第26章 「ターニングポイント」



 シュナイデル城 星詠台ほしよみだい


 夜の暗闇が満ちる中シュナイデル城で一番空に高く、星が綺麗に見える場所。

 そこでコヨミ姫を待つ人物が一人いた。


 啓区はメタリカとは違って明かりの少ない眼下の町を見下ろしながら、じっとしていた。

 じっとして微動だにしない。


「あ、早いね。もう来てたんだ。なあちゃんは未利と一緒にまだお風呂に入ってるよ」

「だいじょぶだいじょぶ。ぜんぜん待ってないよー」


 そこに新たにやってくるのは姫乃だ。

 星詠台の端まできて、隣に並ぶ。

 気温の下がった外気が、一瞬吹き抜けていった。


「何か考え事でもしてた?」

「まあねー。ほら昼間に色々びっくり体験したしー」

「珍しいね、そんな風に分かりやすく考え事してるなんて」

「あれー、他にも僕考え事してそうな時あったー?」

「うん、何となくだけど」

「そっかー」


 いつも笑顔だから、ちょっと分かりにくいんだけど。

 たまに何か違うなって思う時があるんだよね。


「コヨミ姫様、来ないね……」

「ねー、話があるって言ってたのにー」


 そのまま待ちぼうけを食らう事数分、姫乃は気になっていた事を口に出した。

 それはなあを捜索するために入った限界回廊の話だ。


「セルスティーさん、無事なんだよね」

「うーん、まあその可能性が高そうっていうかー。あのベルカって人ー、嘘は言ってるようには見えなかったからー」

「そっか」


 あの後、お互いにあったことを色々話したのだけど、未利はあまり話してくれなかったのだ。

 むりやり聞きだそうとするわけでも、そうしたいわけでもないが、何だか気になって仕方がなかった。


「いつも通りっていう風に見せようとしてたけど。……未利、元気がなかったよね」

「やっぱりー? あれ気付くよねー」


 話題を振ってそちら見れば、啓区は眉尻をちょっと下げて見せた。


「何があったのかな……」


 姫乃は限界回廊で、クレーディアとロゼという人の過去を見て、エンジェ・レイ遺跡に魂だけになって移動した。

 なあちゃんは、体が透けている人とお友達になって楽しく話をしていたらしい。

 啓区は、学校のパソコン室で何かのゲームをして遊んだり、(クレーディアと関わりのあるらしい)ベルカという人と話をしたという。


 アテナさんは何でもありだっていってたけど、もし意味があるとしたらこれらは一体何を指しているのだろう。

 特にクレーディアという人物の事柄に対しては、何か意味があるのではないかと姫乃は思うのだが。


 星詠台の縁で手すりに体をもたれさせて眺める星空。

 だがそれらは雲が出てきて、だんだん見えなくなってくる。

 手持無沙汰な時間を埋めるためにか、啓区が胸ポケットからお菓子をとって差し出した。


「よかったらなめるー? ミカン飴ー」

「それ、ちっともなくならないよね。どうなってるの?」

「秘密だよー」


 未だお菓子が尽きたのを見た事がないポケットを不思議に思いながらも、包みにくるまれた飴玉をもらう。

 甘い物を食べると、少しだけ不安な思いが晴れる気がした。


「姫ちゃんって顔に出やすいよねー。不安ですって書いてあるよー」

「これじゃ隠し事とかできないね、皆に」


 それに関しては姫乃はもう半分くらい諦めてたりする。

 ポーカーフェイスを習得するのは姫乃には無理だ。


「まあ、隠す必要はないと思うよー。そこが姫ちゃんの良いところだしー」

「そうなのかな?」


 私としては心を読まれてるような気がして毎回恥ずかしい思いをしてるんだけど。

 啓区が胸ポケットを叩いてうめ吉を出す。

 夜だからってのもあるけど、凄く眠そうだ。

 うめ吉は、啓区の肩に登って船をこぎ始めた。


「そういえば、思いついたんだけど。これ」


 姫乃はかまくらから筆記具を一つ取りだす。


「杖にできないかなって思うんだけど。どうかな」

「えっとー、どこからその発想持ってきたのかさすがにびっくりだよー」

『……よー』


 それは以前啓区が修理したシャーペンだった。


「それ、持ってたんだねー」

『……ねー』

「転移するときポケットに入れてたみたい」


 指のなかの小さな筆記具。

 魔法使いが使うような杖と比べたら、心もとないけど。

 姫乃の思い入れのある品物で、一番手になじむ道具だ。


「これなら、もう少し集中できそうな気がするの。火事の中、大変な思いまでしてとってきたものだしね」

「え、そんなに大事なものだったのー? それに火事ってー、えっと僕が聞いてよかった事ー?」

『……と、とー』


 動揺のせいか笑顔のまま冷や汗をかく啓区。

 心なしか啓区の肩にいるうめ吉ですら声を震わせてるように聞こえる。


「遺跡で色々あったからね。もういいかなって」

「そ、そっかー」

『……かー』

「だから、何とかこれを杖代わりにできないかなって思うんだけど」

「杖はたしか魔道具なんだよねー。これは魔道具の仕組みについて聞いてみる必要があるかもー。うん、でもいいんじゃないかなー。びっくりはしたけど良い発想だと思うー、こんなこと姫ちゃんじゃなきゃ誰も思いつかないよー」

