第7話 暗闇の中の声

 部屋を出たタダノを待ち受けていたのは完全なる静寂、床に引かれたカーペットで音を減音しても目立って聞こえるほどの無音。

 タダノはヘルメットのライトを入れるとゆっくりとできだけ音を立てずに歩きだす。


(周りが森に囲まれていて、風も殆んど無いからか、建物自体の防音性もあって音が何もない。不気味と言えばそうだけど誰かが近付けば直ぐに分かると言うのはかなり助かりますね)


 タダノは足をゆっくりと、垂直に引き上げ、前に出し垂直に、これまたゆっくりと下ろす。集中力と体力が何時もより多く削るがこちらの歩き方をして、少しでも邪魔な音を出さないようにしようとした判断だった。

 タダノ自身も気付いてはいないが、常に緊張状態を強いられた現状に体は常に限界体制を維持しており肉体状態としては完全なピークを迎えていた。その事もあり少しずつ学習を繰り返し、ゆっくりとしかし確実に足音を小さくしていく。


 やがて館のトイレの前に着く頃には、元より3割程の消音に成功していた。


(ここまで他の人間、生き物の気配は一切無かった、元々確信に近かったものが確実に近付いていく。本当に誰もいないのならもう少し移動範囲を増やしましょうか)


 タダノが真新しいトイレの扉を開き中に入り素早く用を済まそうとするが、僅かな生活感を感じさせるトイレの使用感に人の住んでいた痕跡を感じさせられ、この場所に居たであろう人物について思いを馳せた。警報が出た時点で逃げたのか、人里離れたこの場所なら大丈夫と腹をくくり留まったのか。

 深くは音以外の探索をしていない現状では何が正しいかの判断は下せないが今ここに人の気配らしきものが無いのが答えだろう。


 タダノのヘルメットには音波集音機能は付いていない、代わりに本部や他の同じ装置を搭載している隊員との通信が出来る機能を搭載している為だ。逆に盆田やテイルのヘルメットにはこの通信機能は備え付けられていない。これは要領の問題であり、自由にセッティング出来るのは最大で3つの機能だけ、そのうち2つは組んだ部隊で役割の分配で決められる。

 つまり、現在タダノが装備しているヘルメットの通信機能を果たすことはない。本部との通信が出来なかった時点でエネルギーの消耗を押さえるためにレベルを最低限に設定しているからだ。

 だが逆にこの機能が仕事をすると言うことはつまり。


『......きゅ...求......繰りかえ...』


「何!?」


 通信機能最低レベルの有効範囲半径300m以内に同じ機能を搭載した誰かが到達したということ。


 恐らく同じ討伐隊の軍人、タダノはそう判断し直ぐに通信機能のレベルを引き上げる。緊張をほどく為に深呼吸を一度、二度と繰り返し通信に返答をする、同時にトイレから飛び出し音を立てるのも構わずボンダ達の居る部屋へと向かう。助けに行くか行かないか、最低でも偵察するかしないのかそれを決めるのに1人では決めるべきではないというタダノの判断からの動きだった。


「此方、暴徒鎮圧部隊に所属していたタダノです。そちらの状況を教えて下さい」


 少しの沈黙の後、歓喜の感情を籠められた声で返信が返ってくる。


『反応、有り!?やった、増援が来る!しばらく足止めしろ!...此方同じく暴徒鎮圧部隊に所属していたアトラント、簡潔に言う。現在撤退作戦中に正体不明の怪物と交戦を開始、移動手段を潰され徒歩で逃げ惑っているが限界を迎えようとしている至急増援を求む!』


