第11話 魔界に眠りし王と死霊騎士の関係


 

 学校を出て、誰にも見えないようにバリアを張りながらハーネイトは、響が教えてくれた病院、春花記念病院の敷地内に入り、正面玄関から入るとすぐさま受付の女性に声をかけた。


 幸い時間帯があれなのか人がほとんどおらず、今ならば全員をここに出しても問題ないと彼は判断した。

 

 本当は徹底的に自身らのことを探られないようにするためどこかに置いていけばよいとも考えたがそれは流石に良くない話であり、多少の身バレなど、多くの命を救うためならばどうにかするしかないと彼は決断したのであった。


「そこのお姉さん、いきなりで申し訳ないのですが、この患者たちを見て頂きたいのです!行方不明になっていた人たちを救出してきたのですが……」


「わわ、どうしたの一体。と、とりあえず先生たちを呼んでくるけど貴方一体……!」


「え、いやあのその、私はここで失礼します!それと被害者全員をある程度治しましたが、衰弱がひどいので点滴をしっかりしておいてくださーい!」


「んじゃ頼むぜ美人なお姉さん!チャオ!」


 ハーネイトと伯爵は被害者全員をその場で召喚し寝かせた上で、ある程度事情を説明し速やかにその場から姿を消したのであった。


「ま、待ってったら!もう、なんなのよ一体。でも……あっ、翼君!それに間城ちゃんも!というか被害者がこんなにいるなんて、もう、何なのかしら今の男たちは。でも、悪い人ではない?」


 実はこの時応対したのが結月京子、つまり響の母であり、すぐに彼女は他の看護師を呼んで応援を求めた。そうして彼女は先生たちに説明しながら運よく空いていたベッドに翼たちを寝かせハーネイトの指示通り栄養剤の点滴を施した。


 ハーネイトの処置のおかげか、全員がしばらくして意識を取り戻したが一体何があったのか、それについて全員の記憶がどうもはっきりしていない状態であった。


「それにしてもあの緑髪の美少年とあの鬼みたいな男、何者なの?人間、にしては怪しすぎるけれど……でも、いい人?」


 京子は高校生である翼や間城と時枝、それに女子大学生の李 瞬麗の手当てを済ませ、他にも運ばれた人たちの様子を見ながら、先ほどの男、つまりハーネイトと伯爵について思念していた。


 いきなりあれだけの患者を連れてくるなんてどんな手品を使ったのかしらと思いながら窓の外を見ていた中、病室に近づく駆け足の音が聞こえてきた。


「おい翼!京子さんから連絡を受けてきたが、良かった……!」


「と、父さん!」


「無事で何よりだ、ああ」


 そこへ翼の父である大和が部屋に駆け付けた。父の姿を見た翼は大和に謝りながらわかる限り事情を説明した。


「それで、息子は一体どこにいたのか分かりますか?京子さん」


「それがですね、緑髪の長身で綺麗な若者と奇妙な青い髪の男が、今起きている行方不明事件に巻き込まれた被害者たちをここまで連れてきたのです。しかし、場所を聞く前に姿を消してしまって」


 大和は京子とは知り合いであり、息子がどこにいたのか聞き出そうとしたが当然京子も分からず、例の男について話をした。それを聞いた大和はその青年が想像を超えた何かであることを理解した。


「何だと?話を聞くと相当只者ではないが、今は息子が無事に戻ってきてくれてよかった。その男がみんなを助けてくれたのだろう」


「その通りだよ、父さん。それに響と彩音も、だ。みんなが俺たちのことを、助けてくれたんだ。あれは、間違いないよ、響と彩音、それに大学生くらいの感じの滅茶苦茶強い男と……」


「えぇ、私の息子が?それに彩音ちゃんも?一体どういうことなの……」


 大和の言葉に翼がそう言い、響と彩音のことについても話した。あの5人がいなければ本当に死んでいた。そう思うと翼は震えが収まらず心の中で感謝していた。大和は襲った犯人について可能な限り翼から聞いた上でやはりこの街で異変が起きていると感じ更に息子に質問した。


「本当にその2人は人間なのか?いや、それよりも化け物だと?」


「ああ、女の子の声がしてさ、何してるんだろうと思ったらいきなり変な場所に引きずり込まれて、その後……。うっ、頭が痛いや」


「響、彩音ちゃん……私に何か隠しているようね」


「おばさん、響と彩音のことを責めないでほしい。2人はヒーロー、だよ」


 京子は自身の息子とその幼馴染が先ほどの男と関係があるということを知り表情をこわばらせていた。それを見た翼はそう言い悪く言わないでくれと京子に頼んだのであった。


「でもね、自分の息子がそういうことに巻き込まれているなんて知らなかったし、流石にね。でもその2人、悪い人にはどう見ても見えないし、患者たちに施さないといけない治療の指示も的確だったわ。息子に今回の件を問いただしてから、あの人たちを家に招きましょうか」


