第一夜 甘露。


 夜半過ぎになり、室内には火鉢の炭が爆ぜる音と、朱衣の安らかな寝息だけが響いている。

 朱衣は疲れているのか、この国のことと三人の皇子のことを語っている内に、深い眠りへと落ちていってしまった。


 ――さて。


 僕は首をもたげると、雨戸が閉め忘れられた窓から漏れる、月明かりを浴びた。

 今宵は十二夜。

 月は丸くなってきて、明かりも強く地上へ注いでいる。

 朱色の羽根は朱色の長い髪に変わり、毛先は金銀細工のように月明かりを浴びて煌めいた。

 顔にかかってきた髪を掻き上げると、隣に眠る朱衣の顔を覗き込んだ。

 警戒心なんて微塵もなく、無防備な寝顔を晒す朱衣の額に、そっと口付ける。


「ん……んぅ……」


 すると、朱衣の額は汗ばみ、頬は薄ら染まっている。

 苦しげに眉根を寄せて、顔を背けられてしまった。

 不快というよりは、不慣れなせいだろうと思う。


「このくらいは赦して。僕は人間や鳥と違って饅頭だけじゃ満たされないんだ」


 恍惚とした表情で、舌で口の周りを拭う。

 窓に映る自分の唇は、唾液で濡れて怪しく輝いていた。

 朱衣の指先をんだときから感じていた甘露。

 百年のときを生きてきたけれど、こんな美味な『精気』を持つ人間は朱衣で二人目だ。

 本当ならば、欲望のままもっと啜りたい。……残らず吸い尽してしまいたい。

 しかし、朱衣はこの欲求を受け入れられないだろうし、耐えられないだろう。

 腕を枕にして、朱衣の横に転がる。

 朱衣の柔らかな栗色の髪へ顔を埋めると、華奢な体を引き寄せた。

 


 ――ああ、とても、甘い香りがする。


 最初は少しでも傷が癒えたら、すぐにでも出ていこうと思っていた。

 ……けれど、皇子達に寵愛を受けながらも靡かずにいる彼女に興味が湧いて留まることにした。

 僕よりも容姿が劣るとはいえ、普通の婦女子ならば喜ぶほどに、どの皇子も顔立ちはいい。

 見た目や地位、名誉は、彼女にとって興味のないものなのだろうか。

 対して朱衣は特筆すべき物はない。

 背も低く、大きな目は美人というより幼く見える。

 胸はそこそこあるけれど、全体的に華奢であまりそそられない。

  ああ、でも、朱衣の甲斐甲斐しく世話をしてくれるところや、この甘露の持ち主であることに心惹かれている。


 痛みにもがき、どこをどう飛んでいるのかもわからない状態だったから、この国に流れ着いたのは偶然のはずだ。

 そこでこうして出会えるなんて……運命とはこういうことを言うのだろうか。

 酷い目にあったけれど、それすらも今は感謝しかない。



「助けてくれてありがとう、朱衣」




 もっと、僕を満たして。


 僕の番になってよ。






 続。






 



 



 



 



 


 

 

 


 

 

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