第24章 ルミナリア・リリアント
『ルミナリア』
ルミナリア・リリアントは巡る日々を退屈に過ごしていた。
ディテシア聖堂教のお手伝いで、聖堂院の掃除をしたりすること以外は何ら変わったことのない毎日。
同じく手伝いをしている、同僚の男の子にクロノという奴がいて面倒ばかり起こしてくれるが、それは彼女の退屈のほんの少しを紛らわすだけだ。
それ以外では日々があまりにも代わり映えがしなかったので、ルミナリアは自主的に魔法の練習を始めた。
すると小さい頃からもちょくちょくやっていたせいか、純粋に才能があったのか、驚くほどに上達していった。周囲には神妙な顔をし、深刻ぶってあの時期が近いから……とか言って誤魔化しておいたが、本人にとっては退屈しのぎの良い遊び程度に考えていただけだった。
その現場を司教さんに見られて、貴方はなかなか見どころがある、とかなんとか褒められたのは少し心苦しかったが……。
そんなある日、ルミナリアは可愛い可愛いとある女の子と知り合った。
名前は、ユイシメヒメノ。最初は「ヒメノ」と呼び捨てだったが、彼女の友達のアイデアにより「ヒメちゃん」と呼ぶようになった。
何らかの事件に巻き込まれて、この町に転移してきてしまい、行くあても住むところも無く困っていたので、ルミナリアの家……リリアント家でお世話する事になった。
それから、あれよあれよという間に新しい顔が増える増える。
ヒメちゃんの同じ故郷に住んでいるというミリにナアだ。
ミリは何か弓の腕が凄くて、発言が辛口。
ナアは、天然で、誰とでもすぐ仲良くなってしまう。
三人が町にやってきてから事件がちょくちょく起きて、退屈だなどと思わなくなった。
けれどそのせいで、なかなかお城の兵士さんや、警利の人に姫ちゃん達の境遇を相談できないのは少し困った。
父が城の兵士で、色々話を通してもらうよう努力してはいたけど、例の時期が近いせいや害獣侵入の事件もあって、手をまわしてもらえなかったらしい。
見知らぬところに来てしまって、不安なはずなのに。
ヒメちゃんは、とても良い子だった。
家の家事……炊事、掃除、洗濯は進んで手伝ってくれるし、道端で困った人を見つけると気になって手を差し伸べてあげたりする。
知り合いの調合士の女性、セルスティーさんのお手伝いまでしてるのだ。
それで、「いつも何かできることはないかな」とか「自分の力がもっとあればいいな」なんて考えてるのだから、いい子じゃないわけがない。
ヒメちゃんはあれだ。
聖女様だ。
聖女、ヒメノだ。
ディテシア様には敵わないけど、ヒメちゃんはとてもすごい。
私は、ヒメちゃんが困っている事があったら、できるだけ助けてあげたいと思った。
けれど、終止刻の時期がやってきてこの町は変わった。毎日退屈だなんて思っていたけど、それはとても贅沢な事を考えていたのだと知った。
町の雰囲気ががらりと変わって、自分の知っている人達が暗い顔で通りを歩いてる。
それを見て、私は、自分がそんな事を考えていたことを後悔した。
しかし、生意気な同僚、クロノも憎まれ口を叩きつつも遠回しに励ましてくれたし、ヒメちゃんから重大な告白されたから、そんな暗い顔をするわけにはいかなかった。
ヒメちゃん達……ミリもナアちゃんも、このあと合流する事になるケイクも、この世界の人間ではなく、どこか遠い別の世界から来てしまったらしいというのだのだ。
そんな事故で来てしまった世界で、もうすぐ世界が終わりそうなんて言われたら、きっと大きなショックを受けてしまうだろう。
私は、ヒメちゃん達に心配をかけないようにと、なるべく普段通りにふるまおうと思った。
セルスティーさんの家に集まった皆にざっと、今この世界に起きている事を説明した。
それから、ヒメちゃんの魔法の特訓をしたり、聖堂院の重要なお仕事を手伝ったりして
時間は過ぎていく。
聖堂院の重要な仕事……。
びっくりな事に私の魔力とディテシア様の魔力はすごく似ているらしい。
どこがどう似ているのかは修行中の身の私には残念ながら分からないけど、その事が今回の終止刻を終わらせる手助けになるかもしれないという事で、
