第17話 仮面騎士アストレアと翼の具現霊ロナウ


「この力を見せることになるなんてね……覚悟はできていますか!」


 彼女は美しい髪はそのままに、仮面が変化し左右対称の計四本の鋭角が伸びた黒い、眼元だけを覆う仮面。そして服の姿が変化し、空気抵抗の少ない競技用の水着のような、黄色の配色が多い服を身にまとい、武器がより巨大な大剣に変わっていた。


 彼女ら仮面騎士には、こういった奥の手があるようである。


「本気なの?ねえ、アストレア!」


「認めない、こんなの、認めないぞ!」


「この力、武装憑依か。戦形変化(フォームアウト)ではない所を見ると、霊量士(クォルタード)と戦い方はさほど変わらないと見た」


「霊量士……?」


「何だ、知らずに使っていたのかい?」


「な、何よ。何なのよ、あなたたちは」


「しがない、医療魔法探偵剣士だ!」


「何か色々混ざっているのだけど!?欲張りなの?」


 ゼノンは目の前にいる同僚、アストレアの変貌ぶりに戸惑いを隠し切れず剣を持つ手が若干震える。一方ハーネイトと伯爵の言葉に、仮面の女騎士アストレアは驚きを隠せなかった。


 自身の使う力が、そう呼ばれていることを知り、今まで彼女自身が知らなかったことに戸惑っていたのであった。その中で会話を聞いていた翼は関心を持ちハーネイトに話しかけた。


「霊量士、か。なかなかいい響きじゃねえか。そこのおっさん」


「おっさんと呼ぶな、まだ20代、だと思うが」


「そんで、響と彩音……お前ら。まさか……っ」


 ハーネイトがはあ、とため息をつきながら呼び方の訂正を求め、そして響と彩音は翼の質問にこう答えた。


「そうよ、その通り」


「翼、俺たちは事件に巻き込まれ、あの人たちに助けられた。その中で、とんでもない事件が別に起きていることが分かってな、修行してたんだ」


「……は、ははははは。俺の知らない間に、お前らずるい、ずるいぞ!あの村を襲った化け物みたいなやつを蹴散らす力を持っているなんてな、俺だって、そんな力があれば、あんなことには、ならなかった!」


 響と彩音の言葉に、翼は歯を食いしばりながら2人をじっと睨みながらそう叫ぶ。翼も彼らと同じく9年前の事件の被害者であり、幼い時に親が離婚し、その後母を失っていたのであった。そして今は大和のもとで育てられていたのである。

 

 だからこそ、それに抗えるような力を持つ2人の姿がどこかまぶしく、そして憧れと嫉妬が織り交ざった感情に支配されていたのであった。


「うるさいわね、黙らせて上げるわ」


「待て、その子に手を出すな、創金剣術・剣鎖!」


「いい加減にしなさい、アストレア!」


 彼女は叫ぶ翼を黙らせるために振り返り、翼に剣を向けて高速で突こうとしていた。それをハーネイトはすかさず彼女の足元を突然射出された鎖で拘束する。


 更にタイミングを合わせゼノンも手にした剣で彼女の攻撃を受け止めようと駆け寄る。しかしわずかに間に合わず、その切っ先が翼の額に迫ろうとしていた。


「く、ここまで、か…!」


「聞こえる、か」


「だ、誰だ」


「忘れたのかい、俺のことを」


 その一瞬の刹那、時間が長くなった間隔を覚えたのと同時に、翼は心の中からある男の声を聴いた。


 その声は聞き覚えのあるもので、それを聞いた翼は、急に涙があふれてきたのであった。彼にも事件の影響で幻霊が心の中に現れていた。それが今になって外に出てきたのであった。


「全く、こんな所に来るには早すぎるぜ、翼」


「その声は、ロナウ……?」


 翼は、いつの間にか今いたはずの場所と全く違う場所にいた。そこはどこかのサッカー場のようであり、目の前には光り輝く、人のような形をした者がいた。それは翼にとって懐かしい声で呼びかけてきたのであった。


