紅の皇子は祈る。

紅の皇子は祈る。 1


 朱衣と碧英が無事に帰ってきたその翌日。

 夜伽の処遇について、朱衣と三人の皇子は話し合うことになった。

 碧英と朱衣の家出の件で、朱衣を安全に連れ帰ってきた彼に対し、槍の檻に入れておくことに疑問が湧いたからだ。

 夜伽を中心に座らせ、四人は円を描くように座ると自分の意見を述べた。

「助けてもらったのもあります。それに悪い人には思えないので、普通に人として置いてあげたいです」

 と話す朱衣に反対したのは白麗だけだった。

「朱衣を助けてくれたとはいえ、野放しにするわけにはいかない。妖は妖だ」

 前回、すぐにでも斬れと言っていた碧英は今回沈黙を守り、紅晶は朱衣に護衛を付けることを提案した。

「でも、兵士さん達もずっとは付けていられないでしょう?」

 朱衣の意見は尤もで、ここに兵を集中させるとなれば、どこかから兵を借りなければならない。

 皇宮内は常に厚く警護しているとはいえ、人員を割いていけば支障が出る可能性も有り得る。

 朱衣に護衛を付けるというのは、剣の立つ人でなければならない。おまけに女性が望ましいとなると、現在皇宮内に適材がいない。

 白麗と朱衣は真っ向から意見が対立していて、平行線のまま着地点が見つからない。

 紅晶がやれやれと頭を掻いて、妥協案を提案してみることにした。

「昼間だけに自由にしてやるっていうのはどうです。昼間、朱衣は俺達の誰かと居ればいいし」

 白麗の反対がなかったため、とりあえずその意見で纏まる――といったところでそれまで黙って聞いていた夜伽が「なあ」と声を上げた。


「それで、僕の話は終わった?」

「え、ああ、まあ」

 夜伽は金色の瞳を歪ませて笑う。

「では、次は僕の話したいことを聞いて貰おうか。




 僕は、朱衣を『つがい』にする」


 その一言で、三人の皇子は瞬く間に刀剣を抜いて夜伽に向けた。


「ま、待ってみんな」

 朱衣が場を収めようと声をかけるも、頭に血の上った三人には届いていないようだった。

「このアホ鳥! せっかく見直したのに!」

「……ツガイにするってなんの冗談?」

「冗談は言っていないけどなぁ。それとも冗談に聞こえるほど、君達は朱衣に対して本気ではないということか」

「貴様」

 このままでは本当に斬りかねない。そう察して、朱衣は自らを盾にするかのように切っ先の前に立ちふさがった。

「みんな、落ち着いてってば!」

 夜伽を庇う朱衣を見て、それぞれに複雑な表情を浮かべている。

「ねえ、朱衣。僕ならば、この狭い皇宮おりから出してあげられる。君を自由にしてあげられるよ」


 夜伽は朱衣の細い腰に擦り寄った。


「僕と『番』になろうよ、朱衣」


 甘く溶けて沁みる声。見上げてくる金の瞳。

 朱衣は、頷くことも、首を横に振ることも出来ずに苦笑した。


 一先ず、夜伽のこれからの処遇については紅晶の案で纏まったものの、朱衣を『番』にする宣言で、皇子達と夜伽の溝はますます深くなってしまったようだった。



 それから三日。朱衣はいつものように、書庫で整理をしていた。

 天井まで届くほど高く積み上げられた本棚に梯子を掛けて、白麗が新しく買った書物を分類で分けて丁重に仕舞っているところだ。

 昨日今日と白麗の体調は良さそうで、政にも積極的に顔を出し、商人を皇宮へ呼び寄せて新しい書物も買い取っている。

 朱衣は白麗から受け取った新しい書物を抱きしめると、嬉しくて微笑んだ。

 ――このまま、白麗が元気になってくれたらいいなぁ。

 白麗は政務に忙しいのか、起こしに行く前に部屋を出ていってしまっている。

