第5章 小さな領主のお友達
目の前でコヨミがうんうんと頷く。
「あっちの世界とかこっちの世界とか呼びにくいと思ってたのよね。メタリカにマギクス……。うん、中々良いと思うわ」
「そうですか」
お城の中で一番高い場所で、姫乃達は町を見下ろしながら話をしていた。
ちなみに相槌をうったのは姫乃達ではなく大柄の男性兵士グラッソだ。
コヨミを待ち構えるように星詠台に立っていたのだ。彼は護衛役らしい。
姫乃は、隣で何事か悩んでいる名付け親に対して話しかける。
「未利って、ホントそういう言葉考えるの得意だよね」
「姫ちゃんだから褒めてるはずなのに、何だかアタシは褒められてる気がしない」
世界に名前を付けてしまった当人は頭を抱えて悶えていた。
「どうしてくれよう、これがこっちの辞書とかに乗ったらもはや公開処刑……」
「それで説明欄とかにー、この人が考えましたって名前が載るんだよー」
「やらかしたっ!」
ぶつぶつと何事かを呟いている未利は放っておいて、コヨミに感想を尋ねられた。
「それで、どう? ここからの眺めは、結構素敵でしょう」
「はい、すごく高くてびっくりしました」
「でしょ?」
眼下には街並みが並んでいて、正面には山肌がある。
コヨミ姫は姫乃の感想に、得意そうに胸を張っている。
この世界……マギクスでは、こんな高さから町を見下ろしたことがないので新鮮だった。クロフトじゃ、崖のふちには寄り付かなかったし、それ所じゃなかったから。
「すごいのー、とってもすごくてすごいのー」
「うんうん、すごいねー」
「すごいしか言ってないけど、それで十分の様な気がしてきた。気持ちは分からんでもない」
それは、なあや啓区、立ち直った未利も同じのようで夢中な様子で町を眺めていた。
「ふふ、姫様やってる特権。毎日ここに来れちゃうのよ」
謁見の間にいた時とは違って、年相応の砕けた調子で話すコヨミ姫。
その表情は生き生きとしていた。
「私の事は呼び捨てで構わないわよ。ただのコヨミでね。堅苦しい場所の空気を引きずるのは疲れちゃうし」
「ええと、それはちょっと」
……難しいかな。
さすがに姫様に普通の口調で接するのはためらってしまう。
「遠慮しなくてもいいのに」
頬を膨らませてすねる少女。
ここにいるコヨミ姫は、人の上に立つ存在ではなくどこにでもいる、普通の少女みたいだった。
「それにしても。世界を越えるなんて本当にそんな事があるのね」
「はい、私もびっくりしました。この世界に来た時は」
「信じられないわ、魔法のない世界なんて、一度行ってみたいわね、ホント」
「私としては、魔法の存在する世界に来た時、目にするものにすごく驚いて、信じられない気持ちでしたけど……」
「お互い様って事ね。……でも知らないから、その分私達には味わえない新鮮な驚きを得ることができる……」
「はい、見た事ないものたくさん見てきて、楽しかった事もたくさんありました」
楽しそうに会話していたコヨミだが、ふと表情を曇らせる。
「いいなぁ、あなた達が羨ましい。お姫様なんてみんなが憧れるようなものじゃないわ。責任なんて全部放りだしちゃって、自分のしたい事をして生きたい」
「コヨミ姫様……」
コヨミははっとした様子でこちらを気遣う。
「あ、ごめんなさい。羨ましいなんて。そういう意味じゃないのよ。そういう意味じゃなくて……、貴方達は大変な目にあってきたのに……」
彼女は俯いて自分の過去について話し始めた。
「私は元は一般人だったのよ。普通の家の子供で、星を見るのが好きな、どこにでもいる本当に普通の子供だった。魔法の才能はあったけど、それを日常生活以外で生かそうとは思ってなかったし、必要になる環境でもなかった……」
「そうだったんですか」
「統治領主っていうのはね、一部で世襲制のとこもあるけど、大体は先代様がなくなった時点でその地域で一番魔力の強い人がなるのよ、
そうだったんだ。
てっきりお姫様は元からお姫様なのだとばかり思ってた。
「でも……私は、多くの魔力を持っていたけれど、使わなかったから候補にはならなかった。名前が知れるようになったのは、
ため息を吐いて、彼女は言葉を続ける。
視線をあげてぼんやりと町の方を眺めながら。
「
「そうよ。私が作ったのは十節を基本として回す暦じゃなくて十二節を基本として回すものなの。あんな事をしなければ、こんな面倒な役割を押しつけられることはなかったと思うんだけど……」
「マギクスの暦は少し前まで十節だったんですか?」
「今もよ、新しい暦は終止刻が終わった時のお祝いの為に取っておくつもり」
よくそんな事を考えられたな、と思う。
私達よりも歳下なのに。
それって結構すごい発見だよね。
月日の数え方が変わるなんて、マギクスに住んでいる皆に影響することなんだろうし。
それにしても……。
姫乃は気になる事があった。
それを、未利が代弁してくれる。
「アンタ、姫様なんてイヤイヤやってんの?」
「そう……なるわね。でも、私がやるのが一番皆にとって良い事だから、納得はしてるわ」
「それでいいわけ?」
「全部が全部嫌ってわけじゃなし。私の力で皆を助けられるなら助けになりたいって思ってる、だから頑張れるのよ……」
「……」
重くなった空気の中、どうしようかと姫乃は思っていたが、救いの手はなあから差し出された。
「なあ、気付いたの。暦とコヨミちゃまと、二つが同じ名前なの! おそろいなの!」
「……愛称ねそれは、本名が開発した
「なあ、コヨミちゃまの名前好きなの。なんだかコロコロしてる感じがするの」
「喜んでいいのかしら、それ。どこかから転げ落ちちゃいそうな感じがするんだけど」
微妙な表情のコヨミだったが、先程までの暗い雰囲気はこれで払拭された。
それからたわいもない話をしながら少しの間景色を眺めて、姫乃達は用意された部屋へと戻っていった。
後に残されたコヨミは興奮した様子でグラッソに語りかける。
「ふぅ、久々にお姫様じゃない私とお話してくれる人がいたわ」
「そうですか」
「もっと仲良くなれたらいいんだけど、難しいかしら」
「そうですか」
コヨミの隣にいるのはそうですかしか、いわない男一人なので、会話にはならなく、自然と独り言のようになっていく。
「友達。友達よね。会って一時間ぐらい話したんだから、友達でいいはず。私、友達増えたわ!」
「……」
「そこは相槌ないの!?」
ただ、そんなでも反応がないと不安にもなるのだった。
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