6日目 フォーリナー
6―2「空気、夢、食、ヒト」
性格重視っていうけど、
それって変態が好きとか、
DV野郎が好きっていう事を言ってるのと変わんないよね?
もっとはっきりしてくんない?
<BAR オルフェウス 店主 アリス>
外は相変わらず昏く、そして更に寒さが加わった。
闇、というより暗い。
雪国生まれのクララは、降雪が近いことを、気温、匂い、湿度、光量で感じた。
吐き出す息は、吹き出しを思わせるほどしっかりと輪郭を持っていた。
空気は肺を浄化するほど澄んでいるのだが、昨日まで見えていたカシュワルク城が見えない。なんとなく、不安。
「あーあ。オルトロスの涙があったらなあ」
アイリが白い息とともに吐き出すのに、司書がすぐに答える。
「使い切ったのはアイリさんでしょうが!あれ一本で一か月分の食費に匹敵しますよ!」
「さっき謝ったじゃない。細かい男はモテないのよ」
「いいんです。モテなくて」
二人のやり取りは険悪じゃない。どうやらアイリなりの関係修復策だったようだ。
「冷えますね。わたしは寒いの平気ですけど」
キーラが二人の間を通り過ぎる。クララもなんとなく、二人の間を通って腰に手をあてて待っているアルミス達の所へ駆け寄った。
皆の足先が進行方向に向かうと、アルミスは黙って頷き歩き出した。すぐにアイリがアルミスに追いつき後方の司書に向かって舌を出した。
そして隊列は基本的な陣形を取り戻した。
アルミス、その脇にアイリ。少し離れてトーマ、老魔導士。クララとキーラが後ろにつき、司書。シンベルグはあちこちを行ったり来たり。
先ほども思ったことだが、この旅に、この仲間に馴染んできたことを強く感じると共に、それがすごく嬉しくて、寂しく感じてしまう。
ここからカシュワルク城の右舷までは広い平野をずっと真っ直ぐ。
時折、木の倒れる音や、奇怪な叫び声が聞こえる森は両脇遠くだ。
もちろん、油断は出来ないが。なんといっても最終目標、闇の空気が漏れだしているその場所は、どんどん近づいて来ているのだ。
横を歩くキーラは基本無口なので、クララとの会話はそれほど盛り上がらない。
だからと言って、苦痛な訳じゃない。たまに会話を交わすだけで、落ち着く。
アルミスとアイリも似たような感じだが、クララ達よりは会話の頻度が多い。話しかける割合も、アイリ八割のアルミス二割と、クララ達の五分五分とはちょっと違う。
老魔導士とトーマはひとつの話題が上るとずっと話している感じ。ほとんど老魔導士が薀蓄を語って、トーマが相槌を打つ。トーマは相槌が上手で、ほとんど質問なため、それに答える形で老魔導士の話が広がっていく。
シンベルグは話題が盛り上がっている辺りにふわふわ漂い、誰に言うともなく相槌を打ったり、笑ったり、ふんふんと感心したりしている。
神出鬼没で言えば司書も同じか。
基本的に最後尾には居るのだが、誰も答えられない問題、情報が必要になった時、老魔導士が度忘れした単語などがあった時、いいタイミングで合いの手を入れる。
それにしても、クララは思う。
始まりとメンバーが変わったわけじゃないのに、なんだか居心地とか、見え方が全然違う。最初はそれぞれの素性を聞いて、幸運にも強いチームに入れたと思った。ある意味、ただそれだけ。漠然と「強い」。それは見た目だったり剣さばきだったり魔法力だったり。確かにそう感じて悪くはない。でも、今はもっと幸運を感じ、もっと強さを実感している気がする。個々、だけじゃなく、チームの強さ。
