第24章 初めての魔法と戦闘
アル君が危ない。
だけど……。
「ウォーター!」
ルミナリアの魔法。
水の塊が大男、ダロスの手首に飛んでいった。
間一髪、振り下ろされる所だった斧は手からすっぽ抜けて地面に落ちた。
「くらいなさい! サンダー!」
そして、電撃が大男めがけて飛ぶ。
それは避けられてしまったが、避難させる時間は稼げた。
「アル、今のうちに下がって!」
ルミナリアが垣根の向こうから足元にネコウを連れて出てくる。
「誰だ……!! もう追いついて来やがったのかっ」
「あれだけのんびり突っ立ていればカメッゴでも追いつけるわよ」
振り返り急いで正体を確かめる大男へと、聞きなれない生物を引き合いに出して彼女はあきれ気味に言い返した。
カメッゴ? 亀みたいなのだろうか。
そうこうしているうちに解放されたアルがこちらに戻ってくる。
「アルちゃま、大丈夫なの?」
「ぺたぺた触んなっ、大丈夫だよ」
なあちゃんに心配され迷惑がっているアルは、何でここにお前らがいるんだと言いたげな視線でこちらを見る。
やがて大人達や他の子供たちも群がりはじめて尋ねるどころではなくなってしまったが。
「奇襲に使おうと思ってたのに無駄になっちゃったわね、解散よ。……さあ傭兵さん、人質に逃げられちゃったみたいだから次は私の相手をしてくれないかしら」
ルミナリアは足元のネコウ達へと言葉をかける。とりあえず動くものについてきたといった風だったネコウたちはそんな言葉を理解したのか周囲に散らばっていった。何故か何匹かがなあちゃんの方へ寄って来るが、今は気にしてられない。
ポツリ、と何かが頬に当たった。
姫乃はその冷たい液体を指でぬぐった。
雨だ。
こんなタイミングで降ってくるなんて……。
「テメェ等、どこまで俺様の邪魔をすれば気がすむんだ」
「あなたこそ、私達の町でどこまで好き勝手に振舞うつもりかしら」
大男からにじみ出る怒気に対抗するように、彼女の言葉は固い棘を含んでいる。
「前回は一応手加減してあげたつもりだったんだけれど、今度は本気でいくわ」
「おい、俺をこの前の俺と一緒だと思うなよ。あの鉄面皮の女には準備時間が無かったが……、今はたっぷりあったからな」
大男の表情は爆発寸前、大暴れ一歩手前という感じなのだがその言葉にはどこか余裕のようなものが感じられた。
ただ、前回のルミナリアとの戦いとも言えない戦いを見ている姫乃にとっては、その言葉は嘘なんじゃないかとも思える。荒事に関わりのないまったくの素人の自分から見ても、それほど二人の実力は差が開いていたように見えたのだから。
「はったりね。小物のすることだわ」
同意見だったらしい彼女が言えば、大男は手に鎧の上で揺れている首飾りを乱暴に手に掴んで、もう片方の手をそちらへと向ける。
「あっ!」
アルが動こうとしたらしいが大男の方へ飛び込んで行くようなことにはならなかった。大人たちの制止があったようだ。
「だったらその体に直接ぶち込んで教えてやるよ!! グラビティ!」
ルミナリアの方へと向けられた手の前にある空間が揺らいだ。そうおもったら、黒い闇がラグビーボールの様な形をとり、どんどん大きく細長くなっていく。最終的には1メートル程にまでなって、やっと変化は止まった。
「あなた、その力どうやって……。重力の魔法なんてもっと上級者向けの魔法なのに」
さすがにルミナリアは後退して距離をとる。彼女は驚きを隠せないようだった。
「そらよっ」
ルミナリアは投擲された重力の槍を慌てて避けた。
一瞬後に彼女の背後で衝撃音、木々が勢いよくバリバリとへし折れる音が響く。
少し前まで隠れていた垣根が、槍が当たった所だけ丸く削られている。
「ルミナちゃま!」
「ルミナ!」
「大丈夫、大丈夫。かすってもいないんだもの」
心配する姫乃達に向かって、彼女は笑顔を作ってみせる。
だが彼女の表情は少し緊張していて、後ろを向くわけにはいかないが何が起こったのかおおよそ理解しているようだった。
魔法は人によって得手不得手はあるものの、行使しやすさで大雑把に種類ごと階級分かれしているらしい。
この世界では、水、炎、雷、風などの魔法は比較的扱いやすい初級者用の魔法に分類されていて、重力や透視、体力腕力増幅などの魔法は中級者用、転移や伝聞の魔法は上級者用と分かれている。
初級の魔法も満足にコントロールできてない者が、たった数日で中級の魔法を扱えるようになるなどありえないらしいのだ。
「フージンダロスさん強くて何だかとっても大変なの。なあ、何か出来る事ないのか考えなきゃなの」
数匹だけどいずこかへと帰るわけでもなく集まって来たネコウを、なあちゃんは抱っこしてなでなでしながらルミナリアを心配そうに見つめている。
「私に出来る事……」
そうだ、ルミナリアを助けなくては。
だが、どうやって?