普通の魔石と同じように適性のあった他の人にも扱えるし、すっごく膨大な魔力を内臓しているから壊れたりしなければ半永久的に使える。
今までにも、特別に魔力の強い司祭さんとか、統治領主の王女様や王様が作ったりはしているけど、一般人がそれに関わるなんて異例の事だった。
私はちょっぴり自慢して回りたい気持ちがあったけれど、無用な混乱を起こさないようにと聖堂院の人達には釘を刺されたし、のぞき見していたクロノに怒ってつい大人ぶって、私は言いふらさないんだから、みたいな内容の事を言ってしまったので、口を閉ざさなければならないはめになった。ヒメちゃんにも自慢したかったのに……。
ちょっと、名誉なことを手伝ったぐらいでいたのに、それが予想よりも大きな事なんだと分かったのは、少し時間が経ってからだ。
司教さんの話で、この町を出て大陸中央にあるディテシア聖堂院本部に顔をださなければならなくなった。
くわしく言えばそこで、当代の大司教様に会って、ディテシア様が使っていた色々な魔法の手ほどきをしてもらえるらしいというのだ。
時を同じくして何とヒメちゃん達も、セルスティーさんのお手伝いでこの町を出なければならないという事になった。
セルスティーさんの様子からして、姫ちゃんも大事なことを任せされている、と思った私は事実を過少に報告した。
聖堂院関係でちょっと町を出て近くに出かけるなんて言っておいたのだ。
向こうだって大変なんだし、心配をかけたくなかったのだ。
転移の魔法陣を使うから、移動時間はそれほどかからないって言われていたし、姫ちゃんが戻ってくるころには、私も帰ってこられるだろう、そう思ってたのもある。
ヒメちゃんの旅立ちの見送りをして、さあ私も……といったところで、問題が発生した。
驚くことなかれ、この私ルミナリアは……、
指名手配犯になってしまったのだ。
……なってしまった、のだが、悪いことは何もやってない。
私は、何も悪くない。
悪くないったら悪くない。
……本当に。
ちょっと盗み聞いただけなのだ。小部屋の会話を。
あ、それ悪い事だったわね。
ヒメちゃんを見送った後の私は、旅立ちに向けてあれやこれやと忙しかった。
聖堂院に顔を出す日も増えて、その日も司教さん達と旅の日程のことを話したり、ディテシア様のことについて話したり、町の外ではいっそう害獣被害が増えてきたので注意警戒を怠らないようにとか指導されたり、それに加えて普通のお手伝いもちゃんとやってたり……。クロノに疲労で老けた、とか失礼なことを言われて、殴り……じゃなくて厳重注意したりと……。
そんな感じの毎日を過ごしていたから、たまにうっかり忘れ物をしてしまうのは仕方ない。
母が持たせてくれたお弁当の容器を忘れてしまって、取りに戻った時だ。
小部屋の前を通りかかったら、声が聞こえてきた。
「それで、司教さん、本部に連れてった後どうするつもりなんだい? そのまま使うつもりなのかい? 遠目で見たけど、あの子は言いなりになる様なタマじゃあないね」
「まさか。可哀相だが、大司教様の魔法によって、操らせてもらう事になるだろうな。相性のいい、生身の器がいるらしいんだ、何に使うかはしらないけど。そっちこそ、ここでのんびり会話などしていていいのか? 人さらいは失敗、あげく護符の実験もまともに出来ないなんて……」
「しょうがないね。ダロスの奴がバカだったんだよ。何も知らないで一人で仕事見つけてきたみたいなこと言ってたのは、間抜けでしょうがない。いい気になって小娘に足音すくわれちゃって。おかげで集めた魔力がパアさ」
そこまで聞いてしまって、まずいと思ったルミナリアは、もちろんそーっとその場を後にしようとした。
自分の性格上、そのままドアを開けて、正義の味方惨状!! ってやってもよかったのだけれど、話が大きすぎた。絶対その場で、二人を殴っ……成敗しただけじゃ収まらなくなると思った。
なので、脳内指示の選択、戦略的撤退に基づき、その場をそーっと去ろうとしたのだけれど、何という事でしょう。
彼は何か私に恨みでもあったのでしょうか。
「何をしているのですかルミナリア」
ラジエータさん。この聖堂院に努めている司教さんの一人に肩を叩かれ、名前を呼ばれてしまったのです。
きゃあああぁぁぁ!