アルミスの力強いリーダーシップ。それを良く補助するアイリの機転。全体を中和する老魔導士の調整力。キーラの癒し。司書の博識。だれにも中立なトーマ。落としどころのシンベルグ。それらは単なるステータスとしての強さから、信頼感へと変わっていた。そう、力強く、心強く思えるようになった。そして自分。自分は、どういう存在なんだろう。今更ながら考える。思ったことをキーラに話してみる。
キーラはその美しい目筋で、妖艶に流し目しながら微笑むと「クララちゃんはキーリングかな」と言った。キーリングとは、と聞こうとしたその時だった。
「来る!」
アイリが鋭く叫んだ。
はっとして正面に向き直ると周囲の闇に同化しない黒々とした影が正面100メートル前で蠢いている。数は十個ほど。目を凝らしてみるがはっきりは分からない。
アルミス以下、すでに臨戦態勢だが、こちらに向かってくる影はそれほど速くない。余裕があるのか、アイリがシンベルグに詰め寄る。
「嘘ついたわねっ」
「ええっ!嘘なんかついてません」
「いっつも嘘つくじゃない!」
「いやそれは見解の相違というか、価値観の違いと言うか…」
「あんたたち闇のモノは寒いの嫌なんでしょ!雪だって今にも降りそうなのに!」
「おい。アイリ。言葉が過ぎる」
アルミスが正面を向きながら声だけで注意する。アイリは途端にしゅんとしょげた。
「あ、アイリさん。言い訳するとですね、あれは多分あなた達のお仲間です」
えっ、と思わず声が出る。通りで人影に見えた。なんだ、人間か、と急に弛緩する。
「違います」
クララと目があったシンベルグは即座に否定した。
「わたしの故郷、トリダークの生まれ、ではなく、闇の空気で変遷した人間だ、ということです」
じゃあやっぱり。
「フォーリナーの一種か。責任持って葬ってやらねばな」
老魔導士が重々しく悲しげに言った。
「十二体。いけるな!近づきすぎるな。どうやら動きは相当鈍い。距離を取って戦え。囲まれないように、横に動きを感じたら下がる。面を保つんだ。いいな!」
アルミスが素早く指示を出す。「はい」「了解」「かしこまり」各々返事をする。
これも一種の慣れか、クララは比較的平常心で敵を待ち構えることが出来た。最初の遭遇戦とは違い、敵が見え、自分の動きをシミュレーション出来る。なんてこと!成長を実感するなんて。考えながら、最後尾のキーラの後ろに目を配りつつ、空いている左翼を埋めようと移動する。老魔導士の横、アイリの斜め左後方。アルミスは先頭に立ち、敵集団の向かって左端と正面に来るように対峙している。敵集団は前方10メートル程。この距離だとさすがに薄明りの中でも視えてくる。一見前に見たスケルトンだが、重武装である点が違う。十二体全部が鎧を纏い、盾を持っている。右手には幅広の騎士剣。だが、肉が無い。そのせいか、歩き方がすでに重い。バランスを取るのに精いっぱいな感じだ。
声も出さずにアルミスが走りだし、敵集団の左に回る。端の一体が反応し、アルミスの方に方向を変えた。アルミスは一歩踏み出し、上から一閃、右腕を文字通り叩き落とす。二閃、返す刀で左腕を跳ね上げる。三閃、横に滑った剣が骸骨剣士の首と胴を別れさせた。
アルミスは一人で全部片づけるつもりなのか、そのままの勢いで踏み出す。今度は集団から二体がアルミスに向かった。アルミスは二体を引き付けるように二三歩下がる。
正面残り九体。
老魔導士はトーマとアルミスの間に空いた隙間から、右斜め前方に向かって杖を突きだす。仔牛大の圧巻の火球が直進し、右端の骸骨剣士を跳ね飛ばし、なお燃やす。
珍しく女性用の細身の騎士剣を構えたアイリが、半身のまま優雅に歩き、八体となった骸骨剣士の左端に歩み寄る。一撃目で右腕を切落とし、二撃目で首を切る。