「......了解、現在位置と生体情報を送ってください」


『助かる...!』


 アトラントの通信回線を閉じ、ボンダとテイルの居る部屋へと勢いを付けたまま突入する。


「大至急、相談したいことがあります。ボンダを起こしてください」



 暗い森の中、4つの光が忙しなく動き回っている、その光に統率は既に無く1つの方向に合わせて向かっているのが奇跡のような有り様だった。


「助けは来る!走れ、後少しだっ!」


 この4つの光の戦闘を走る男、アトラントはそう言うと同時に足を止め振り返り手に持つAL72の照準を背後より迫る巨大な追っ手に向け、引き金を引いた。

 静寂の森に連続した軽い発砲音が鳴り響く。


「効果無しっ!」


 元より効果が無いと分かっていたアトラントは直ぐ様転身し、全力でその場から離脱する。次の瞬間アトラントの居た地面に黒い影が差し、轟音が鳴り響いた。

 降ってきたのだ、全長4mに届こうかという巨人が文字通り跳んできた。

 地面が揺れ動き、体制を崩したアトラントはその動きを止めるため踏ん張ることをせずにそのまま地を転がり起き上がる。


「反動がほぼほぼ存在しないゴム弾じゃなかったら間に合わず遅れて死んでるな...いや、これじゃ殺せないから意味無いんだが...」


「アトラント!」


「今行く!」


 アトラントは土だらけの体を引き釣りながら声をかけてくれた仲間のセルウェに返事を返し走り出す。


「さっき言ってた増援はいつ来るんだ!」


「信じるしかない、位置情報は既に送ってる」


「本当に来るのか!?そのタダノってやつは!いや来たとしても俺達と同じ装備なら死体が増えるだけだぞ!俺なら絶対来ないね!」


「信じろ、信じろよ!少なくとも通信回線を開いて対応してくれた、全く来る気がないって訳じゃない」


「糞っ...!」


 アトラントとセルウェが全力で横っ飛びをする、そしての頭上に影が差した。再びの轟音、衝撃が静寂の森を破壊する。

 アトラントが直ぐに立ち上がり、状況を確認しようとする。長年の訓練によって培った身体能力を駆使し誰よりも早く立ち上がれたが、その目に写ったのは、地に倒れ付し動かない先導させ走らせたホルツ、樹木のそばでよろよろと立ち上がろうとしているが打ち所が悪かったのか膝を付いたままに成ってしまったレイラだった。

 巨体の怪物はアトラント達を飛び越え前方に着地したのだ、アトラントは前方に居た2人に被害が集中することで無事でいることができた。

 アトラントは瞬時に判断を下す。


「引き付ける、セルウェ!救助を!」


 照準を付ける間もなく引き金を引いて発砲する、弾倉に残ったゴム弾は残りわずかだったがその内数発が頭部らしき部位に命中する、アトラントが狙った部位からはずれたが、わずらわしく感じたのか巨体の巨人がギョロりと目に当たる部位をアトラントに向けた。


「来るなら来い、ジャンプか、突進か?何でもいいぜ。そのたくましい足でかかってこい」


 アトラントは弾切れのAL72を構えながら耳があるかすら怪しい巨体の怪物に挑発を繰り返しながらゆっくりと逃げる。


 巨体の怪物は先程からちょっかいを繰り返し自らの目的を邪魔をするナニカに苛立ちを覚えていた、それは子供の癇癪のように理不尽で純粋なモノで、その子供のような感情は効率や理屈などの無い純粋で全力の暴力として顕現した。


「...は?消えた?」


 それは突然起きた有り得ない現象だった、見上げるほどの巨体が突然の屈み、停止したと思った瞬間消えたのだ、跡形もなく。

 一瞬遅れて轟音が鳴り響いて地が砕け散る。

 突然の予想外非常識にアトラントは言い様の無い恐怖に襲われる。


「消え、移動した!?今までも速かった、速かったが...これはそういう次元じゃ...っ!」


 それは言うなればただの勘、しかし言い換えればこの逃走劇の間ずっと研ぎ澄まされてきた五感による無意識なる危機感知機能の知らせ。

 背後に違和感を感じたアトラントは疲労が貯まった体で最大限の早さを振り絞り振り返ってAL72を盾に素早く後方に飛び退いた。

 振り向いたアトラントの視界に目一杯に広がるのは、白く暗いナニカが寸前の所で迫ってきている場面だった。


「あ、死...」


 へし折れる所か砕け散るAL72が飛び散り、何かが潰れる鈍い音が夜の森に鳴り響いた。

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