「そうだ、翼。お前にはやるべきことが、たくさんあるんじゃないのか?」


 その声の主の本名、ロナウ・ピエール・ジョルジョ。ボールの魔術師の異名を持ち、得点王かつ華麗なボール捌きで観客を魅了していた伝説の選手であり、彼はまだ幼い時にロナウにサインをもらい握手をしてもらったという。


 それから彼のファンとなった響は、彼の所属するチーム・グランセルアインの試合に欠かさず観戦に訪れていたのであった。そしてロナウ自身も、彼の瞳を見て、自分と何か似ているものがあると感じていたのであった。

 

だがロナウは今から4年前に、31歳という若さで交通事故に遭い死んだのであった。その時の彼の落胆ぶりは、響も心配していたのであった。

 

 その後翼は、そのロナウの残した類まれな技術を風化させないために、彼はさらに動きや技術を研究をして腕を磨き、ロナウの生まれ変わりと称されるまでの力を身に着け、有名人となっていたのであった。


「ああ、そうだ。そうだよ。友を助けたい、助けてくれた2人に今度は自分が!」


「手を取りな、翼。俺は4年前に交通事故で死んだ。だが、俺ば運転席を見た。誰も、乗っていなかったんだ、あの車には」


「ってことは、何故ロナウが」


「それを、俺も知りてえんだ。6年前の事件以降、世界各地で不審死を遂げ、遺体が消えている事件が後を絶たねえ。お前が俺に、今持っている力を注ぎこめば共に戦えるはずだ」


 ロナウは、自分が死んだ原因について真実を知りたい、それと、自身のプレーを物にし引き継いでくれている翼に対し感謝していた。だからこそ、自分はいま生きている翼のために、力を貸したい、けれど今のままでは力が足りない。だから縁を結んでくれと彼は翼に対し懇願する。


「へへ、そういうことかよ。俺も、死んだ母さんの件でずっと疑問に思っていたことがある。……行こう、ロナウ。俺の、憧れのファンタジスタ」


「頼んだぜ、未来のエース」


 翼は、あこがれの選手であったロナウと、心の中で手をぐっと握った。すると互いに力が行き交いまるで融合したかのような感覚に襲われる。その時、翼は具現霊・ロナウを獲得したのであった。


「縁を結び、現世(うつしよ)に現霊映し出す者よ。我が名はロナウ。情熱と蹴技にて汝を護る者なり!」


 意識がない中で、無意識にそう言う翼は、次の瞬間目をカっと開いてまるで体の内側から力を放出するような感じで両腕を広げ、叫び声をあげたのであった。


 すると、まるで燃えるような球を放つ熱き鼓動を秘める脚、彼の現役時代のユニフォーム、やや色黒く美しい肌、青い瞳が美しい端正な顔、癖っ毛の激しい黒髪。そして彼がお気に入りだった仮面。これが具現霊・ロナウであった。



「翼、お前……。俺たちと同じ力を!」


「嘘でしょう、訓練もしていないのにいきなりなんて。しかもあれは、彼の憧れの選手、ロナウ?そういうこともあるのね」


「な、なっ!これは一体。私の纏う霊体と同じ、力だとぉ!」

 

 響と彩音、アストレアは、翼の背後にあるその姿に絶句せざるを得なかった。

 

 翼は早速力を行使し、レイピアを突き付けた彼女を体から気を放ち吹き飛ばすと、力を込めてボールを蹴る動作をした。それに合わせロナウは足から黒い炎の玉を蹴りだし、その熱く燃え盛る弾丸が彼女を思いっきり吹き飛ばしたのであった。