「ちょ、京子さん?そりゃまずいっすよそれ。本当に大丈夫なんですかね」


「やると決めたらやるわ。まさかと思うけど、もし息子が世話になっていたら何かお礼でも……ね。ともかく、あの2人組の正体を私も知りたいわ。恐らくかなりのやり手かも」


 てっきり大和は、京子が男たちに不信感を持っているかと思いきや予想外の発言に突っ込んでしまうが、自身も息子をこうして助けてくれた件に関してそのイケメンで奇妙でへんてこな2人組と会ってみたいと考えたためそれ以上は言わず、しばらく全員で話をしていたのであった。


 こうして行方不明者30名以上に及ぶ怪事件は意外な形で幕を閉じることになったのであった。他の被害者たちも迎えに来た家族や友達に連れられ病院を後にした。


 その後マスコミや警察から彼らに対し数々の質問を浴びせられたが、誰もがハーネイトのことについて話すことはなかった。ある程度記憶の封印には成功していたが、それよりも命の恩人である彼に、一定の配慮を示したのかもしれない。


 京子は家に帰ると、響の帰りを待ちながら料理を作り、あの男について早く聞き出したいと焦る気持ちを抑え、得意のビーフシチューを作っていた。気持ちは抑えているといいつつ、やたら上機嫌で調理し軽快に鼻歌を歌っているその姿は、恋する乙女のように見えるほどであったという。


 一方その頃、ハーネイトと伯爵は事務所に戻っていた。響と彩音に全員が無事であることを伝えると、ぐでっとした様子でソファーに寝そべる。色々細かいところでしくじったなと思うハーネイトは、ひどいため息をついていた。


「とりあえずよかった……けどその人、俺の母なんだけどな……。何だか、今日は家に帰りたくない。母さんの質問攻めはしつこすぎるからさ」


「なんか嫌な予感がするわね。いつまで秘密にできるのかしら」


「よりによって相棒が病院の人たちに魔法かけ忘れるという致命的ミスを犯しているからな……。どうした救世の英雄、もしかしてあのお姉さんに一目惚れかい?ヒューヒュー!」


「ち、違う!ぐすん、気が動転して……。はあああああああ、もう街中歩けないかもっ!だからたまにポンコツって言われるんだよもう。それと色事苦手って言ってるでしょ?……優しく強き王(モナーク)になるまでは、彼女に操を立てておきたいし、それに……」


 伯爵の指摘にハーネイトは相当落ち込んでいた。そう、あの時ハーネイトは京子に記憶消去の魔法をかけるのを忘れていたのであった。


 理由は、彼女に自身が何物か問い詰められたときに焦ってしまったためである。一見彼は非の打ち所がないほどによくできた人間、のように見えるが、残念な面も色々ある男である。それは、彼がずっと人としてあり続けたいと言う思いが生み出す原因なのかもしれない。


「彼女……?もしかして付き合ってる人がいるの?」


「違う、すでに亡くなっている人だ。……私が医療魔法を極めようとしたきっかけを作った存在だ」


「あ、悪いなお前ら。その話をこれ以上問い詰めないでやってくれ」


「わ、分かりました。しかしハーネイトさんって意外な一面ありますよね」


「でもそこが人間臭くて安心するけどね。リリーちゃん、ハーネイトさんは昔からああなの?」


「そうよ、メンタルだけは一般人に毛が生えただけなのよ。戦う時だけよ、すごいのは。オフの時は何か残念なところばかり目に付くし……いきなり何考えているか分からないこともしでかすのよね。いい結果に繋がるのがほとんどだけどね」


 リリーが昔ハーネイトと、各地を旅していた頃を思い出しながらそう話し、魔法探偵の意外な一面について触れる。それから議題は被害者の今後の処置についてに移り変わる。


「見ていたが、少々不安だな。というか、中程度の魔法が効いていないのが数人いるのか」


「まずいんじゃねえのか?」


「いや、それだけの力を跳ね飛ばしたんだ。もしかすると素質がある人たちかもしれない。伯爵、監視の方お願いするね」


「わかったわかった、しゃーないない。相棒のためならやるけどよ、探索の件と異界化の件、さらに遅れちまいそうだぜ」


 先ほどかけた魔法の効果について問題がないかと伯爵が訪ね、それについて彼らも事件の影響で能力が開花しているかもしれないと監視をつけるように依頼した。伯爵は調査に影響が出るということを指摘するも、それでもかまわないと言われ承諾したのであった。


「しかし、面倒な事件であることには変わりはないね」


「また、このようなことが起こるのだろうか」


「それは、一概にはそうとは言えないわ」


「い、いつのまに?ゼノン、さんだったな」


 伯爵とハーネイトの会話にいつの間にか事務所にいたゼノンが割り込み、自身の妹たちの話をした。


「私の妹たちはそれぞれ得意分野が違うから、恐らく違った方法で人を集めるはず。なぜ連絡が取れないのか困るけど、説得はするからあなた方は、事件の被害を抑え込む方をお願いします。死霊騎士の件、異界化浸蝕の件と、行方不明事件の謎、私は全部繋がっていると思うのだけどね」


 ゼノンは深々と礼をして謝罪しながらそう言い、協力を求めた。このまま裏切り者たちを放置しておけば、世界が滅茶苦茶になる。それだけは阻止したいという彼女の思いは本物であった。


