第16章 暗闇の再会
魔大陸上空 『???』
空に浮かぶ黒い霧が満ちる場所を、さらにその上空から見つめる一人の少女がいた。
黒い長髪に紫のワンピースを着た少女はまず、未利によって魔大陸と呼称されたその場所を見つめ、その次にさらに下にある町クロフトを見下ろす。
その表情はわずかに心配げで憂いの気配をおびていた。
少女は、手で包むようにして何かを持っている。
手を開くとそこには緑色の小さな機械。
「?」
眠たげな様子で起動したそれは、周囲をのんびりと見回した後、自らを持つ少女を、少女の手のひらの上から見上げる。
「彼女達を助けます。それが、……彼の為にもなると思うから」
『らー?』
緑の機械はその少女の言葉に間延びした相槌をうった。
そして少女は、手の中の機会をそっと宙へと押し出した。
機械は重力に引かれて落下することなく、そのままふわふわと進んでいく。
少女は、ゆっくりと空気にとけるように姿を消していく。
緑の機械は、それには構わずのんびりと進んでいった。
行く先は、魔大陸。
深い深い闇の満ちる場所だった。
??? 『姫乃』
結締姫乃はいつの間にか見知らぬところに立っていた。
「ここは……、皆は……っ!」
慌てて見回してみるが見当たらない。
周囲には黒い霧が満ちている。人の気配はしなかった。
そう、しなかった。
しない、のに。
姫乃が目線を向けた場所。
振り返った場所に。
少年が一人、そこに立っていたのだ。
「……っ」
息を呑んで一歩下がる。
すると少年は一歩近づいてきた。
「あなたが、私をここに連れてきたの? どうして……」
少年は答えない。
答えないままにさらに姫乃の方へ一歩、二歩と近づいてくる。
「来ないで! それ以上近づいたら、……攻撃するから」
見知らぬ場所に、敵か味方か分からない人間、しかも相手からの返答はない。
警戒するのは当然だった。
少年に見えるように、指にはまった魔石を見せるように、手を前へ。
けれど、そんなものにはまったく構わず歩みを進める少年。
「アイナ……」
「……アイナ?」
人の名前だろうか。
少年がやっと一言だけ呟いた。
「やっと……、見つけた……」
少年はまっすぐに自分を見て、言った。
「アイナって……、誰? 私は……」
違う。
と、言おうとして背中に何かが当たった。
振り返ると。金属の手すりがあった。
行き止まりだ。
そう考えてすぐに。
ついで視界に入ったのは、足元にあるしっかりと正確に敷き詰められたコンクリートの地面。
見たことのある場所。それはこの世界にあるはずのない場所だった。
……ちょっと待って。
どういう事なの?
姫乃は疑問に思った。
……え?
……ええっ??
ひょっとして私、元の世界に?
でも、そんなまさか。だってこんな黒い霧、向こうの世界にはないし。こんなに、あっけなく帰れるはず、あるわけ……。
手すりを握りしめ、地面のコンクリートを見つめて混乱していた姫乃。
その姫乃の腕を、少年が掴んだ。
「……離してっ!」
ふりほどいて、ぞっとする。
背筋が、凍りそうだった。
何?
……何?今の。
……冷たかった。
掴んできた腕が、体温などまるで感じさせない冷たさだった。
「あなた、一体何者なの……」
「……」
答えはない。
それとも、答える気がないのか。
少年はなおも、手を伸ばしていて……。
姫乃は、それに対し逃げるか、魔法で攻撃するかしようとした。
「こんのおぉぉぉーーーー! 私のヒメちゃんに何すんのよぉぉぉーーーー!」
何かが空から降ってきた。
いや、何かではない。人だ。女の子だ。
自分とそう変わらない、少し前までいつものように見ていた太陽の様な笑顔を持った女の子。
「ルミナ……?」
ルミナリア・リリアントだ。
彼女は、姫乃の前にいた少年に、空から舞い降りて跳び蹴りを見舞って蹴り飛ばしたのだ。
ふわり、と金髪をなびかせて着地するその姿は、こんな場所でも、太陽の様で曇りなく輝いていた。
「ヒメちゃん!」
ルミナリアがこっちを向いて、心配そうな表情を見せる。
ルミナ。
ルミナだよね。
本物の。私の知ってる。
「ヒメちゃんヒメちゃんヒメちゃあぁぁぁんっ!! 大丈夫!? 怪我してない!? 平気!?」
「う、うん……」
ずいっ、と近づいて両手を握る。
そして、全身くまなく目線でチェックを入れて、無事を確認。
「良かったあぁぁぁー……。間にあって良かった……」
安堵の息を吐いてすぐ、ルミナリアは握った手を引いて走り出す。
「こうしちゃいられないわ。早く逃げましょ」
なかなか忙しい子だ。
でもそれがルミナだ。まぎれもなく、本当に。
霧の中を手すりに沿って走ると、ドアが見えた。
金属のノブとコンクリート製の頑丈なドア、そしてアルミの窓枠にガラスの窓。
「開かないわね……」
ノブを回したり、押したりしてみるが動かない。
「ちょっと、どいててね。……ウィンド」
促されてその場を離れると、ルミナは一点に凝縮して風の魔法を放った。
ドアノブが破壊され、室内へと吹っ飛んだ。
開けて、中へと入る。
目の前にある階段を下りて進んでいくと、そこには……。
「うそ……」
想像した通り、あるはずのない光景があった。
クロフト上空 魔大陸 学校内部
「どうして学校に…」
学校だ。ここは。
見慣れた景色の中をルミナリアに手を引かれ、走りながら考える
転校してきた姫乃が一週間だけだけど、まぎれもなくこの場所はあの
どうして、と思う。
どうしてこの世界に学校が?
