第11章 突発的緊急事態
ツバキの言葉を聞いて、姫乃は避難民達が集まっている部屋へ向かった。
室内に飛び込んだ時には、異変が起きていた。
眠っていた人々のほとんどが目を覚ましている。
彼らが案じているのはひとりの少年だ。
「しっかりしろ!」「何でだ!」「薬は飲んだはずなのに!?」
部屋の奥に人垣ができていて、その中心にラルラがうずくまっていた。
「うっ……」
ラルラは荒い息を吐いて、体を小刻みに震わせている。
「ラルラくん!」
姫乃は慌ててその人垣の方へと近づいていく。
その中には皆の姿もあった。
気付いて振り返った彼等に何があったのかを尋ねる。
「あ、姫ちゃんー」「姫乃!」「姫ちゃま、大変なの!」
「一体どうしたの?」
その疑問にはバールが説明した。
「ラルラには、魔力増減症という持病があるんだ」
魔力増減症。
生物なら皆が持っている体内の魔力。それが本人の意思に関わらず急激に増幅したり、減少したりしてしまう病気だ。
どちらも進行を許せば本人の命に係わる病気だが、増幅と減少では危険度が違う。
ラルラは前者らしい。
「ラルラは、体内の魔力を増幅させてしまう方の病気なんだ。このまま何の対処も出来ずにいると、周囲を巻き込んで魔力爆発を起こしてしまう」
「そんな」
そんな重い病気だったなんて。
これまでの態度からはそんなの少しも感じなかったのに。
バールから告げられた言葉に絶句するが時間がない。
今は一刻を争う事態だ。
「何とか出来ないんですか?」
焦燥感に駆られ尋ねるが、返ってきたのは予想外の言葉だ。
「それが、薬を……持ってきたのに、効かないんだ」
「え……?」
視線の先で、苦しみもがくラルラの動きが激しくなり、暴れて自分の体を傷つけないようにとレトを含めた数人が押さえつけにかかる。
その様子を見ながらバールは苦り切ったような表情で言葉を続けていく。
「ラルラも子供だが、自分の病気の事はちゃんと分かってた。薬を毎日かかさずに飲んでいる事は俺達も見てたんだ。だけど、その飲んでいたはずの薬がまったく効かないんだよ」
どうして?
今まで効いていたらしいのに、それがどうしてこのタイミングで?
ラルラが嘘をついていた?
それはないはずだ。命に係わる事だ、自分の大事な事なのに。それにバールたちだって気をつけていたと言っていた。間違えなども考えられない。薬が効かなくなるような事が起きたとかだろうか。
姫乃は手がかりがほしくて、他の事を尋ねる。
「その薬って、種類を変えたとかそういう事は……」
「ないな、ラルラのは替えの効かないものだから」
「それ見せてもらってもいいですか」
「あ、ああ」
セルスティーさんの手伝いで、薬の調合を手伝っていたこともある。何か分かるかもしれないと思ったが。
「……」
バールに手渡された飲み薬の錠剤を見ても、やはり付け焼刃で会得した姫乃の知識では何も分からなかった。
「封が開いてるねー」
「使ってたって証拠か……」
その薬を見て啓区と未利はとりあえず分かる事を述べていく。なあちゃんもだ。
「白い粉のお薬さんなの。ラルラちゃまずっと、これを飲んでたの? お薬は苦いからなあちょっと苦手なの」
バールは思い出すように、天井を見上げて呟く。
「町に出る時……ちょうど前の避難組が出る時だから一週前、念を入れて薬を確かめてた。間違えるなんてありえない。それなのにどうして……」
『でも人がやったことは絶対じゃない、だろ』
「それは、だが……」
薬が唐突に効かなくなったと考えるよりは確認を間違えた可能性の方が高い、ラルラの近くで様子を見ていたレトがそう意味を込めて言うが、バールは納得しかねるようだった。
そうこうしている内に、ラルラの状態が悪化していってしまう。
「うっ……うぅっ、うがぁっ……!」
「おい、どうするんだ。このままじゃ。どんどんやばくなってるぞ」「さっきまで普通だったのに、こんなに急に! いくら何でもおかしくないか!」「ラルラ、しっかりしろ」
暴れるラルラの体を必死に押さえつけるレトが、はっと顔を上げて周囲に向けて警告する。
『何か魔力が急に増えてるぞ! このままじゃやべぇ!』
レトの悲鳴に応じるように、その症状は強く表れ始める。
風だ。
