第4話 巡る廻る

 半分以上も予定通りとはいかなかったが日が暮れて1時間もしない内に森へとたどり着けた。だが負傷者を背負っての強行軍は厳しく、休憩を挟まなかったこともあり既にタダノの体は限界を迎えていた。


 負傷者と言っても彼、ドッグタグで確認した名前はテイルというようだが今だ目覚めることが無いだけで致命的な傷を負っているわけではない、途中荒っぽく運んだのにも関わらず起きなかった事から薬物でも使ったのだろうと言う結論に至った。


「提案したのは、俺ですが、これは...」


「おぅ、お疲れさん。休むよな?」


「いえ、もう少しだけ奥へ。ここでは外から見られてしまう」


 タダノは疲れ果てており本音で言えば直ぐにでも休みたいがこれから洋館の安全確認もある。

 最悪の手段の外で休むのはそれが終わってからだ。この状況ではまともに休めるものも休めない。

 そして何より、足を止めればもう動けない。

 タダノにはその確信があった。肉体は限界を迎え、磨耗しきった精神と体に染み付いた反射的な動きで前へ進めてはいるが、さっきから足の感覚がないのだ。痛みを越えて大事な大事な感覚が何処かへ旅立っていったようだ。


 何よりタダノよりも損耗が少ないと言ってもボンダも限界を既に越えている、いつ見つかるかわからない正体不明の敵を躱しながら移動し続けたのだ当然だ。

 見えない敵に襲われるかもしれないという恐怖は実際に戦っていると同じくらいに精神を削る。




 ぼろ雑巾が新品同様に見える位のぼろの切れはしと化した3人はただ無言で森の奥へと掻き分け進む。

 出来ればこの真新しい洋館が安全に休める場所であることを祈っていた。


「暗くて良くわからんが、大きな破損の痕は無い」


「行きましょう」


「ゆっくり、荘園を抜けて館の外周に取り付くぞ...」


 タダノは静かに頷き、出来るだけ音を立てないように館へと近づく。

 丁寧にならされた地面の上をゆっくりと足を進め、何事もなく館の外壁に張り付くことができた。


 ここまでは良い流れだ、タダノは音を立てないようにゆっくりとテイルを下ろしヘルメットを外し耳を館の外壁に当てながらと歓喜する。

 それを見たボンダはヘルメットに備え付けられた集音機能を起動し、じっとしゃがみこんだまま動かない。

 ボンダのヘルメットに備え付けられた集音機能は様々な音波を広い集め、整理し、鮮明に装着者に聞かせる。この機能があれば遮るものさえなければ最大50メートル以上離れた獣の足音すら聞き分ける事が出来る。だが、全ての音を鮮明に聞き取ることが機能上不可能で、周囲の異音を選別しそれ以外を小さくしてしまう。正常の中に潜む非常を見落としてしまう可能性が出てきてしまうのだ。それを防ぐ為に2人1組で人間の耳併用して使うことを推奨されている。


「集音、足音、生活音、呼吸音無し」


「同じく」


「あのでけぇのが居て全く音がしないのはあり得ん、無人だな」


「ですね。居るかどうか分からない家主には申し訳無いですが一晩、借りましょうか」


「そうだなぁ、あぁ~こってこてのラーメンが食いてぇぜ」


「一応の警戒を先行してお願いします。......俺は炊きたての白米が良いですねぇ」


「...っし、先行する。3m後を付いてきてくれ」


「了解、いや少し待ってください」


 2人共やっとの思いで休める場所を見つけられて口が軽くなる。いや真面目に白米のお握りが食べたいしラーメンも食べたいタダノは叶わぬ夢を夢想する

 。

 カロリーと様々な栄養が取れる携帯食料は1つ食べれば1日分という神のような食料だが、それはそれとしてお腹は空くし喉も乾く。それが一兵士に配られる携帯食料の限界だった。

 タダノの水筒の中身は補充を繰り返し今だ満タン、1つ予備がある程度。つまり空腹と旨いものを食いたいという欲さえ我慢すれば良いのだが。


(......やっぱり白米が食いたいなぁ)


 儚き欲望を胸に馳せながら再びテイルを担ぎ上げいつでもデザイナー80を抜ける様に体制を整える。

 ナックルガードの付いた手袋越しに銃に触れ、意識を切り替える。銃を抜くイメージを繰り返し、更に意識を集中させる。いちいち狙いを定める暇などある筈がない、そう思う事で常に頭の中照準を産み出しておく。タダノのいつも大事な行動の前に使うコンセントレーションだった。