『よ……。……』


 頭上を見上げて声をかける人物について考え始める啓区。

 リストに上がって呟かれる言葉の語尾を、肩上にいるうめ吉は引き取らない。完全に眠ってしまったようだ。


 姫乃は雲に隠れていく星たちを見つめながら思った事を呟く。


「私達、ここまで何とかうまくやってきてこれたけど。これからも大丈夫なのかなって思う。私達がここでこうしていられるのは、たまたまの事で……それはふとしたきっかけで壊れちゃうものじゃないかって、そう思えるんだ」


 未だ雲に隠れない星達へと視線を動かすが、彼等はいずれ雲によって光を遮られるのだと思うと少しだけ胸が苦しくなった。

 と、啓区が周囲をきょろきょろと見回した後、肩の上にいるうめ吉を姫乃の頭にのせる。

 自然と視線が下がる。


「ルミナリアのまねー」

「そういえば、そんなのしてた事あったね」


 あとなしく乗せられてしまった姫乃だが、受け取ってよかったのだろうか。


「どうしてここにいるのが僕だけなんだろうねー」


 そしてため息を一つつく。

 それはコヨミがグラッソあたりに掴まっているからだろうと思っていいたが、そういう事ではないような気がした。


 啓区は、姫乃に向かって口を開いた。


「たまたまなんかじゃないと思うよ。今までやってこれたのは、まぎれもない姫ちゃんの努力のおかげー。たとえそうなるように決まっていた運命とか物語だったとしても、姫ちゃんの頑張りが掴みとった『今』だって事は変わらないし、変えられない。そう僕は思うよー」

「何だか壮大な話だね。ちょっと大げさな気もするけど、ありがとう。少しだけ元気が出てきた気がするよ」

「うんうん、姫ちゃんはそうでなくっちゃー」


 それにしてもと考える。

 大分時間が過ぎているが一向にコヨミが来る気配がしない。


「私、ちょっと見てくるね」

「うん、待ってるー」


 そういって星詠台を離れる。

 そこで些細な違和感を感じた。

 いつもならならこういう時、代わりに行ってくるよー、みたいな事を言いそうなのに。


「どうしたのー?」


 そういえばと頭に乗ったままだったうめ吉を返しながら考える。


「えっと……えっと、何かあったら言ってね。未利もそうだけど、相談してくれれば一緒に考えられるから」

「あはは、姫ちゃんは優しいねー」


 とりあえずそう伝えてから、姫乃は今度こそ星詠台ほしよみだいを後にした。





『啓区』


 空間が封鎖されたのを感じて、啓区はため息をつく。


「ひょっとしてこのまま戻ってこないって事もあったりするかもねー」


 視線を戻して、星でも眺めようかと思った時、それが見えた。

 魔力の流れ。

 星詠台の縁には灰色の髪の女性がこちらに背を向けて立っていいる。

 ただその姿は透けていて、啓区の目には映像を見ているるような感じだったが。


『大切な人を守れなかった、何の力にもなれなかった。私が、所詮ただの道具、人形だったから』


 その女性は空を見上げて、消え入りそうな声でつぶやく。


『……私、生きている意味ってあったの?』


 そんな事を言いながら肩を震わせて嗚咽を漏らす女性。


『クレーディア!』


 しばらくすると誰かの声が聞こえてきた。

 名前を呼ばれた女性ははっとした様子で、啓区の方へと顔を向ける。


『ロゼ……』


 聞き覚えのある人の名前を呟いて……、そこで姿が書き消えた。

 一瞬だったけど、確かに啓区は見た。その顔は自分の前に現れたベルカにそっくりだった。


「あれが姫ちゃんが見たって言う、クレーディア。でも何だか……」


 似てる、と思った。

 彼女に、仲間の一人に。

 姿は全然違うのに。

 今思ったことをベルカにも感じていた事を思いだす。

 その事が指す事実は分からないが……。


「ひょっとしてみんな、つながってる?」


 啓区はそう思った。


 限界回廊で見た、理解不応な景色。出来事。

 イスの上の人形、屋敷の前で倒れる一人の少女。


 もし自分たちが見たもの全てに意味があるのだとしたら……

 いや、意味はまぎれもなくあるのだ。

 物語に意味のない事などそうそう起きるものではない。

 それでも深くそれについて考えなかったのは、自分が登場人物じゃない……関係ないからだ。


 いま、最悪の可能性が頭の中ある。

 ……でも、自分にはどうにもできない。そう決まっているのだ。

 だけど。それでも……。

 





 階段を下りて、階下へと降りている最中だった、姫乃は上から音がするのを聞いた。

 何かがはじける音。それとともに木をへし折るような渇いた音が響いた。


「わ」


 そして、そんな間の抜けた声。

 何かが転がり落ちてくる。


「わわわー、避けてっ、わぁっ」

「ええっ、大丈夫!?」


 姫乃の横を猛スピードで転がり落ち、床をさらに数メートル転がっていった。

 それは、他の誰でもない啓区だ。

 階段の下で、痛みに呻いているところへ慌てて駆けよる


「平気平気―、ちょっと棘の剣出して、こやつは血を求めてる的な厨二して遊んでたら、雷が落ちてきて……」

「雷?」

「こっちの話ー」


 さっきの音は雷か、と納得しそうになったが。

 雲はあったもののそんなに急に天気が変わるとは思えないし、と首をひねる。


「あー、姫ちゃんー?」


 打ち付けた所をさすりながらこちらを見る啓区。気まずい様な困った様な瞳と視線ががあった。


「まだ、昼間の事で言ってなった事があるんだー。ちょっと聞いてくれるかなー」


 そしてゲームで楽しく遊んだほうじゃない、本当の話を聞かされることになった。


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