部屋の中に風が吹き始める。
空気が変わるのを感じた。
肌を刺すような濃密な魔力が、触れる肌から直接危険を訴えかけている。
……駄目。時間がない。
風は淡く光り輝いている。
目に見えるほどの魔力の濃度。その存在を感知できるはずがない姫乃達にすら、その姿が見えるのだ。
考えるまでもなく、分かった。この場は長くもたない。
「バールさん! 薬の成分は」
「
「なあちゃん。入ってる!?」
間に合うだろうか。だめだ、手順なんて分からない。調合している時間もない。
なあちゃんに頼んでかまくらを出現させるが……。
「ディテシア様……」
誰かの声が聞こえた。
見るとその手には白い紙切れが握られていた。見覚えがある。白桜の魔力が奪われてた事件。あれは確か、ダロスが持っていた。似ている。
「……これなら」
姫乃のはその男性の元へ走った。
脳裏に閃いた可能性に賭けてみる事にした。
「それを貸してください!」
「えっ」
応急処置かもしれないけど、時間を稼げるかもしれない。
あの時ダロスは、桜の木へどうしていただろう。
アルルの話を聞いて、思い出す。
「姫乃、どうする気!?」「えーと、何か思いついたって顔してるねー」「姫ちゃまっ、ラルラちゃまを助けてほしいの!」
暴れるラルラに駆け寄って、白い紙を突きつける。
大丈夫か分からない。でも、助けてほしい。ラルラ君を助けたい。お願い、助かって!
「リライト・チャージ!」
姫乃は
瞬間。室内に溢れていた魔力はただ一点に注がれる。
放出されていた風の動きは止まり、そして白い紙の元へと再び引き寄せられた。
「教会の護符が……」「こんな使い方があったなんて」「あれ、でもそれ偽物だって話……」
背後で何事か気になる事がささやかれていたが、姫乃はそれ所ではない。
気を抜かないで、手の中の護符……と呼ばれた白い紙を見つめ続ける。
集まっていた風はやがてゆっくりとその流れを解き、やがて、どこへともなく霧散していく。
「なんとか、なった……」
完全に風がなくなると、姫乃は緊張がとけてその場に崩れ落ちそうになった。
「……」
しかし、そこをいつの間にかツバキが後ろにやってきて支えていた。
「あ、ありがとう」
礼を言ってラルラに視線を向けると、先ほどまでの苦しみが嘘の様に静かにそこに横たわっていた。
「良かった」
その状態を確認した後、姫乃の胸中を満たしたのは掛け値なしの安堵の気持ちだった。
ラルラの病気の症状は一応治まった。
けれどそれは、一時的なものに過ぎない。
薬を作らないと、また同じ事の繰り返しになるだろう。
夜が更けていく中。眠っているラルラを横に、起きている人々を集めて姫乃は情報を聞きだした。
薬の成分や、原材料について。いつもはどんな風にそれを使っているのか。
姫乃はとりあえず分かった事をまとめるが……。
「手元にある分だけじゃ足りない」
とりあえず、それが事実だった。
事前にセルスティーから渡されていた薬を、なあのかまくらから取りだして広げて見るものの、足りない物がある。
「主な成分……
そんな姫乃をみかねたバールが、紙に詳しく絵を書いて見せてくれた。
「
紙の上に書かれたのは、繊細そうな薄いひらひらとした花弁いくつもある白い花。
ヤコウモリの方は、見覚えのある姿だった。つい最近見たものだ。
それを見た未利と啓区が発言するが、だがその姿には違う部分がある。
「こいつってアレじゃん。あのコウモリ」
「千曲の洞窟に住み着いていたやつだよねー」
「でも、ツノなんて生えてなかったよね」
そうだバールの書いた絵にはツノがついているのだ。
見えかけた希望だが、結局は記憶の中の姿と合わず肩を落とす事になる。
しかし、ツバキなら転移魔法を使って何とか出来るのではないか
「そうだ……ツバキ君」
そう思って声をかけたが、それは叶わなかった。姫乃は当人の言葉に再度肩を落とす事になる。
「魔力がもうない」
「そんな……」
そのまま考えても有効な対策は思いつかなかった。が一応、とりあえず満月花だけでも探してみようという事になった。(その一つだけ見つかっても解決にはならないがないよりは……)
後考えなければいけないのは、ここを出ていく方法。
