第2章 クロスバード紙芝居屋 03
セルスティー宅
ハッセ・クロスバードの紙芝居を聞き終えた後、
「という事があったの!!」
家に帰ったなあは今日一日あった事を、その場にいなかった未利に向かって話していた。
「でもなの、ハッセさんは衛士さんになりたいって言ってたの。しゅーしこくで大変だから、皆を守りたいって、そう言ってたの」
「ふーん」
全部を聞き終えた未利の反応はこうだった。
「ま、頑張れって言うしかないね」
「なあは思うの、ハッセさんの紙芝居さんとってもとっても楽しかったの。だから衛士さんになっても紙芝居さんしてるのがいいのにって思うの」
「難しいんじゃないかなー。詳しくは知らないけど、訓練とか見回りとかの普通の仕事も色々あるだろうしねー」
啓区の言葉になあ肩を落としそうになるが、そこに妥協案が一つ放りこまれた。
「そんなに気に入ったなら、これから毎日見に行くとかどうー? むしろいっそ手伝っちゃうとかー」
「手伝うってなあちゃんが……? 不安しかないんだけど」
未利は難しそうな顔になったが、なあにとっては渡りに船だった。
お手てをグーにして天井にえいっして、賛成だった。
「なあそれやるの! 紙芝居のお手伝いするの!」
そんな成り行きで翌日から紙芝居のお手伝いが始まった。
「ネコさんイヌさん、大ゲンカなの。でも大丈夫なの。にゃんにゃん、がおがお。いっしょにつり橋さん渡ったら仲良しになったの。めでたしめでたしなの!」
ハッセのお芝居道具を出したり片付けたり、ときには集まった子供達に自分の考えたお話を聞かせたりして、なあはとてもとても楽しい時間を過ごしていた。
「超展開すぎる! ケンカしてた理由は! 何でつり橋渡ったくらいで仲良くなってんだよ!」
アルルが今日も元気よく発言している。
お手伝いをして道具を落としたり、道具の種類を間違えたり、後はなあお手製のお話を聞かせた後には、こうやってアルルが積極的に話しかけてくるのだ。それがここのところのいつもの光景だった。
「アルルちゃま、これが「つり橋こーか」って魔法なの。未利ちゃまが言ってたの。ドキドキすることを一緒にやったら嫌い嫌いって言ってた人達も仲良くなれるの。魔力がなくても使える魔法の話なの」
「意味分かんねぇよ! これのどこが魔法!? ただ危ない橋渡ってただけじゃん!!」
ちょっとアルルには難しい話だったかもしれない、となあは思う。
実のところなあもよく分かってないのだ。
次はもっと簡単なお話しにしようと思った。
そう次に話すべき内容を考えているときだった。
「あれ、おかしいなぁ」
「ふぇ、ハッセさんが困ってるの。どうしたの?」
ハッセがしきりに首をひねってカバンの中を漁っていたので、なあは声をかけた。
「ああ、実は……」
理由を聞くには、持ってきたはずの道具のいくつかが、いつの間にかなくなっていたという事だった。
カバンに詰めた事だけは確かなので、無くなるとしたらその後の可能性が高いというのだが。
「なあ、一緒に探すの!」
その場にいた子供達と共に辺りを捜索してみるのだが、それらが見つかる気配はまったくといっていいほどなかった。
朝とは百八十度変わって意気消沈して帰ってきたなあに、もちろん当然未利は驚いた。
「あのクソガキにでもいじめられたとか……」
よく分からないことを言ってどこかへと飛びだそうとしていたが、なあが事情を説明すると納得して拳ブルブルを抑えてくれた。
「ふーん、でもそれってアレしかないんじゃないの? 言いたかないけど、誰かが盗んだとか」
「そんな事ないと思うの! 皆とっても楽しみにしてるの。ハッセさんがこまこまーって、困っちゃうことはしないってなあ思うの」
