第1章 朝のシュナイデ港



 統治領中央都シュナイデ シュナイデ港 『たすき


 コーヨデル・ミフィル・ザエルの……コヨミ姫の統治する中央領都……海に面したその場所で緑花と選は忙しく走り回っている所だった。

 せわしなく、忙しく、ひっきりなしに。

 ネコウの飛び交う港から多くの人の行き交う市場へと、全速力でだ。


 周囲には同じように動いている大勢の人間、

 船から降ろされた箱を滑車の付いた荷台に載せ、走る走る。

 朝だというのにひしめき合う人間達のエネルギーや、元気のいい太陽熱のせいで、海に近い場所にも変わらず熱気が満ちていた。






 そんな中で選は、緑花と共に汗だくになりつつも荷台を転がしながら、港内を移動していた。


「こっち船のサバンバは痛みやすいらしいから、優先で運んでって!」

「おう、分かった。あっちの船は頼む!」


 緑花からの声に周囲の喧騒に負けないように大声で話をする。


 近くにある市場の競り合う声や、緑花達と同じように海産物の運搬に奔走している者たちの声などが飛び交ってるせいで、こうして叫ぶようにしゃべらなければ相手に伝わらないのだ。

 人を避け、置いてあったり転がったりしている障害物を避け、たまにこちらの箱の中身を狙ってくる羽のついたネコ……ではなくネコウをあしらい、太陽熱の届かない屋根のついた市場へ荷物を進んでいく。


「うおっ、危ない」


 そんな中たまに、同じく急いでいる人とぶつかりそうになって、「大惨事必須!」なんて状況にも出くわしたりするが。そんな時は……、


「……っ、ふぅ何とかセーフだな」


 曲芸じみた身のこなしで、人のいない場所を探し台車ごと体を滑らせて緊急回避。慣性の法則で振りおとされそうになる箱を手を伸ばして支えたりする。

 そんなこちらの挙動に驚いてか、口を開けて一時停止の見本の様な姿をさらしている相手にさっと謝罪を述べ、先へと急ぐ。


「これが終わったら、今日はあと何するんだったっけ。緑花が受けたやつもあるけど、えーと……。商店通りの清掃と、昨日約束した露天の細工物売るのと……ああ、そういえば華花はなかが、久々に隊商の護衛も引き受けたとか言ってたな」


 もちろん華花が話をつけただけで、実際に護衛をやるのは選達だ。だが文句はない。

 華花は、体力馬鹿で労働にステータスをつぎ込んでいっぱいいっぱいな選達の為に、条件の良い仕事をもって来てくれたり、良くなくても良い様にするために交渉してくれているからだ。文句などあるはずない。


 そんな感じで、忙しさの中ここにはいない人間に感謝しつつ、本日のスケジュールを思い起こしつつ、周囲への注意も怠らない。


 積み上げすぎで崩れてきた箱の山を受け止め、元に戻し。

 すぐ近くで、衝突事故をおこして尻餅をつきそうになっていた人を助け。

 最後の力を振り絞って必死に海に戻ろうと跳ね上がったトビハネウオを掴んで、元の箱に戻して悪いな、と心の中で謝ったりなんかしていた。


 ……なんか、最近ちょっと仕事が増えたよな。


 などと、ちょっとどころではないはずの仕事量に、選はそんな感想を抱く。

 同じ場所で働く緑花も大体そんな感想だろう。

 それできっと、困った事なんかも。

 

 ……お金もあるんだけど、そろそろ武器とかちゃんとした護身用になるやつ買いたいんだよな。ちゃんと貯まってきてるんだけど、まだちょっと心もとないから先になると思うけど。害獣退治とか隊商の護衛するのにも、拳で殴ったりありあわせの木刀じゃ辛いんだよな。


 普通の人間には大変どころじゃすまないような悲惨な状態でも、選にはちょっと大変でちょっと困ったぐらいの意識だった。


「そこら辺に良いの転がってたらいいんだけどな。だけど実際に転がられてても持ち主に悪いし。良い方法あればいいんだけど。折れる度にそこらへんの木から適当な長さの得物を作るのも大変だし……」


 木刀作りは得意だと言っても限度がある、いつまでもこのままではいられない事ぐらいは分かっていた。知り合いもいない異世界の地でやっていくのは想像よりは楽だったが、やはり現実は厳しかった。


「じゃじゃーん! 雪菜先生のお得情報!!」

「ん?」

「シュナイデにあるある店、ヴェースリーブス玩具店ってところに行ってみて、合言葉で脅してみよう! 『黒いチョロロはかごの中』。やったね! もしかしたら、素敵な事があるかもん!」

「雪菜先生!?」


 辺りをキョロキョロしてみるが。

 姿が無い。


「空耳……?」


 だとしたらなんて高度な空耳なんだろう。

 まるで雪菜先生のような口調で、雪菜先生のものとしか思えない声だったのに。

 もしかして自分は結構疲れてるのだろうか。


 そんなはずはない、と言いたいところだし、まだまだ体力はあまってて動けるくらいなのだが……。


 慣れたつもりでいても、見えないところで蓄積してるのかもしれないしな。

 体の疲れはとれても、気疲れみたいなのがあるだろうし。


「どうしたの選、何かあり得ない幻聴でも聞いちゃったような顔して、大丈夫なの?」


 足は止まってない、ときおり車線上に入ってくる人やら障害物も回避していた。

 けど、それでも幼馴染には分かったらしい。

 荷物を運び終えたらしい緑花とすれ違う。


「凄いな、だいたい当たってるけど。まあ、多分大した事じゃないだろ」

「そ、そう? なら良いんだけど。あ、別にいつも選の事見てるわけじゃなくてたまたまよ。たまたま気づいたんだから、そうなのよ。ええそうなの」


 自分がやって来た方へすれ違うように去っていく緑花が、最後ら辺で小声で何かを言っていたが生憎と聞こえなかった。調子からしてたぶん大した事ではないのだろうと思い、あえて聞き返しはしなかったが。


 そんな姿を見送った後、選も運搬の仕事を思い出し目的地へ急ぐ。


「空耳だよなあ。きっと」


 そうして集中するために、先程の声をそう結論付け、頭の中から追い出す事にした。


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