第14話 魂食獣に襲われた記者


 翌朝、響は彩音と一緒に登校していた。2人はあれから、彼らのためにどこかいい拠点がないか探そうとしていたという。


「ふああ、おはよう彩音」


「おはよう、響。眠たそうね」


「そりゃそうだよ。あれから何かいい拠点がないか探していたんだ」

「私もよ。でも隠れ家的なものはなかなか見つからないわね」


「しかし、あれだけ行方不明になった人が多かったのに、見つかった後も思っていたより騒ぎになっていないのが不気味だよな」


 先生であるハーネイトたちのため、そしてこれからの戦いのために新たな拠点を遅くまでネットで調べてみたが、なかなかよさげな場所がなく収穫はゼロであったようだ。


 それから学園内に入り、2人とも教室に入ると一時間目の国語の授業の準備をしながら話をしていた。


「不気味よね……。でもハーネイトさんたちがどうにかしてくれたのかしら。事が事だし」


「かもしれない、あの人たち色々おかしすぎるからな!頼れる大人って感じで格好いいところはあるけどさ。もし2人が敵なら誰が勝てるんだろうか」


「1人は空気から金属を作る探偵剣士だし、もう1人は、もう明らかに人ではない何かだし。普通に日本語話しているのが余計にあれだけどね」


「確かにな。でも、別の世界に転移した日本の人に教えてもらったってすごいよな。それと、改めて日本語の複雑さとか表現の多さに気付かされた」


「お前ら、授業を始めるぞ!」


 2人は隣同士、顔を合わせつつハーネイトと伯爵に関してひそひそと会話をしていた。


 よく考えると、どえらい人、いや人と言うか人間離れした何かと契約し見習いとして活動している現状に、自分たちもどうかしているのではないかと思いつつもどこか非日常な体験をしていることに刺激を受けていることを改めて彼らは実感したのであった。


 すると教室に入って来たこのクラスの担任の先生、吉川幾三が厳つい声で教室内の生徒たちに声をかけ、各自授業を受けていた。



 そんな中ハーネイトたちは朝から街の見回りを行っていた。その間にゼノンは、異界空間内で行方不明の仲間と連絡が取れるか引き続き試すと言い、ハーネイトと伯爵、リリーはぶらぶらと街中を歩いていた。


「今日も朝から市内の調査か。しかし他のところの調査もしたいんだけど」


「こうも妙なことがあると、他の場所の調査もしづれえぜ。計画が遅れているのは、まずいな」


「でもゼノンちゃんの言ったあの死霊騎士団、だっけ。それも早く見つけて対処しないと嫌な予感しかしないわよ」


「しかし血徒汚染の調査もしなければならない。奴らはどこにでも現れる」


「微生界人の固有能力だけどなそれ。血徒は、倒すべき相手や」


「ああ、必ずな」


 リリーの言葉にそうだとうなずくハーネイトと伯爵。このまま野放しにしておけば、多くの人に被害が出る可能性が高いと判断し、どうしようとかと考えていた。


 どうも彼らも異界空間内での異界化と関係が血徒とは別にありそうだと、幾つかの状況証拠を掴んでいたハーネイトはそう推測していた。


「ああ。そもそも奴らの素性もこちらは把握していないわけだし、現物を拝むまでよく分からない可能性もある。血徒よりはましかもしれないけど、うん」


「けっ、あーもうこうなったら俺様が醸してやろうか、ええ?」


「それで行こう」


「いいんかい相棒。まあ、今の俺なら存在しているなら?神だって醸してみせるぜって胸張って言えるけどなぁ!封印さえなければなぁあああ!」


「全く同感だ。本当に、生みの親にはことごとく恨みしかない。異能の力のせいで、どれだけ辛い思いをしたんだって言いたい」


 ハーネイトが少し投げやりに、伯爵がすべて解決すればいいと冗談交じりに言い、それに伯爵が突っ込みを入れた。


「まあそれは置いといて、だ。相手がヴィダール絡みだと、こちらも戦闘になれば相応にダメージを受ける。うまく立ち回らないとな」


 ハーネイトと伯爵は共に神造兵器でありその特性上、霊量子による攻撃以外ではまず傷を負わないという反則的なまでの防御性能を持っている。


 霊量子(クォルツ)、または神気とも呼ばれるそれは全ての物質の根源でもあり、それが原子、元素として物質化していく。だが物質化した存在は総じて神気からとても遠い存在であり、それによる攻撃だと無効化されるどころか分解され吸収されるという。