「それに、あれの追跡もせなあかん。異界化浸蝕の現場に残された、あいつらの証拠を集めねえと確証が得られねえし」


「あいつら、ですか?」


「ああ、お前らの言う死霊騎士よりも、遥かに厄介な存在がいるんや。俺と同じ種族の奴らだが、奴らの活動は世界を滅亡に誘うんでね。全く、仕事が増えるのもよくねえよ」


 伯爵は、ある存在について追っていることを話す。昨日友だった者が、今日敵となり牙を立てる。その言葉を言ってから、そちらの方の調査が遅れることについて嘆いていたのであった。


「本当にすみません。まさか別に異界空間内を調べている人たちがいるとは知らずに、はい」


「それはしゃーないないんだけど、仲間たちへの説得はしっかりしろよな」


「はい、あの死霊騎士団と呼ばれている連中の息の根を止めないと、おそらくあれが復活してしまいます。それだけは、阻止しなければ」


 ゼノンの意味深な言葉に反応し、ハーネイトと伯爵が質問した。


「あれ、とはどういうことだ?邪神とかか?」


「魔界の王、について話を聞いたことがありますか?」


「魔界、か。それと死霊騎士団という連中に何か関係があるのかい?」


 死霊騎士団に続いて魔界というワードまで持ち出してきた彼女の話は彼にとってとても興味を惹かれるものがあった。


「魔界の邪王ソロン。彼を目覚めさせ利用しようとしている連中がいます。その組織のもとで暗躍しているのが死霊騎士団なのです。魔界の住民と行動を共にしているという話を聞いていますが」


 ゼノンはその一連の組織について彼らに詳しく説明を行った。


 かつて霊界には有名な防衛隊が存在していた。それらは日夜鍛錬を積み、魂食獣や邪霊、悪霊の討伐を行っていた。


 しかし数年前、突然その騎士団の中で裏切り者による内乱が発生しゼノンの先輩たちである騎士団員らの多くが、上司である団長たちに襲い掛かり重傷を負わせた挙句に出奔したのであった。それは大きな問題となり、残りの騎士団員は彼らの追跡討伐を命じられ、こうして各々が活動していたのであった。


 もっともこの情報は彼女の上司であったヴァストローという騎士から聞いた話なので、どこまで真実か彼女も分からず色々と疑心暗鬼になっていたと打ち明けた。だが、ヴァストローという騎士の話によれば、性格が180度変わる程に裏切者たちの性格が変化していたという。


「ほう、いつの間にそうなっていたとはな。あくまで私たちは人の世界を守るための存在。それ以外の世界について調査はほとんどしてこなかった。というかしたくてもあまりできていない。だがそうなると調査する領域を広げるしかない。人手が足りない」


「それについてですが、どうもこの地にも、他の地にも人に化けて活動している悪魔がいるそうです。そいつらを倒し尋問すれば、分かるのではないでしょうか」


「そうだな、それが早い。まあ、詳しい話はあとで聞こう」


 余裕のある表情と雰囲気に戻ったハーネイトの顔は、少し怯えていたゼノンの表情を戻した。


「は、はい。あ、あの」


 ゼノンは少し言葉を詰まらせながらも、響と彩音の前に立ち、深々と謝罪した。


「2人の友人まで結果的にさらってしまい、本当に申し訳ありませんでした」


「……まあ、無事だったからあれだけどさ、これからは俺たちと一緒に問題を解決していこうよ。俺たちも今起きていることがとんでもなく危ないってのは分かるしな」


「はい、できる限り私も調査を手伝いますので」


「あなたたちにも事情があることは分かりましたが、罪を償いたいのなら私たちに協力してね」


「それははい、勿論です。私たちもあの裏切り者を倒さなくてはならないの。恩師であるズィズナードの仇を、そして……」


 ゼノンの表情に影が入り、響も彩音も目の前の少女に一体何があったのかが気になっていた。そしてそれを見ていたハーネイトたちも、この先の雲行きについて一抹の不安を抱いていた。


「こいつぁ雲行き怪しくなってきたなあ相棒」


「それは重々承知の上だ。脅威が迫っているのを見過ごすほど愚かなことはない。分かったのなら対策を講じればよい」


「そうよね。でもそのためには、敵の情報をもっと集めないといけないよね。ハーネイトも伯爵も今まで以上に働かないといけないわ」


「だから、みんなに手伝ってもらうしかない。いい拠点さえ見つかれば、こちらの仲間も呼べるし事件の早期解決も見込めよう」


 そうして、改めてハーネイトは、響と彩音に対し使えそうな拠点探しについて引き続き当たってもらうことにしたのであった。


 もし敵が本格的な大攻勢に出るなどと言った場合、今の戦力ではハーネイトがいくら封印を解除して力を行使しようにも限度があるため、彼の仲間をいつでも呼び出せる環境づくりが必要であった。


「本当に、あなたは不思議な人ですね」


「そういう君も、だろう」


 そしてハーネイトは二人に改めて今回の活躍について労をねぎらったのであった。

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