「どうだ、俺とロナウの力は」


「がはっ、ぐっ……これも、霊量士の力という、の?信じられない、わ」


「ア、アストレア!」


「ゼノン……!」


 翼とロナウがアストレアに強烈な一撃を加えた後、ゼノンが翼の影から勢いよく飛び出してきて、起き上がろうとするアストレアに駆け寄り声をかける。


「私は、一体何を」


「何って、まさか記憶が?」


「うぅ、仲間を探して彷徨っていたら、ある場所に……、そこに入ってからの記憶が、ない」


「……そうなのね。アストレア、私たちに力を貸してくれる人たちがいるの。もう安心して」


「ど、どういうことよ。あなたがリーダーでしょ、何があったのか一から説明して、よもう」


 ゼノンの説明を聞いたアストレアは、若干話の内容についていけず呆れていたがしっかりと話を聞いていた。


「はあ、死霊騎士団に対抗できそうな人たちを見つけてきたのよ。あの人たちよ」


「あ、あの人たちが?」


「そうよ。しかもあの2人の男の人は、ヴィダールと関係のある出身だって」


「な、それは本当か?」


 ゼノンに促され、ハーネイトと伯爵を改めて確認したアストレアは、どことなく感じていた体の違和感の理由をようやく理解し、仮面を外してから腑に落ちた表情を見せていた。


 あの死霊騎士たちを倒せる存在がこんなところにいる、その話を聞いたアストレアは緊張の糸が解けたのかその場に座り込んでしまった。


「そうよ。ねえアストレア、他の人たちと連絡つかない?」


「あ、ああ。ったく、いつも使っていた通信術が使えないなんて」


「誰かがそれを妨害しているかもしれない。光る亀裂周辺で奇妙な霊量子の波長を拾って、調べていたがそれと関連があるかもしれない。2人とも」


「……そうだとしたら、やはりモルガレッタたちが心配だわ。しかも死霊騎士団の1人がこの街に降り立ったわ、突槍のアルゲイオスが」


「アルゲイオス、あの裏切り者め!」


 ゼノンたちの話を聞いたハーネイトは、仲間同士での通信がつながらない原因について可能性のある情報を提供する。それを聞いたアストレアは、仮面を脱いでため息をつき、明後日の方を見ながらしばらく呆けていた。


 彼女の言うアルゲイオスとは、かつて先輩であり、共に戦っていた騎兵であり、槍の扱いに長けた戦士であるという。しかし他の仲間たちと同様に霊世界の、忠誠を尽くす王を襲いけがをさせそのまま行方をくらませたのであったという


「それで、ゼノンはどうするのよ」


「私は彼らと行動を共にするわ。早く彼女たちと連絡できないと。もうこれ以上人を集めなくていいことを知らせないと。この空間に迷い込んだ人たちを早く助けないと、敵の思うつぼよ」


「……で、確かにあなたたちは強い、けれど、死霊騎士団を倒すの、手伝ってくれるのでしょうね?」


 アストレアは半信半疑でそう確かめるも、ハーネイトは真剣な表情で彼女を見つめてこう言った。


「ああ、そうだが。そうでないと被害が深刻でね。異世界浸蝕やある組織の件もあるので、次いでにはなるが力を貸す。戦闘において私と仲間たちは秀でている」


「……そう、なのか。私は一旦他の場所で同胞を探すが、次に会ったときは話を聞かせてもらう」


 ハーネイトの言葉に、アストレアは嬉しそうな顔をし立ち上がり、すぐに仲間と合流するため動こうとするが、その前に渡したいものがあるとハーネイトは制止する。


「待つんだ、このCデパイサーを持っていきなさい。これによる通信なら、今起きている妨害を受けないみたいでね。ゼノンもだ、こいつを」


 ハーネイトはいつの間にか、ゼノンとアストレアのためにCデパイサーを用意しており、それを手渡しする。これさえあればいつでも連絡できると説明する。


「ありがとうございます」


「分かったわ、……すごく手荒なことをして申し訳ない。謝ってもどうしようもないかもしれないが、その分はこれからの働きで返す。皆さんも死霊騎士にはどうか気を付けて。では失礼する!」


「あ、アストレア!」


 そうしてアストレアはその場から全速力で立ち去り、残りの仲間を探そうと動き出した。それを見たゼノンは大きくため息をついてから彼女にぼそっと文句を言う。


「もう、せっかく一人見つかったのに、いつも先走るんだから」


「苦労、しているのだな」


「ええ……。死霊騎士団の実力は私たち5人が集まって1人倒せるかどうかかしら……。1人じゃ勝てっこないわ。あの、2人に聞きたいのですが、私の実力はどの程度まで通用しそうですか?