 元気になってきてくれることが嬉しい反面、少しだけ寂しい。



 薄暗い書庫から出ると、朱衣の部屋で夜伽と紅晶が華札はなふだをして遊んでいた。

 花の形に切り取られた木の板に、絵の具を用いて鮮やかな絵が描いてあり、場の札と手札を組み合わせて役を作るという遊戯だ。

 大人はお金を掛けて遊んでいることが多い。二人は紙のお花をお金の代わりにしているようだ。

 白麗と碧英は、夜伽と本質が違うのか、よく対立するような立ち位置にいる。それに比べて紅晶は夜伽と馬が合うようで、言い合っているところを見たことがない。

「へぇ……強いね、夜伽」

 夜伽の座っている周りに、お金の代わりの紙の花が咲いている。

「仲がいいのね」

「お仕事お疲れ様、朱衣」

 夜伽が朱衣に微笑みかける。

「ありがとう、夜伽。紅晶ももうお仕事終わったの?」

「視察だけだったからね。港に行って、出入りしている船の様子を見てきたよ」

「港……」

 朱衣は、夜伽に抱きかかえられて、空を飛んだときのことを思い出した。

 海の煌めきに、城下の街並みと違う建物達。

 この小さな国の中にもまだまだ知らないことがあるのだと思い知らされた。

「そうだ、朱衣」

 手招きされて、朱衣は紅晶の横に座る。

「これ、お土産」

 以前渡された貝の入れ物に似た、丸い入れ物。

「大陸から仕入れたべにだよ。朱衣に似合う薄紅色」

 紅晶は緩やかな垂れ目を細めて笑む。

 そうした一つ一つの仕草が色っぽい。

 けれど、朱衣の目にはどこか疲れているように見えた。

「俺の見立てに間違いはないから、使ってほしいな」

「いつもありがとう、紅晶」

「うん。じゃあ、俺はここで」

「もう帰ってしまうの? よかったら、お茶でも……」

「これから、約束があるんだ。ごめんね」

 約束、という言葉に引っかかったが、朱衣は笑顔で送り出すことにした。

「今度お礼をするね」

 紅晶は艶やかに笑うと、「楽しみにしているよ」と流し目を残して去っていった。

 

 朱衣と二人きりになった夜伽は、朱衣の腰に腕を回して引き寄せた。

 少しずつ斜めに差し込んでいた日差しに照らされる。


「朱衣、やっと二人きりになれたね」


 甘やかな声に肩が跳ねて、朱衣は腕から逃れようと身を捩った。

「やだ、離して」

「つれないなぁ」

「夜伽、怒るよ?」

「『番』になろう、朱衣」

 嫌がっている朱衣と対象的に、夜伽は朱衣の肩に顔を埋めて楽しそうだ。


「そこまでにして貰おうか、バカ鳥」


 碧英が夜伽の額に刀の先を突き付けた。

 夜伽は頬を膨らませながら、渋々朱衣から離れる。

 ――まったく、兄も兄なら弟も弟だな。

 すぐに鈍い光を放つ切っ先を向けてくる辺り、そっくりだと夜伽は心の内で悪態を吐いた。


「へぇ……紅晶兄皇子アニキが来てたんだ」

「あら、会わなかったの?」

「ああ。昨日から、朝餉も夕餉も会わなかったんだけど、忙しいのかな」

 朱衣の部屋は奥まっていて、白麗の部屋の前の廊下を通るか、沓を履いて庭を通り抜けてくるしかない。

 忙しいから、わざわざ庭を通り抜けて来たのだろうか。

 



「紅晶は、会わないようにしているのではないか?」


 なにか知っていると言わんばかりの夜伽の一言に、朱衣と碧英は首を傾げた。

「誰と?」

「白麗と碧英」

「なんで?」

「……朱衣が『番』になるなら教えてあげる」

 夜伽が瞳を輝かせて言うので、二人はそれ以上聞くのを辞めた。




 

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