もちろん、ルミナリアは心の中で悲鳴をあげましたとも。
「そこに誰かいるのか!?」
ほらきた、このセリフ。この次はきまって、奴を捕らえよ! となるに違いません。
「彼女を捕まえろ」
ほらねー。
そんなこんなで私は、聖堂院を必死で逃げ回る事になった。
途中でクロノが、世界の謎研究会のメンバーだとか、よく分からないことを言いながら助けてくれたり、謎の美少女レイニィ(この子もクロノと同じ組織に入っているらしい)に助けられたりして、聖堂院、そして町を何とか抜け出せた。
けれど私の保護をしてくれるというらしい、世界の謎うんたらとかいう研究会のある町に向かう途中、立ち寄ったトコシエの町で驚愕の事実を知ることになる。
人生十数年生きてきて初の指名手配!
やったね!
……なんて「喜べるわけないじゃないっ!!」と私は見つけた紙を握りつぶした。
こんなもの私は見なかった。
何も見てない。何も知らない。
しかし現実逃避してる場合じゃなく、トコシエの町に大変なことが起きてしまった。
少し前、空に浮かぶ大陸が通りかかって、町を攻撃していったらしいのだ。
私たちは、出来る限りの手当てやお手伝いをして走り回った。
それが良かったのだろう、指名手配の事は何かの誤解だろうという事になり、ボロボロだけど、建物の一つで寝泊まりさせてくれることになった。
その夜は、いろんな事があって不安でなかなか眠れなかったけれど、クロノが憎まれ口を叩きに来たりして、どうにか眠れるようになった。
もう一人の同行者、レイニィは無口な方なのか、あまり話さずに早々に眠ってしまったようだ。
明日からも何とか、頑張れそうと、眠りにつこうとした時、私の目の前にとんでもない人が現れた。
何なんだろう、最近は。
びっくりする事の連続だ。
「私の声が聞こえますか、ルミナリア・リリアント」
優しげな声で語りかけてきた美しい女性は、ディテシア教を作り広めたまさにその人、ディテシア大司教様だった。
かの有名な大司教ディテシア様が私の前に現れて、魔法の手ほどきをしてくれる。
夢のようだった。
実際夢ではないかと疑った。
けれど、最近は夢みたいなことばかりが起こっているので、こんな事もあるよね? と自分を強引に納得させた。
魔法を授けてくださった、ディテシア様はさらに驚く事を言った。
あなたの友人が、職人の町で危機に瀕しています、と。
ヒメちゃんが、危ない!
友人に心当たりは沢山あったが、大変なことに巻き込まれているというなら、私はヒメちゃんしかいない思った。
だって、ヒメちゃん良い子だから。
姫ちゃんがヒメちゃんしてる限り、そうなるのは自然なのだ。自然の摂理だ。
私はそう結論付け、ディテシア様にお礼を言って、一にも二にもなく飛びだした。
クロノやレイニィには何も告げず、だ。
悪いとは思ったけど、彼らの目があると私の羽が使えない。
職人の町まで行くと、空に大きな大地が浮かんでいるのが見えた。
なるほどあれがトコシエの村を襲ったものか、と納得する。
あんなものに襲われたらきっと、普通の人達だったら成す術もなくやられてしまう。
職人の町には、その大地から魔力攻撃が降り注いでいる……。
黒い魔力。見てると不安を掻き立てられる、良く無い感じがした。
あんな禍々しい魔法がこの世界に存在していたなんて。
危害はそれだけではなく、憑魔達まで襲いかかっていくようだった。
眼下に見える町で抵抗しているであろう人達が(主にヒメちゃんが)心配だったけれど、私は明らかにこの事態の犯人が乗っていると思われる目の前の浮遊物体に乗り込む事にした。
大本を叩いてしまえば……と思っていたら、なんとそこには当のヒメちゃんがいた。
頑丈そうな建物の屋上で、浅黒い肌と漆黒の髪をした少年と対面している。
もしかしてヒメちゃん一人で凶悪犯人を何とかしようと!?