 ゼノンも一応騎士団に属しているため戦闘経験はあれど、不安になりハーネイトと伯爵に先ほどの戦いについて評価してほしいという。


「筋は悪くないが、これからだな。修行を続けていけばいい剣士にはなれる」


「そう、ですか。ありがとうございます。ハーネイトさんも、まだ本気を出していないですよね?」


「こちらも周囲への影響を抑えるために能力を極限まで下げているのだ。本気でやると空間ごと一撃で消滅するのでね」


「まあそれは俺様もだな。まあそれより、今後の対策戻ってから考えようぜ。疲れたなあああもおおおん、なんてなアハハハハハ!」


「もう、伯爵ったら」


 ハーネイトは本来出せる力の1000分の1程度に抑えていつも戦っていた。もし全力を出すとこの不安定な世界ごと壊しかねず、響たちを閉じ込めてしまう可能性を考慮してのことであった。


 実際のところは、彼らはある呪いをかけられているため、元々の力を出そうとすると体に負荷がかかりすぎるためそれを防ぐ立ち振る舞いをしているという。そうしてハーネイトとゼノンが会話をしている間、翼は響たちと話をしていた。


「翼、大丈夫か」


「へ、へへ。俺も、お前らと同じ力を手に、入れたぜ。フフ。これで、肩を並べて……昔みたいにみんなで……っ」


 翼は慣れない力を行使したため、その場で膝をついた。それを響と彩音が力を合わせ肩を貸し支えた。


「気を失ったわ。いきなりの解放で体に負担がかかったのかしら」


「そうみたいだな。早く手当てをしないと。出よう」


「あの、私はもう少し調査をしたいのでここに残ります」


「そうか。確かに気がかり、だよな。だが無茶な深追いはするな。何かあればCデパイサーで連絡してくれよ?」


「了解ですハーネイトさん。では失礼します」


 ゼノンは他に調べたいことがありここで残るといい、ハーネイトたちにそう告げてからその場から立ち去ったのであった。


 ハーネイトは響から翼を渡され抱きかかえると、全員は元来た道を戻って亀裂の外に脱出したのであった。


「間に合ってよかったな。しかし作りが迷宮じみたもののような。そして内部にもまた亀裂があった」


「もしかすると、亀裂内の空間は色々な場所と繋がっているかも、知れないな。調査し甲斐はあるが、ハードだぜ」


「ありがとうございました。本当に皆さんすごいですよね」


 伯爵とハーネイトは、帰る際に空間を構成している壁に幾つも、霊亀裂が存在していることに気づいていた。異界化浸蝕との関連が気になるところであり、同様の事象について別個で調べることにしたのであった。


「まあ俺の出番はあまりないほうがいいぜ、無差別に仕掛けるときもあるしな」


「それにしても翼君か、どうするか話を後で聞かないとね。霊量士ならば処遇は違うでしょう?」


「それは彼の話を聞いてから考えるさ。日も暮れている、早く出よう」


 そうして全員は空を飛びながら学校の敷地を出て、住宅街の外れにある人気のない近くの小さな公園につくと翼をベンチに寝かせ、ハーネイトが治療を施したのであった。


「大丈夫でしょうか、いきなりの解放で体がついていってないのかも」


「後は本人次第だな。だが素質はあるさ。大丈夫、安心しな」


 それから全員で話をしていると、翼が目をゆっくりと覚ましたのであった。

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