その間にアルミスは二体目を倒し、三体目に取りかかっている。老魔導士がもう一発。右端ではなく、その左横の一体を重量感のある火球で弾く。骸骨剣士が二体燃えているおかげで、敵の動きが見やすい。これも作戦の内だろうか。
老魔導士が火球で倒した二体の間に挟まれていた一体が前進してきてトーマに迫る。トーマは落ち着いて動かず、中段に引き気味に構えていた剣を一気に相手の顔に突き出した。剣は切っ先鋭く顔の正面を貫く。骸骨剣士は顔面を貫かれたまま、手足を動かし、剣を振り上げたが、トーマが右に剣を振ると頭部が胴体から離れると同時に、急にガクンと力を失った。
八体目と九体目は長い詠唱を終えたキーラマイの聖なる緑光を浴びる。一瞬骸骨剣士同士が顔を見合わせ―目はないのだが―崩れるように掻き消えて逝った。後には剣、盾、鎧、その武装だけが残された。
残り四体の内、左端の一体は、すでにアルミスがとどめを刺しつつある。その横の一体はアイリの華麗な籠手打ちですでに勝負が見える。
正面残り二体。呪文を使って距離を取る必要のある老魔導士とキーラはクララの後ろまで下がっている。ということは。
クララは二正面の敵を避け、左に寄ると左端の一体を見つめた。骸骨剣士は無造作に間合いを詰めてくる。死んでいるから無敵の気分なのか。それにしても。皆の戦いぶりを見ていると、いつもよりは随分とやりやすい相手と戦っているのは分かる。にも関わらず。面と向かって相対すると、なんだかとても強そうだ。もしかして集団の最強の相手なんじゃないかと思ってしまう。でも、遅い。それは救いだ。背中に背負ったカゲキリが、背後を守ってくれる、そう言い聞かせて、えいっ、と打込む。カイン、と音がして剣が跳ね返された。あっさり。
「クララ!おいっ!武装を狙うな!右腕を狙って攻撃を無力化しろ!」
アルミスの大声が聞こえる。しまった。そうだ。骸骨剣士が右手の剣を上段に振り上げた。やばい。死ぬる。シュッとクララの顔の右横を風が走る。正面の骸骨剣士の額に水晶の苦無が突き刺さり、敵は仰け反る。背中とお腹が痛くて吐きそうなクララだったが、震える足を踏み出すと、敵の右腕にぶつけるように剣を突き出す。
カツンと木を打つような手ごたえの後、骸骨剣士の右手が後方に弾き飛んだ。もう、やけくそ。さっき見たように、アルミスの真似をして剣を引き、今度は左腕を狙う。骸骨剣士は盾を持った左手を条件反射のように引いた。剣先が空を切る。クララはそのままの勢いで敵に体当たりをした。骸骨剣士はよろめき、後退すると、老魔導士の魔法で燃やされた仲間の残骸に足を取られ、転び、燃え始めた。
はあ、はあ、と自分の息遣いが聞こえる。その横を、最後の一体に向かって通り過ぎる人影。
長いローブの持ち主。司書だ。三方から歩み寄る、アルミス―すでに三体を倒している―アイリ―同二体―トーマ―一体―を制止するように両手を広げ、残された骸骨剣士に対峙する。
右手にはいつの間にか長い棒のようなもの。司書は長い棒を右手一本で器用にくるくると回すと、骸骨剣士の胴に突き出した。長いリーチ、長い棒、それでもわずかに届かないように見えたその一手だったが、棒の先から雷が飛び出すと、骸骨剣士を上方はるか遠くに弾き飛ばした。弧を描き飛んで行ったその影は、20メートル先でグシャリという嫌な音を立てて着地した。やはり、このチームは、より、強くなっている。
「さて、目立ってしまいましたね。皆さん。流石に急がないと、新手がここを目指します」
司書が何事もなかったかのように言うと、呆気にとられたまま、その場の全員が一斉に頷いた。
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