「波乗りアヒル」

入り込んだ水はみるみる倉庫に溜まっていき、

下にあった段ボールや工具を押し流していく。


…そう、この場所がなぜ閉鎖されたのか、

僕は昨年のニュースを思い出す。


夏休みの中頃。


ここで波の出るプールの調節機能が壊れ、

数メートル級の大きさの波とともに

施設の一部も含めて大量の水が周囲に溢れ出した。


波はプールの中にいた人や

プールサイドにいた人たちを飲み込み、

多数の重軽傷者を出したという。


だが、僕は同時に考える。


もし、その調節機能が今も壊れたままだったとしたら、

もし、それを調節する装置をあのアヒルが扱えたとしたら。


僕はその考えに至ってゾッとする。


そう、僕がプールの中にいた時、

プールの水は確かに流れていた。


職員は全員死んでいたはずなのに、

動かせる人などいないはずなのに、

施設のプールの波を出す装置は

確かに動いていたのだ。


…もしかして、あのアヒルは最初から

僕らをここにおびき寄せるつもりだったのだろうか?


自分の歌が通用しない相手でも、

確実に誘い殺すために。


半地下である倉庫の水位はみるみる上がり、

今や棚の半分まで水が押し寄せる。


僕はユウリに指示を仰ごうと

隣にいる彼女の棚を見たが

…そこで、気づく。


ユウリの背後。


水位の上がりつつある棚のそばに、

羽を閉じた人間大のアヒルが浮かんでいた。

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