大男の矢継ぎ早に繰り出される魔法を避けているルミナリアは、 こうやって見ている間にも確実に疲労してはずなのだ。
強く降り始めた雨に、地面がぬかるんで足をとられそうになっている。
どうすればいいのだろう……?
高い威力がなくてもいいのだ。一瞬でもいいから、攻撃の手を止めることが出来れば。隙を作り出すことが出来れば。
………あんな人なんかに、彼女なら絶対に負けないのに。
ふと、回避で精一杯なはずのルミナリアと目が合った。
多分私ひどい顔してるんだろうなぁ。
苦しいはずなのに、彼女は笑顔を浮かべて励ましてくれる。大丈夫だから……って。
姫乃は気合を入れるために拳を強く握り締めた。
今抱いた気持ちを硬く強く圧縮するように。自分の力へと変換していくように。
助けなきゃ……。ううん、助けたい。
「………えんかがん、うんさんむしょう………」
「姫ちゃま?」
ネコウを頭に乗せたなあちゃんが不思議そうにこちらを見るが、姫乃の意識が向く事は無かった。
魔法はイメージが大事。
この世界の人達が使う言葉では、私たちに合わない。
だから私達の世界の中の、私が最も慣れ親しんだ……イメージの湧きやすい言葉を使えばいい。
頭の中で辞典を広げて探す。
検索条件は『水の魔法』、『注意をそらす』。
「……見つけたっ」
祈るような気持ちを込めて、右手を向ける。人差し指だけを伸ばし、大男を指し示すように。
「
……出来た!
指の前に白い霧が集まる。降り続く雨さえも細かくなって、こちらへ向かって来た。
「行ってっ!!」
霧の固まりは、まったく薄れる事無くそのまま大男へと絡みついた。
雲や霧のように多くのものが集まって離れていく、という意味の込められた雲集霧散という言葉からイメージを借りたものだ。
センスも何もあったものじゃないが、緊急事態なのでしょうがない。
「なっ、何だおいっ。前が……くそっ」
「ナイスヒメちゃん」
距離をとったルミナリアがこちらに親指を立てて見せる。
だが程なくして霧の塊から大男が出てきた。
「誰だ、やりやがってっ!」
怒りに我を忘れているのか、手当たり次第に魔法を放ち始めた。
「俺を誰だと思ってるっ。俺はっ……、風塵のダロス様だぞっ。逃げろよ! 恐れろよ! 無様に地面に這いつくばって泣き喚きながら許しをこうのがお前等弱者だろうがぁっ!」
「アルっ、危ない!」
「えっ……」
大男の放った魔法の一つが、アルの方へと飛んできた。
見えないから、でたらめに魔法を使ったのだろう。
アルの近くに立っていた、その女性はとっさにアルをかばう様に抱きしめた。
幸い魔法は二人に当たることなかった。近くの地面をえぐった衝撃で土ぼこりをかぶる事にはなったが。
どうしよう、こんな事になるなんて。
「調子に乗んなっ、ブサ男!」
「うぉ……っ」
女の子が言っていい類のものではないような言葉が響き、何かが大男の足元に突き刺さった。
乱発していた魔法の攻撃はおかげで止まる。
地面に突き刺さった物。
うっすらと細長い棒のような輪郭をしたそれは、地面の砂を軽く舞いあがらせながらほどけるように空宙に消えていく。風を上空から風で作られた矢が飛来したのだ。
屋根の方を見ると肩膝立ちで弓を向けている彼女と目が合った。
未利の仕業だ。
先ほどの彼女を真似てか、弓から手を離してまったく同じ動作を返してくれる。
「なあだって頑張るの!」
今度は背後からなあちゃんの声だ。
「にゃー」「にゃー」
「ひっかき攻撃なの」
小さい影が数匹足元を駆け抜けていった、と思ったら正体はネコウだった。
ネコウたちは次々とひっかき攻撃を繰り出している。
気のせいだろうか、手足の爪の色が紫がかった色をしているような。
「にゃー」「にゃー」「ネコウパンチなの」「にゃー」「にゃー」「ネコウキックなの」「にゃー」「にゃー」
ネコウは驚くことになあちゃんの指示をちゃんと聞いているみたいだった。
「突撃なの!」
最後にはなあちゃんまでが突撃して、大男をポカポカしていた。
心配だったが、大男は何故か体を痙攣させて倒れてしまい反撃する様子も無いようだったのでそっとしておく事にした。
ルミナリアはその様子をあっけに取られたように見つめたのち吹き出した。
「……ぷっ、あははっ。何コレすご、私の出番とられちゃったわ……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます