第9話 デッドステップダンス

 デザイナー80の銃口がマズルフラッシュで染まる。空を切りながら進む弾丸は寸分の狂いもなくi'dの膝に当たる部分の側面に直撃する。十分な力を発揮する射程圏内で撃ち込まれた弾丸は像のような皮膚を持つi'dの表面を貫きえぐり半ばで止まる。

 致命傷どころか重傷にも成らない一撃だったが初めて感じる痛烈な痛みの信号に驚かされ行動を中途半端に止めてしまう。力を貯め、前に跳ぶ為に重心を前にした寸で状態でその動きを止めてしまったi'dは大きく体勢を崩しその場に倒れこむ事になった。


「効果有り!畳み掛けをっ!」


「オーダー了解!、まずは頭部だオラァッ!」


 タダノが抜き打ちを決めると同時にボンダが動く、左手に持っていたゴム弾を装填したAL72を肩に下げたストラップを回転させて背中に追いやる。右手に持ったAL72を両手で構えると倒れこんだi'dの脳天に目掛けて2発速射する。

 i'dの脳天にに吸い込まれるようにして2発の弾丸は連続して命中する。しかしその銃弾は全て頭部にめり込み止まってしまう。対人用の通常弾では頭部の分厚い皮膚と頭蓋骨を貫通できなかったのだ。


「腕!」


 ボンダはそれを見届けながら頭部は効果が薄い事を確信すると、タダノの声を聞き今度は走りながらも立ち上がろうとしている腕を狙い照準を合わせた。

 タダノも頭部の装甲が厚いことを認識しデザイナー80を1発背中に向けて撃ち放つ、拳銃では通らなくてもその損傷具合から装甲の厚さを図ろうとしていた。極限状態に薬物による恐怖の軽減でタダノとボンダは通常よりも視野を広く、冷静に見ることができていた。お互いの動きを把握し、その意図を理解し、軽い牽制と弾丸の通る場所を探し、動きがあれば知らせるタダノと本命銃撃と動きを止めるための要所を狙う。

 阿吽の呼吸ではない、ただ必死にお互いが死にたく無いがゆえに全力以上の力を引き出しているのだ。


 その応酬が数度続く、だがやがて先に根を上げたのはタダノ達の方だった。


「弾がねぇぞ!ゴム弾も使って誤魔化しているがもう半分しか残ってねぇ!堅すぎるぞっ!」


「こちらもデザイナーが尽きそうですね...」


 単純に弾数の問題だ。どれだけ弾を節約しても起きようとするi'dを止めるには弾丸をぶつけなければいけない。

 タダノのデザイナー80も皮膚装甲の厚さを調べるために6発放たれている。頭部、足、胴体、腕の順番で皮膚が厚く、頭部に至ってはデザイナーが弾かれたほどの強度を持っていた。


「...そろそろ賭け時ですね」


 タダノは焦るわけでもなくただ冷静に事態の推移を認識していた。これ以上の足止めは不可能、消耗大、撤退か継続かの見極め。

 ボンダが立ち上がろうとするi'dに銃弾を撃ち込もうとするのを見届けてタダノはもう1つの銃を取り出した。

 タダノの最後の一手、デザイナー80の残弾を大きく減らしてでも温存しておきたかった切り札。


「ハイロゥ...これで駄目なら諦めて逃げましょう。少なくともこれから巨大なi'dとは戦ってはいけないという教訓になりますし」


「前向きだなぁ...狙うのなら頭を貫いてくれ。生物なら死ぬだろ」


「次点で足を、ですね。硬いということはそれだけ重要なモノを守っているということにもなりますし」


「おっと、奴さんが起き上がるぞ。助ける奴らももう逃げ終わったようだし、普通にやって死なないとこまでは予定通りだ、さぁて派手に遊んでやるか」


 ニヤリと笑うボンダが強くタダノの肩を叩く。

 タダノはその痛みが頼もしいと思え、精神集中を始めた。照準を頭に、体を動かし続けてもなおそれを継続する。

 転がしたままでは狙えなかった眉間に銃弾を叩き込む、もし貫通しなくても眼球に弾丸を叩き込んだら逃げる程度の余裕が生まれる。他にも弾数の節約などもあるが、主にそう考えてi'dが起きるのを見逃した。だがこれはタダノが弾丸を外すという可能性を無視した作戦だ、ボンダと事前に話し合いお互いが暗黙の了解で黙認した危うい作戦だ。


(勝負は一瞬、ボンダが作る一瞬に2発、両目にぶち込む。それだけ、たったそれだけだ)


 デザイナー80をホルスターに仕舞いハイロゥを両手で構える。まだ銃口は向けない、散々に弾を撃ち込んだからi'dに警戒されると考えたからだ。

 事実i'dは銃口を向けて威嚇するボンダに意識をとられていた。先程の攻防や持っている攻撃の危険度から、すぐに攻撃する気の無いタダノの優先度を下げていた。


(どれだけ堅くともこれなら貫ける。俺はそれを知っている。武器は問題ない、仲間もこれ以上無いほど頼もしい。これならば...外す方が難しい)


 i'dが起き上がってからの初めての轟音が鳴り響く、大きな足を利用した踏みつけ。ボンダはそれを地面を転がるように移動する体術で回避した。踏みつけの後の一瞬の硬直、だが足りないとタダノは舌打ちを打つ。一度に2発、反応する間もなく撃ち込まなければいけない。反動制御も考えるとせめて2秒の静止時間を欲していた。

 ボンダもこれだけで終わると考えてはいない、本音を言えば終わってほしかったが己の役目を全うするために再びゴム弾を撃ち込み挑発をする。

 それに反応してi'dがまた動き出す。力強い踏み込みのあと高く跳躍しチロチロとうっとうしいボンダを踏み潰そうとする。ボンダはそれを横っ飛びする事でギリギリ回避に成功する、息つく暇もないままにゴム弾で銃撃し背中を撃ち付ける。i'dは今度こそ体を止めるために踏ん張り、停止時間が生まれる。

 それを見てタダノが顔を苦しみに歪める。


(まだだ、遠すぎる...射程を見切れ。ここから撃っても射程圏外だ......)


 停止した位置は遠すぎた、i'dの巨体では少し走っただけですぐにハイロゥの射程圏外に出てしまうのだ。

 今から移動しても間に合わない、タダノは15mという長くも短い射程の中に入るのを待ちながら精神を研ぎ澄ましていった。

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