 彼らにダメージを与えるならば、霊量子を帯びた何かで攻撃するのが一般的であり無敵ではない。これから戦うことになるかもしれない死霊騎士団もまた何かしら霊量子を使う存在であると見て、警戒の色を強める彼等であった。

 

 それからも3人はしばらく街中を歩いていると、リリーが何か反応を感じたらしく、目先の反対側の道路にいる1人の男を指差す。


「へへ、しかし、なんだ。街中の至るところで霊量子の淀み、だけじゃねえ。亀裂もちらほら見つかりやがる。それにあの男……!?」


「ねえ2人ともあれ、あそこにいる男の人、挙動がおかしくない?」


「そうだな。フラフラしている。っ、まさかあの男は……素質のある人材?」


 3人は人間界と異世界の隔たりが所々あいまいな場所を感じながら、車道を挟んで対岸にいるある男を発見する。


 少し軽薄そうな、しかし身なりは整えている男が顔から正気を失った表情を見せ、ふらふらと近くにあった路地裏に入っていくのを偶然目撃したのであった。  

 

 問題は、誰もその人に気づいていないこと。そして、その路地裏の先から異様な霊量子の淀みを感じていたことであった。


「なーんか虚ろな表情をした男が路地裏に入っていったな」


「その先にいやな反応がたくさん。行こう伯爵」


「私は先に上に上がっているわね」


「ああ、支援攻撃の準備を頼むぞリリー」


「了解よハーネイト」


 3人は姿を見えなくしてから反対側の歩道まで一気に飛び移り、男の後を追いかけた。


 するとその路地裏で見たものは、倒れている人とその周りに存在していたウサギのような、しかし生物らしき反応のない生物が複数存在している光景であった。


 既に気配を消しながら空中に待機しているリリーは、その霊的生物の数をご丁寧に数えていた。


「まさか、魂食獣か?それにしては小型すぎる」


「うへえ、なんだこのちんまいのは」


 そのウサギのようなものが2人に気づき、一斉に赤い目を向けて視線を送ると総員で襲い掛かってきたのであった。


「うっそだろ!こいつら霊量子に飢えてやがるのか?」


「魂食獣は魂の中にある霊量子を捕食することでしか体を維持できないというが、この数。ちっ、制約がなければ瞬殺だがここは上に逃げるぞ」


「ああ!」


 そうして2人は路地裏から上空へ退避しようとしていた。そして周囲への影響を最小限に抑えつつ確実に倒せる方法を二人は脳内で考えていた。

 

 ハーネイトは多種多様な戦技をもっており、大まかに分けて剣術、大魔法、創金術イジェネート、霊量子(霊装現術)、魔本変身、魔眼の6系統の技を完全に習得して運用することが可能である。しかし現在使えるのは剣術と大魔法、創金術の3種だけである。


 その他にも幾つか特殊な能力を持っているが、彼と伯爵は封印と言う名の呪いをかけられており、万全の力を行使できない状態である。


 それに対して伯爵は、微生界人という、種族特性を生かした微生物による武器や道具の生成、および発電による雷属性の技を行使できる。女神代行になる以前は霊的な存在に対しては有効打がほとんどなかったのだが、今ではそれにもある程度は通用するほどに実力を上げていた。


 伯爵はU=ONE化の影響も合わさり火力自体はけた違いなのだが、彼も封印により制御能力が全盛期よりは低下しているようである。

 

 2人は攻撃範囲や今いる場所を考慮して、周囲の建物を巻き込む大規模な範囲攻撃ができないことから刀や武器による近接戦闘で勝負に出ることにした。その時彼らの頭上からリリーの声がして、上を振り向いた2人は彼女が魔法の詠唱をしていることに気づきすぐさま武器を構えた。


「五行の角 至は無道。万物の行き来を乱し惑わせる、断絶の壁檻に囚われろ!大魔法が3の号、「五封方陣(ごふほうじん)!」


 すると路地裏に無数に存在していた無数の小型魂食獣が、リリーの大魔法により魔法陣の中に引き寄せられ一点に固まったのである。無論彼女は魔法を使用された形跡が残らないようにすでに素早く66番の四風迷彩を展開、街中にいる人を気付かせずに魔法を運用していた。

 

 本来このリリーという少女はハーネイトと同じく、詠唱なしでも100%の魔法効果を引き出せるポテンシャルを持っている。


 それに付け足し、もう1つ特筆すべき点があり、彼女はあくまで地球出身の少女であることである。なぜ異世界の住民と共に行動しているかと言うと説明が長くなるが、その異世界からの住民からもその潜在能力の高さを評価されている。