ちょっと、それは無茶すぎるんじゃないかしら……。
もちろんそんなはずがなかったのは、後で本人の口から語られているが。
ともかく私はヒメちゃんの元へと急いだ。
少年は、ヒメちゃんに詰め寄って害そうとしている。
何という事か! 私のヒメちゃんに手を出そうなんて!!
許せないっ!!
というか、謝っても許さない!!
……ヒメちゃんに何するもりよっ!!
背中の翼を折りたたんだ私は、勢いまかせにその少年を蹴り飛ばした。
それから後は、ヒメちゃんの世界の建物だという学舎の中をさまよった、途中で憑魔に襲われたり、少年に追いつかれたりしたけど、何とかここを脱出できそうだと思った。
あともう少しという所で、エルバーンの憑魔に襲われたりしたけど、それも何故か助けに来た誘拐犯の助力で、何とかなるはずだった。
しかし、突如ディテシア様の魔力を感じた。なぜ、と思う間もなく発動した魔法によって私たち二人は魔大陸……(ぴったりな命名ね)から落ちてしまった。
魔力はもう無かった。
ヒメちゃんを助ける為に、私は翼を使わざるをえなくなってしまった。
私の背中に生える黒のツバサ。
幼い頃、当時から変わらぬ冒険心を持っていた私はエルケの町を出て、西へ進み火山を探検したことがある。そのときに、活動してないとはいってもかなり深みのある火口付近に寄りついて……真っ逆さまに落ちた事があった。
私に、そこからの記憶はない。
気が付いたら、元の場所にいたとしか言いようがなかった。
ただ、一つだけ記憶に残っているものがあるとすれば、それは声だ。
怨嗟、憎悪、悲嘆、それら負の感情がこもった、声。
呪われて、壊れて、砕けて、消えてしまえばいい。そんな負の感情のこもった声が聞こえたのだ。聞いているだけで、心が潰れそうになってしまいそうな声だった。
とにかく、それ以来私はツバサが使えるようになったのだ。
覚えてないけれどそのときも、ツバサを使って元の場所へと戻ったのだろう。
その事を周囲の人には言ってない。
町の人、友達、知り合い、家族にも。
……昔、本当に信頼していた友達とあんな事になってしまわなければ、ここまで秘密にすることもなかったのだろうけど。
けれど、それも終わりだった。
秘密は明かさねばならなくなった。
ヒメちゃんを無事に町に送り届けた後、私は彼女の顔が見れなかった。
どんな顔をしているのか確かめるのが、無性に怖くかった。
今まで私に接してくれた姫ちゃんがいなくなっちゃうのが嫌だった。
私はヒメちゃんの事が大好きだ。
困ってたら、危険な目にあってたら飛んでって助けてあげたいくらい。
そんな大好きなヒメちゃんを失いたくない。
エルケの町で彼女と過ごした楽しい時間をこれからも続けたい。
何度か、秘密を言おうかと思ったこともあった。
ヒメちゃんが、勇気をもって異世界から来たって言ってくれたあの時も。
ヒメちゃんが、町を離れて旅立とうとする見送りのあの時も。
けれど、言えなかった。
怖かったから。
もう、終わってしまった選択だけれど、もっとほかに形があったと思う。こんな不意打ちみたいな形じゃなくて。……ちゃんとした形が。
ツバサを使わずに解決できるならそうしたかった。
私は振り返ることなく立ち去る事を選んだ。
最後に、ヒメちゃんは友達だよって、言ってくれた。
私はその言葉を聞いて、無性に嬉しくて、そしてその倍以上悲しくなった。
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