眠そうにしているなあがレトを枕にしている様子を横目でみながら、石の町を覆っている謎の結界について思いをはせる。
「石の町からも何とかして出ないとね」
「確かに、こんな景気の悪そうなとこ、長いしたくないし」
「石になってるから、景気そのものがないけどねー」
そちらも平行して考えておくべきだろう。
バールの話では町までたどり着きさえすれば、多少値が張っていたとしても薬を買うことが出来るらしいのだから。
それらの事を一通り話し合った後、話題は護符のことへ移る。
「グルコ、お前ちょっとこっちこい。ほら出番だぞ」
「はぁ、出番って言われても、こっちはあんまり話すような事ないんだけどな」
そこでバールが昨夜活躍した、白い紙をとりだす。
自然と、彼の手に握られている紙に注目が集まった。
「それで、グルコの護符なんだが、驚きだ。あんな使い方ができるなんて知らなかったな」
バールがその事に触れると、近くに寄って来た護符の持ち主らしい男性……グルコが眉をひそめて発言した。
「いや、でもこれ偽物なんだよ。商人に高額で吹っ掛けられて買ったんだけど、本来の用途では全然役に立ってくれなくてな、一応見た目だけなら本物そっくりだから安全の願掛けに持ってたんだけど」
「憑魔退治のとき、まっ先に狙われてたのお前らも見ただろ」と、情けない顔をして付け足す。
本物は、憑魔避けになるらしい。
「だから、これを持ってるのは次に同じ様な事で騙されない様にという戒めの意味があったんだ」
「とかいって、お前よく騙されるから次も引っかかるかもな」
「よせよ、ったく。あの時は騙されてるとは思わなかったんだよ」
バールがからかうように白い紙を揺らして言えば、グルコは心当たりがあるのか視線をそらしながら言い訳をする。
そんなやりとりがひと段落したの後レトが、白い紙を前足でぺしぺししながら姫乃達へ尋ねる。
『で、お前らはどこで、この偽物の使い方を知ったんだ?』
「実は……」
レトに尋ねられた姫乃はエルケの町であった一連の事件についてざっと話した。
アルルがダロスに人質にとらえてしまう事件の話だ。
姫乃達はその前に、セルスティーが調査していた魔力泥棒の件を思い出しながら伝えていく。
『そんな事があったのかよ』
レトは呆れた様に、息を吐いてみせる。
「使い方についてはアルル君に聞いた話なんだけどね」
「アルルか、あいつも元気でやってるようだな」
バールがなつかしそうに発言する。意外なところから縁が見つかった。
「えっ、知り合いなんですか?」
「俺じゃなくてラルラのなアルルの故郷がロングミストだったから」
そうだったんだ。
「ご両親が亡くなるまではラルラとアルルは仲の良い友達だったんだけどな。アルルが親戚の家に移り住むようになってから、体質で付き合いができなくなっちまったらしい」
とバールは事情を説明する。
「で、その親戚がアルルの反抗的な態度に嫌気がさして、別の親戚に押し付けちまうもんだから。あいつはロングミストの町に良い思い出がないんだ」
『そいや、町に行くのけっこう嫌がってたもんな』
レトが納得したように呟く。
道中も割と近くにいたけれど、そんな素振りは姫乃は見なかった。まあ、半日にも満たない期間だったのだし同じ町の出身者ではないと分からないことなのだろう。
『話は戻るけど、ぶっちゃけどういう仕組みか分かってねーよな』
こればかりはいくら頭をひねってみた所で分からない。
「どうして護符が魔力を吸収できるんだろう?」
「見た目ただの紙なのにさぁ」
「見る限りは本当に普通の紙なんだよねー」
「紙さんは白い紙さんなの、ぺらぺらなの!」
そういうわけなので、偽護符のことついてもあまり話は進まなかった。調べようにもどう調べればいいのか分からないし。下手に調べて次に使えなくなったら困るというのもある。
レトが言うには、吸収した魔力の気配はするようだけれど。残念ながら姫乃達にはその情報を、偽護符が使える理由へ結び付ける事はできなかった。
そうして分からないことだらけ、未解決だらけの石の町の最初の夜は更けていった。
心にはたくさんの不安を降り積もらせて。
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