 そんな実力を持つ彼女があえて詠唱したのは、完全詠唱の場合この五封方陣には、追加効果で状態異常付与のスタンがあるというのが理由である。


「ぼさっとしていないで!」


「まさか、だが今だ、伯爵!弧月流・断月っ!」


「分かっていらあ!」

 

 ハーネイトは藍染叢雲を鞘を抜きつつ霊量子の刃を更に形成し、獣の群れに対し上空から思いっきり斬りつける。

 

 それに合わせ伯爵は激しく豪快に着地してすかさず一瞬身を引いて構え、左腕を素早く突き出した。


「醸せ、死菌滅砲(サルモネラブレイザー)!」


 伯爵は叫びながら、掌から灰色のノイズのような気体のビームを前方に発射した。そしてハーネイトの一撃から免れた残りの個体にそれが直撃し、跡形もなく消滅したのであった。


「大したことねえなあ」


「とりあえず邪魔者は消えた。しかし幾ら魂食獣でも生きた人間を襲う話は聞いたことがないぞ」


「しかし起きている。何か異変がありそうだが、早くあのおっさんの治療しねえと」


 周囲にこれ以上敵性存在がいないのを確認してから、魂食獣に襲われて倒れていた男のもとに3人は急いで駆け寄った。


「これは生気を抜かれている」


「あかんな、早う治療せや相棒」


「分かっている。やるぞ!」


 ハーネイトがうつぶせで倒れていた男を仰向けにして表情や状態を確認し、魂食獣に霊量子を抜き取られているのを確認し、彼の体に手を当てて食われた分の霊量子を空気中から集めそれを補充してあげた。


 すると男は気を取り戻し、ゆっくり目を開けると、3人の姿をしっかりと見たのであった。


「う、うわわわ!な、なんだ一体」


「静かに。私たちはあなたを襲った白い獣を倒して救ったのです」


「そうだぜ、一体何があったか教えてもらうぜ」


「あ、ああ。確かにもういねえみてえだが。助かった」


 ゆったりとした帽子をかぶった、後ろ髪をやや伸ばし跳ねさせつつもまとめ上げ、顎元にわずかに生えたひげと、うっすらと伸びるもみあげ。そしてワイシャツに袖なしの茶色の上着を着た男は、周囲にいた白い獣がいなくなっていたことに安心し、彼らに対し自己紹介を行った。


 この男は記者であり、取材の帰り中にある女の声を聞き、それにどうしても抗えず体が勝手に動き、この路地裏に入ったという。そこで無数の白い獣を目撃し、逃げようとしたが襲われたと3人にそう伝えた。


「見知らぬ声か、精神に干渉してくる奴かもしれないぜ」


「そうだな、相手が血徒なら、これ以上に恐ろしいことが起きている」


「お前らは一体……。てか、あの白い変な奴倒すとか、お前らの方が危ない存在じゃ……っ」


「そうだったら、こうして話している間にあなたの命を取っているはずですよ?記者さん」


 フフっと笑いながら、不安な表情をしている男に話しかけたハーネイトは彼を落ち着かせようとしていた。


「そ、それもそうだな。いや、すまねえ。俺も動揺していた」


「まあ、いいけれど。それより先ほどのはどういうことよおいおい」


 伯爵はその獣か、あるいはゼノンの姉妹の仕業なのか、人の意識に干渉するものがいるのではないかと推測を立て、そして男が3人の顔を見て引きつった顔をしていたが、ハーネイトの言葉で平静を取り戻し、彼の質問にゆっくりと答えた。


 男の言う女の声の感じと、昨日の事件の際に被害者がそれぞれ口にしていたことと重なる点があったことからハーネイトはある推測を立てた。


「やはり、彼女の姉妹の仕業か……」


「まだ決めつけるんのは早くねえか?」


 少し早計ではないかと伯爵がハーネイトにそういう。そして男は彼らを見ながら気になっていることを質問した。


「ところで、あんたらは一体何者なんだ」


「遠くの国から来た探偵ですよ」


「探偵にしては、かなり武闘派に見えるな」


「引き受ける案件がどうしても討伐とか退治とかが多いので、戦えるようにしているわけです。何でも屋って感じの探偵と思ってください」


 男の質問に対しハーネイトたちは、半分本当のことを言って彼をごまかした。


「そう、すか。ふう、本当にありがとうございました。昨日行方不明になっていた人たちが見つかったと聞いて、あまりに事件の内容が不自然だったので取材に行っていた帰りに……。面目ねえ」


