした。


「おい、見ろよ。なんかクジラの体が、

 めちゃくちゃ光っているんだけど。」


その様子に、僕らは急いでガラスへと向かう。


下に見えるのは巨大なクジラ。


体に巻きつけた電飾を発光させながら、

派手なパレードのように交差点を突き進んでいく。


クジラは、体内にためた電気を放出しているのか、

周囲の信号機や電線は火花を上げていく度もショートし、

そのたびに周りにあった看板や車が炎を上げて燃えていく。


「やべえな、これ、マジで近づけねえよ。」


目の前の光景に息を飲み、

足をすくませるやっちん。


でも、僕はそれを見て確信する。

…これは、チャンスなのではないのかと。


みれば、ユウリもこの状況を察したのか、

僕に、こくりとうなずいて見せた…

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