「街の中を進むクジラ」

夕暮れ時の街の中心部。

スクランブル交差点のど真ん中。


周囲には大きなビルが立ち並び、

電光掲示板やアーケードの

イルミネーションが暖かな光を投げかけている。


チカチカと点滅するLED信号機。


ビル群を行き交う人を誘導するため、

カッコーの電子音が鳴り響く。


そう、人がいれば、

それらは役割を果たせたのだろう。


人さえ、いれば…


「…うぇ、何だよこれ。」


やっちんが見上げた先には、

交差点の一方をふさぐほどの、

積み上げられた車や粗大ごみの山。


その奥のビルやイルミネーションは電灯が消えており、

雑多に積み上げられたスクラップの中には、

厚さが数センチに圧縮されてしまった車も混じり、

中から焦げた人の腕や足が覗いていた。


「なにこれ、ブルドーザーでも突っ込んできたの?」


焦げた匂いに口元をふさぎながらも、

スクラップの中にまだ動ける人がいないかどうか

目視で確認するユウリ。


…以前、僕らはここは三年後の

未来の世界であると聞かされていた。


だが、やはりというか

街の中には人っ子一人見当たらない。


夕暮れ時にゴミだけが積まれた、

無人の交差点。


…果たして、この世界に、

生きている人はいるのだろうか?


ガシャンッ


その時、遠くの方で何かが崩れるような音がした。


「え?なんか、近づいてきていない?」


ガシャンッ ガシャンッ ガシャンッ ガシャ…


連続する音。


小山の向こうで時折飛び上がる、

ケーブルやスクラップの切れ端。


「やばい!みんなここから離れ…!」


その時だった。


目の前の小山になっていた

車や人が勢い良く跳ね上がった。


そこから出てきたのは巨大なクジラ。


電飾やテレビやパソコンや電線や、

何千何万本ものケーブルを体に

まとわりつかせた巨大なクジラが、

周りのゴミをどかしながら咆哮ほうこうを上げ、

巨大なヒレと頭部だけで前へと突き進んでくる。


その瞬間、クジラの周りに巻き付いていたケーブルが跳ね上がり、

バチバチという派手な音と火花をまき散らした。


「『電光クジラ、電気の海でうごめく巨大クジラ。

  電化製品や電気で光るものが大好きで、

  電飾やケーブルを常に体にまとわりつかせる。

  体は電気が巡っているのでうっかりさわるとシビれるぞ!』

  …誰が、こいつなんかにさわりますか!」


データを読み上げながらも怒るユウリだが、

そうしているうちにもはずみで飛んできた車や人が

上からぼたぼた落ちてきて、現場は非常に危険な状態だった。


「みんな、一旦ここはひくぜ!」


そうして、やっちんの声を皮切りに、

僕らはクジラの目から逃れようと、

一番手近にあった雑居ビルへと逃げ込む。


その狙いが当たったのか、

クジラは僕らに気づくことなく

再び大きな咆哮を上げると、

交差点の右側へと曲がって行った…

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