第30話 普通に



 シュナイデル城 訓練室 


 きっかけは掴めた。

 あとは克服するだけだ。


 姫乃はお祭りの準備でここのところ出来なかった魔法の特訓をしている。

 だだっ広い部屋の片隅でロウソクを前に正座。

 目を閉じて集中している。


 火を使う事はおそろしい事ばかりじゃない。

 エンジェ・レイ遺跡にて身をもって体験したことだ。

 暗闇を照らす明かりにもなるし、温もりを分け与えてくれる。


「ファイア」


 静かに、魔言を唱えればロウソクの上に小さな火がともる。

 一秒……二秒……、十秒経っても火が膨れ上がったり、形を変えたりすることはない。


 成功だ。

 これで、少しは前に進めたよね。

 まだちょっと怖いけど。


「ウルアァァァァァ……、こんちきしょーっ」

「未利ちゃま頑張るの、フレーフレーなの」


 女の子らしからぬ叫び声が聞こえてきて、姫乃はそちらへと視線を向ける。

 離れた所では、アルガラとカルガラの操る藁人形に苦戦している未利と、その未利を応援しているなあがいた。


「あはは、やたらめったら撃ってるだけじゃ駄目よー。これじゃあ藁人形じゃなくて、(笑)人形ね」


 笑い声をあげるのは大魔導士の横で立つ雪菜先生だ。

 何故か二本の編み棒を使って、マフラーを編んでいる。


「逃げんなっ、って言った傍から追いかけてきたぁっ」


 未利が追いかけてるとどういう心境の変化があったのか、反転した藁人形。彼女は今度は追いかけられる事になった。

 大変そうだ。色々と……。


 せわしなく動き回る様子を眺めながら昨夜のことを考えてると、訓練室に珍しい組み合わせがやってきた。


 啓区とエアロだ。

 啓区は紙袋を持っている。

 ただ一緒に来たちうわけではなく、偶然来るタイミングが重なったみたいで、それぞれ別の方に向かっていく。


 エアロは同じ部屋で訓練している他の兵士への伝言らしきものを伝えに、啓区はこちらの方へ。

 近づくと何だか美味しそうな匂いがただよってきた。

 袋の中身食べ物なのかな。


 啓区は姫乃の目の前にある火のともったロウソクを見つめてそう言う。


「あ、はかどってるみたいだねー」

「うん、限界回廊に入ったおかげかな」

「信じられない目にあったけどー、何か役立つ事もあったみたいだねー」


 お土産ーと、言いながら渡されたんは果物の匂いのするパイだった。

 もうすぐ休憩の時間だし、きりがいいから受け取るが。

 その食べ物はお城の食堂にないメニューなのだが、どこでもらってきたんだろう。


 啓区は自らも袋からパイを取りだして食べだす。


「あ、そこ何食ってんのさ! 人が汗水流して走り回ってる最中に!」

「なあちゃんもおいでー、美味しいおやつだよー」

「平気な顔して食うなこら!」


 文句を叫ぶ未利は今だ手が離せない状況らしかった。

 なあちゃんが、未利を応援するかこっちに来るか顔をきょろきょろさせて迷っている。

 終わるまで食べるの待っててあげた方がいいよね。


 良い匂いの誘惑に負けないようにと、我慢していると姫乃の元にエアロがやってきた。


「どうして私がこんな事まで……」


 何か渡す物があるみたいだった。

 エアロは不満そうに懐から手紙を出して、姫乃に手渡す。


「クリウロネの住民からです、先日シュナイデにたどり着いたみたいですよ。おかげで姫様の仕事が増えましたけど。他にやらなければならない事もたくさんあるというのに」


 私は今よけいな事までやらされて不満です……って顔にかいてあるみたいだった。

 そんな恨めしい目つきで見ないでほしい。


 でも、レト達も今この町についたんだ。

 どうしてるんだろう。会えるかな。


「昨夜、コヨミ姫様と何か話されましたか」

「え? うん、色々と話したよ。星詠台で」

「貴方達の名前をぶつぶつ呟きながら、歩いていたのを見ました」


 忙しいのに余計な時間を取らせないで下さい、とか言われると思ったけど、エアロは何事かを考えてるようだ。


「私、姫様の負担になっているように見えますか?」


 エアロは視線をさまよわせ、そんな事を言いだす。


「先ほどとある人に言われたんです、姫様は私の存在を重荷に感じてるんじゃないかって」

「それは……」


 予想外に重い言葉が彼女から発せられて、姫乃は反応に困る。

 いつもの感じじゃないし、何かあったのかな。


「重荷に感じてるかどうかは私には分からないけど、コヨミ姫がエアロの態度を望んでいない事は分かるよ」


 聞かれた事に対してはどういうふうに返せば分からなかったので、自分が思ってる事だけを話してみせる。

 エアロが言うとある人がどういうつもりで言ったのかは分からないけど、姫乃の言う事柄に関してはもう疑いようがないと思う。


「でも、だからといって貴方達の様になんてできません。姫様は私の憧れの人なんです。私は素晴らしいあの人の力になりたくて兵士になったんですから」


「できない」って言ったって事は、エアロは自分の態度をあらためなくちゃいけないかも、って思ってる事だよね。


「私は、どうすればいいんでしょう」


 姫乃達の様にできないのならば、と悩むエアロに答える。


「とりあえず、普通にまず接してみるのはどうかな。急に極端な事なんて難しい事だと思うし」

「……普通に、ですか」


 あの、いかにも尊敬してますみたいにキラキラした瞳で見つめられて緊張させると、こっちの気までまいっちゃうし、それはちょっと勘弁してあげた方が良いと思うんだよね。


 それきり考え込んだまま微動だにしなくなったエアロ。

 名前を呼んでも反応しなくなった。


 どうしたものかと思いそういえば渡された手紙があったんだと思いだす。

 封を開ける。


 書かれている文字に目を通す。


 そこに書かれていたのは、一つの町の消滅だった。


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