それとも元の世界に戻ってきちゃったの……?
けれど目の前にはルミナがいるし……。
「学舎の事? ここ知ってるの? ヒメちゃん」
「うん、私の通ってた所だから」
エルケの町に来ちゃう時もこの建物にいたんだよね。
ん、ひょっとしてだけれど……。
「ルミナ、ルミナがいるってことは、ここってエルケの町?」
自分達が来たのと同じように、建物もエルケの町のどこかに……もしくは近くに来ちゃったのかな。と思ったのだけれど。
「えっ、違うわよ。クロフトの町の上空よ」
手を引いて前を走るルミナに問いかければ、そんな意外な答え。
事実、姫乃の考える通りになったとしたら、こんな目立つ建物が突然現れたらエルケの人達の話に上がらないはずがない。
現在位置は思ったより近かったみたいだ。
それに……。
「上空ってことは、もしかして……」
魔力攻撃を放ってくる、あの黒い霧をまとってる大地の上にいるのだろうか。
「そう、プカプカ浮かんでる、あのへんてこ大地の上よ」
「魔大陸の……」
「魔大陸?」
「未利がそう言ってたから」
思わず言ってしまった名称については、なるほどぴったりね。という反応が返ってきた。
「大陸というからには、ちょっと小さいけれど。ここって見るからに、まさしく魔、だものね」
確かに混沌としてそうな見た目に、よく分からない暴力的な攻撃の嵐、まさにぴったりな名前だ。
学び舎をそう呼ぶのには抵抗があり複雑な気持ちもするのだけど……。一応自分の通ってる所であるわけだし
走りながら見る久しぶりの学校の内部は、そんなに変わってなかった。あれからまだ一ヶ月ばかりしかたってないのだ。当然ともいえるだろう。色々体験させられた姫乃としての体感時間的には、もう少し長いのだが。
だけどあの学校が、あんなにまがまがしい大陸の上にあるとは、とてもすぐには信じられない。
けれど目を向けて、自分の視界がしっかり黒い霧におおわれている所を見ると、…信じざるを得なかった。一応壁にぶつからないようにして走る分くらいには見えているけれど。
建物内なのに何で霧があるんだろう?
「そういえば、ヒメちゃん。息苦しくなったり、体が重くなったりしない?」
「……? 大丈夫だけど。息はちょっと苦しいような気も、しなくはないけど」
でもそれは、こんな状況で走ってるから、かもしれないし。
「おかしいわね、闇の魔力にあてられてない……? ヒメちゃん、聖堂院の護符は持ってたりする?」
霧だと思ってたものはどうやら魔力だったらしい。
闇の魔力。
何だか体に悪そうだ。
排気ガスとか煙草の煙とかそんなものと同じなのかな?
とくに匂いとか息苦しさとかは感じないけど。
「護符? 持ってないと思う」
それらしいものは、持ち合わせていないはずだ。
「あれ、本当におかしいわね。普通の人間ならこんな所一分も立ってられないはずなんだけど。う~~~ん……」
え、そんなに!?
大丈夫なんだろうか、私。
いやいや自分より、ルミナの方だ。
でも彼女も見た所何ともなさそうだけど。
ルミナリアは考え込んでしまった。
こっちもいろいろ聞きたい事があるんだけどな。
「ルミナってエルケにいるはずだよね、なんでこんな所に?」
「えっ、それはそのー……」
ルミナリアが言いよどんだ。
珍しい光景だ。
「色々あってちょっと町に居づらくなっちゃって。ヒメちゃんはそうよね、まだ知らないわよね。何だか後で、びっくりさせちゃいそうで、ごめんね」
「ええっ、何やっちゃったの!?」
「えっと、あはは……」
ルミナリアはひたすら笑っている。
ちょっと力がない笑い方だ。
びっくりさせるって、どんなとんでもないことしちゃったんだろう。
まあ、ルミナが何かしたとは限らないけど。
でも何かあって、何もしないようなルミナじゃないと思うし。
「それで、どうして私が危険だってわかったの?」
助けに来た時の口ぶりからするに、私たちが大変な目に合ってること分かって、来てくれたみたいだし。
「ディテシア様がね、現れて教えてくれたの。ヒメちゃんが大変だって。もうすっごい、綺麗な人なの。さすが、大司教様。死んじゃってるとは思えないくらい……」
「ディテシア……様って、それって」
偉い人らしいし、ルミナリアが尊敬しているらしいので一応、様付けだ。
ルミナがお手伝いしている、聖堂院の宗教……って言えばいいのかな? ディテシア聖教を作ったって言う人だよね。
「あ……、夢だったのかもしれないわね、確かに、死んじゃった人に会えるなんておかしいもの。でも、ヒメちゃんが大変だって聞いたらいてもたってもいられなくって。うん、寝ぼけてたのね。私、気になったら、速攻解決しなきゃって思うから」
最後の方は早口だ。
ルミナが視線をそらした。
まずいこと言っちゃったなって顔をして。
ちょっと、こういう時は怒ってもいいよね。
「私、ルミナのこと信じてるよ。ルミナがあったって言うなら。そうなんだって思うから。だからこういう事で……」
友達に嘘なんかつかなくてもいいよ。
そう言ってあげると、ルミナリアはほっとしたようだ。
ルミナはこういう事、人の目とか気にしないと思ってたけど。そうでもないんだ。
後これは、些細なことだけど……上空に浮かんでる魔大陸のさらに上空に、どうやってたどり着いたんだろう、とか。……まあ、ルミナだからそこは何とかしたんだろうけど。
とにかく早くここから出て、下に降りないと。
何だかここの空気は有害らしいし、今は大丈夫でも後でどうなるか分からないし。
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