「あまり無茶をしない方がいい。あれは人の魂を食らう化け物です」


「確かに、そうですね。今見たのは、ってええ!」


 男の驚く反応を見て、いきなりそれを言われてもそうなるかとハーネイトは考え、その場を取り繕った。


「まあ、驚くのはわけない。とりあえず、全員見つかってよかったですね」


「俺の息子も、行方不明だったが無事に戻ってきた。だけど様子がおかしいんだ。夢を見ていたような感じだと。5人の男女に助けられたと言っていたが、ああ、これを渡そう」

 

 男はハーネイトに対し名刺を取り出して渡した。その名刺には、鬼塚大和と名前が書いてあった。


「連絡先、か。わかった、ありがとう。どうもあなたも同じ穴のむしろかもしれない。見えない人には全くあれは見えないんだ。今日はもう帰った方がいい」


「あ、ああ。助けて頂き、ありがとうございました。しかしまるで神隠し的な手口だ。それと息子と、同じく被害に遭った数名に話を聞いたら、緑髪と青髪の男が、ってそういや、2人とも同じような髪の色しているな」


「え、あ、そうですか?」


「まさか、貴方達が息子を助け出したわけでは……ないよな?」

 

 鬼塚の発言を聞いた2人は一瞬顔を合わせた後、少し焦った表情を見せた。少し話過ぎたかと思い、ハーネイトたちは少し間合いを取る。


「その反応、まさか」


「いや、あっ。ちょっと急用があるので失礼しまーす!」


 そう言い、2人は上空にぱっと消えて、リリーと合流した後私立九条学園のある方角に逃げていったのであった。


「ま、待ってくれ、それならばせめてお礼を。ってああ。はあ、息子を助け出してくれたのが今の人たちならば、何かせめて。しかし空を飛んで行ったとは。夢でも見ているのかよ。息子の言いたいことがわかるな」


 そう言い、彼は落ちていたカバンを手にしてその場から立ち去り、彼らの正体を探るために2人が飛んで行った方向に走り出した。





「あの男、うまく聞き出せば何か掴めそうだな。早速進展がありそうで何よりだ。って言いたいんだけど、思いっきりまずいな」


「事件は一部の人たちは知っているみてえだな」


「とりあえず戻ろう。リリーもナイスだったよ。さすが一番優秀な弟子だ。しかし、記憶は確かに消したはず。はずなのに」


「他の魔法も十二分に機能していますし。かけるタイミングを間違えたのかも。ええ。では私をあの空間の中に。あとで会議しましょ?」

 

 ハーネイトはあの会社員も霊が見える体質であり、情報源として一定の価値があると見込み、再度聴取したいと考えていたものの、早速助けた人物が自身らであることがばれそうになったのは痛かったと反省した。


 また伯爵は、事件の噂が思ったよりも広まっていないことを気にしながらも背伸びをしていた。


 その中で3人とも、救出した人たちがうっすらとだが自身らの姿を見て覚えていたことに正直焦っていたのであった。


 その後リリーを異空間に格納したハーネイトは亀裂のところまで出向くと、亀裂に手を触れて調査を行った。


 するとハーネイトの能力で、その亀裂ごと周囲の壁の色と同じ色で塗りつぶして封印したのであった。今回の調査では2か所当たりがあり、異界空間内に引きずり込まれ魂食獣と遭遇するもこれをすべて撃破し、脱出してから亀裂を破壊したのであった。


「これで当分はよし、ッと」


「その能力は俺にはないからな。世界をその気になれば塗り替えて支配するなんて、俺でもできないぜ」


「だからこそ、使用は慎重に、控えること。さあ、響たちのいる学校に向かいましょう」


「お、そうだな」


 そうして2人は空を飛んだ方が早いと考え、霊量迷彩を使用してから飛び上がり、私立九条学園の方へ急いで向かったのであった。



「やはりあまり授業に集中できなかった」


「そうね。今日も終わったら会いに行きましょう。お菓子でも買ってきた方がいいかな。甘いものが大好きって言っていたし」


「だったら万月堂のどら焼きとかどうだろう」


「それがいいわね。問題は……」


 授業も終わり、部活をするために2人は柔道場と剣道場に向かいつつ話をしていた。彼らにお世話になっているので、何かお土産でも買おうかなと彩音は考えていた。


 そうして廊下を歩いていると彼らに声をかける男子生徒がいた。それは響の友人、翼であった。


「よう、響と彩音。今日もいちゃついてんな」


「なんだよ翼。ってかそう言うなよ」


「へっ、相変わらずだな。しっかし、何だか頭がぼーっとしているってかさ。これから部活あんのによ」


 翼は眠たそうにしながらそういい、2人に対しある質問を投げかけたのであった。

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