「まあ、そう言うだろうとは思ったし、あいつ等ならそんなのありえないと思うけど。じゃあ、誰かが興味本位でいじくってる内に無意識にポケットに入れちゃったとかはあるんじゃないの?」
「むむむー、なの」
確かにそれならあるかも、となあは考えた。
むいしき、というものは怖いもので「それやろーっ」て考えていないのに、「それやっちゃったー」をしてしまうからタチが悪いのだ。そう前に未利が言っていた。
「とにかく明日また行ってみたらいいんじゃない?」
「そうするの」
考えても分からないことは、ほりゅうだ。
困った時に脳まで、こまこまするのはよくないのだ。
道具さん見つかるといいな、と思いながらなあは明日が来るのを待った。
「それでなの。一緒のお船に乗った呉衛門さんと越衛門さんはいっしょに協力して、川で流れてきた桃を拾ったの。その桃はとってもおいしかったから、ケンカしてたことも忘れてすぐに仲直りしたの、めでたしめでたしなの」
「おかしいだろ!」
今日も同じようにお話を聞かせるとアルルの感想が飛んできた。
「なんで仲の悪い二人が同じ船に乗ってんだよ。他にも……」
今日は前日と違って、ちょっとだけ人が増えた。
姫ちゃまと、未利ちゃまと、啓区ちゃまだ。
それぞれの用事に区切りをつけて見に来てくれたのだ。
邪魔にならないように人垣の後ろで待機モードしてるらしいのだ。
なのでなあはちょっぴり、張り切っている。
なあの作ったお話を皆にも聞いて楽しんでほしかったからだ。
「アルルちゃま、質問はお手々を上げて元気よく、はいって言わなきゃなの」
「何だよその規則、昨日はなかっただろ!」
渋るアルルだが、他の子供達は素直だ。
いくつもの手が伸びてかんそーを言ってくれる。
「はい、呉衛門さんってなにー。ひとのなまえー?」「わー」「はーい、何で川に桃が流れてきたのー」「なのなのー」「はいはい、桃たべたい!」「たべるー」
ところどころ関係ないのも交ざっているが。
そんな感じで、なあの即興お話会が盛り上がっていると……。
「ああ、また無くなっている」
暗い声が耳に届いた。ハッセの声だ。
ガサゴソとカバンを漁る表情は青い。
「道具さんまた無くなっちゃったの?」
「ああ、今度のは紙を入れる木枠がないんだ。けっこう大きい物なのに。どこにいってしまったんだろうか」
枠とは、紙芝居に使う紙をまとめて入れて立てるための物だ。
両手で抱えるくらいの大きさはあるだけに、ハッセはどうやって無くなったのか心底不思議でたまらないようだった。
「このままこんな事が続くようなら、紙芝居を続けるのは難しそうだ」
「それは駄目なの。ハッセさんの紙芝居、毎日皆が楽しみにしてるの! なあ頑張って見つけるの!!」
ハッセさんはしょんぼり肩を落として元気がない。
頑張って見つけてあげなきゃと思っていると背後から声があがった。
「何だこれー」「すごーい」「出てるー」「浮いてるー」
振り返るとそこに木で作られた枠が何もない空間から生えるように浮かんでいた。
その突拍子のない光景に、
未利風に言えば、あり得なさがマックスしてるような光景に、
「ふぇ?」
なあの口からは、いつものような間抜けな声が漏れた。
待機していた姫乃達が集まって、宙に浮かんでいるそれを観察する。
「これ、どうなってるんだろうね」
「不思議現象すぎる。啓区、ちょっと触れ」
「えー、僕ー? 実はホラー空間と繋がってて引きずりこまれちゃったりしたらどうしよー」
そこにトリックはない。
前後左右からくまなく観察するが、糸も支えもなく浮かんでいる。
そんな枠を前にして、互いに互いが顔を見合わせるのみで、まったく動こうとしない。
「なあ、ちょっとドキドキだけど。きっと大丈夫なの。お触りするの」
「その言い方誤解されちゃうからやめようねー。しょうがないかなー。えいー」
意を決してなあが触れようとした時、横から啓区が手を伸ばして木枠をさくっと掴んだ。