 タダノはコンセントレーションを終え、即座にこの状態に移れない自らの不甲斐なさに苦笑しながらハンドシグナルでボンダに進めの合図を送る。

 ゆっくりとした歩みを始めるボンダの背後をきっかり3m間を開けて追従した。


 やがて木製の大きな扉の前に着くとボンダはヘルメットを操作しライトを起動した、それを見て素早くタダノもライトを起動し、左手の方を指差す。

 ボンダは大きく頷き、指を3本立て1つずつ指を折り始める、カウントダウンだ。

 3本の全ての指が折られ、ゆっくりと押された扉は少しのきしむ音を立てながら完全に開かれた。

 ボンダが素早く突入し正面、右手を確認しようとする。それとほぼ同時にタダノが突入しカバーしきれていない左手をクリアリングしようと目を走らせる。


 この場、洋館の玄関に一切の照明はないが、それはヘルメットのライトを使うことで問題は無くしていた。

 大きな玄関フロア、高級そうな装飾、木製の扉、問題は無し、敵影、不審物無し。


「クリア」


「クリア、左手に扉が有ります」


「正面は螺旋階段になってやがる、右手にも木製の扉だ。外に居た時は暗くて良く見えなかったが、この館かなり大きいぞ」


「ですね、余程の金持ちが作らせたんでしょう。休みたい我々は、上に行きましょうかね」


「そうしようか......反応無し、完全な無人か?」


「これで隠れられてるのならもう、どうしようもないですね」


 ずっと音波集音機能を起動していたボンダが実弾を装填したAL72を下ろしかぶりを振った。

 ボンダは中に踏み込んで、わざと声を出して会話をして、何処にいくかを口に出していた、聞いているものが居れば大事な物があるであろう上階に向かおうとすれば何らかのアクションを起こすと考えたからだ。それにも関わらず全くの動きが無いのは、人間、獣問わず無いだろうと判断した。


 呼吸が乱れたりするだけでもこの館内ならシェルターでも無い限り、感知できる筈なのだから。


「では宣言通り上に、使用人室、客室、最悪でも私室があるはず。そこの1部屋で集まって休みましょう」


「意義無し」


 最低限の警戒だけは忘れずに、i'dは良く分からない事が多すぎる警戒はするに越したことはないとタダノは考えた。


「やっと寝れそうだが、どっちが先に寝る?」


「では先に休ませてもらいます、正直体がもう限界

 で」


「おう、了解だ。お疲れさんゆっくり休め...無理矢理でもな」


「そうさせてもらいますよ...合った客室ですね」


「音無し......よし、入ってこい」


 先に入りクリアリングを済ませたボンダの声に従い入室する。

 中には上品な貴調品が並べられており、大きなソファと美しいテーブルなどの家具と念願のベッドを発見する。


「4時間で1回起こす。もう休め、大きな荷物はソファにでも転がしておけ。お休みなさいだ、タダノ」


 休める、そう考えてしまうとふらふらと、まるで誘蛾灯に誘われる虫のようにタダノはベットに体が吸い込まれていく錯覚を覚えた。

 倒れ込みながらゆっくりと正確に装備を外し、最低限の銃器を直ぐ側に置く。


 朧気な視界に疲れた笑い顔を見せるボンダの顔が見える。


(今日知り合ったばかりの彼だが本当に良い出会いでした。願わくば、このまま何事もなく故郷に帰れるように......)


 タダノの意識はそこで途絶えた。





「寝ちまったか」


 ボンダはベッドに倒れ込むなり装備を外すしてそのまま力尽きたタダノという男の顔を見ながらそう呟いた。

 今だ稼働中の集音機能でもタダノが寝たということを示す寝息が取り込まれている。


「この音は取り込まないようにしてっと......飯でも食うか」


 AL72を壁に立て掛けボンダ自身も壁に寄りかかる。胸ポケットより出した携帯食料を貪り、水筒の中の水を飲む。


「っかぁ、マジぃ」


 一息に全て食べきったボンダは携帯食料に毒づきながら唯一の出入り口である扉に目を向け、1人装備の簡易点検を始める。


「あの様子だと全部は思い出してねぇのな」


 ちらりと横目でタダノが寝ていることを確認して独り言を続ける。


「『奴等は実態はあるが生物では無い、欲望のままに動く欠陥品』、か」


 まるで誰かから聞いた言葉をそのまま真似て口に出したかのように声色を変えながら独り言を呟き、ボンダはガシャンッ、と点検を終わらせたAL72に再び弾倉を装填する。


「なぁ、上官...コウマ軍曹。あんたは何を知ってたんだ。潰されたと推測される場所に死体はなかった、死んではないはずだ。あんた」


 ボンダの誰に問うでもないその言葉は暗闇の中静謐に溶けていった。

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