「だ、大丈夫? 何ともない?」
「ちょ、本気でやるか……。うおゎ、何か色々出てきた」
「啓区ちゃまに先を越されちゃったの」
啓区が空間から木枠を引き抜くと、それにつられたのか今までになくなった道具達が落ちてくる。
「四次なんとかポケットかっつーの……」
「ネコ型したロボットでもこの辺りにいるのかなー?」
どさどさと空間から出てきて、地面に落ちた道具たちを見下ろしながら、そんな事を言う未利と啓区。
「魔法、なのかな。これって……」
「魔法……なんじゃないの。そういう世界なんだし。かなり変だけどさ」
「なんて言うかー。そうだとしてもー、ズルズル落ちてきちゃってる所見ると、ちゃんと扱えてないような気がしないー?」
姫乃も交えてそれぞれ感想を述べたり意見を出したりするが答えが出ない。
制御出来てないかもしれない魔法を前に、いつもならいけいけドンドンな皆が、こわこわな態度になるのがちょこっと新鮮ではあったが。
だが、何はともあれ。
「これでハッセさんがちゃんと紙芝居できるの、良かったの!」
重要なとこが解決して良かったと思う。
それからもちょくちょく紛失被害があったものの気づいたら適当な空間に道具が刺さっているといった、しゅーるな光景と共に解決した。最後の日まで無事、紙芝居のお手伝いを終えたなあちゃんはハッセに礼を言われていた。
「いやぁ、楽しい時間でした。いつもは一人でやっていたので良い刺激になりました。とくになあちゃんのお話のセンスは独特で、思わずうならされます」
「その姉ちゃんのセンスは参考にしないほうがいいと思う、絶対に!」
思わず突っ込みを入れたアルルには周囲の子供達から、「しっ。いまいいところー」「邪魔しちゃ、めっ」などと注意を受けている。
「いつかまた一緒に紙芝居ができる事を祈っています」
「なあも、紙芝居さん一緒にしたいの」
握手をしてハッセを見送り、子供たちと別れた後、なあは考える。
「なあ、自分で紙芝居さん描いてみたくなったの。描けたら皆に読んであげたいって思うの」
セルスティー宅
「だからアルルちゃまとか皆に紙芝居さんしてあげたいって思ったの」
「そう、楽しかったのね」
薬の調合を手伝っていたなあは、ここ数日あった出来事のまとめをセルスティーに話していた。
「ひょっとしたらそれは貴方の夢になるかもしれないわね」
「ふぇ? 夢は眠って見るものだって思うの」
「その夢ではなくて将来の夢よ」
「ぴゃ?」
将来といわれてもピンとこないなあは、ひたすら首をかしげるのみだ。
「あら、おかしいわね。どこにいったのかしら」
新しい薬を混ぜ合わせようとした時に混ぜるための道具がないことに気付いて、セルスティーは疑問の声を上げた。
「ふぇ、何だか最近もこんな事があった気がするの」
既視感というものを覚えたなあは、その最近あった例にならって周囲をきょろきょろする。
見つけた。
何もない空間に突き刺さるようにガラス棒が浮かんでいる。
「あったの」
「これは……。ちょっと動かないで待っていてくれるかしら」
「分かったの。なあ良い子でじっとしてるの」
ガラス棒を引き抜こうとしたなあを制止したセルスティーはどこかへといって、四角い物体を手にして戻ってきた。
魔力の計測器だ。
その計測器をなあの前へ持ってきて、セルスティーは機械の示す数値を見て頷く。
やっぱり。
「この現象は貴方が魔法を使ってるのよ」
そしてそんな答えを言った。
その後、目を微妙に光らせたセルスティーに倉庫へ連れてかれたなあは半日に渡って、色々物資運搬についての実技調査を受ける事になるのだが、それはまだそのときの彼女の知る所ではなかった。
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