第23章 よそ者だから
エルケ
夜の町を走り回る影が四つ。
その顔ぶれは、姫乃、ルミナリア、未利、なあだ。
セルスティーはは今頃はまだ、他の仲間たちが大男と同じく気力と努力を駆使して逃走を図らないようにする為、念入りに拘束する作業の真っ最中であるはずだからだ。
一応彼女からは危険と止められたのだが、ルミナリアが持ち前の行動力を発揮してさっさと大男を追いかけ始めてしまった為、姫乃達もなし崩し的についてきてしまっているという現状。
他の者達を放置して追いかけるわけにもいかないセルスティーは元の場所に残り、こうして姫乃達だけで大男を探し町中を走まわっているわけなのだ。
「ま、一度倒した相手なんだから楽勝よ、楽勝」
「でも、追いつめられてる状況の人は何をするか分からないってセルスティーさんが言ってたけど……」
楽観的なルミナリアの言葉に姫乃は反論する。
あんな形でルミナリアに気絶させられた大男が、本人を目の前にして怒りに我を忘れて無茶苦茶な行動に出ないとも限らない。
見た目も言動もけっこう短気そうだったからなぁ……。
「私の敵じゃないわあんな脳味噌の少なそうな大熊男。仲間がいるならまだしも一対一で負ける理由なんて存在しないもの」
ルミナリアははっきりと言い切った。すごい自信だ。
まあ姫乃としても、あの時の二人の魔法を見て大男よりルミナリアの方が強いということはわかっていることなのだが。それでも万が一という事だってあり得る。心配するのが普通だろう。
「えっ、熊さんがいるのっ? 大きい熊さんがいるの?」
「あー、いたら大変じゃんこんな町中で。てか、こけるって。夢の話かなんかだよ、きっと……。そういう事そういう事」
なあちゃんがキョロキョロ頭をめぐらせて周囲を確かめ始めたので、不注意で転ばないように未利が手を伸ばして頭を固定する。
説明するのが面倒くさいらしく適当に話をはぐらかしながら。
「あら?」
ふいに一番前を走っていたルミナリアが足を止めた。
「どうしたのルミナ」
「あれ」
と視線で指し示す方には休憩寮の敷地内。
いつのまにかここまで来ていたようだ。
垣根を越えた向こうはちょっとした騒ぎになっている。
夜だというのに人の気配が多い。
建物を背にしてこちら向きに立つのは職員の人達と数人の子供達。
白桜の木の近くに背を向けて立つのは……、大男と、大男に吊り下げられ斧を首元に突き付けられているアルの姿だった。
よく考えなくても分かった。
あれは人質となっているのだ。
休憩寮 敷地内
どうにかしなければいけないが、あの場所でずっと立っているのもまずいだろう。
そういうわけで姫乃達は場所を移動する事にした。
敷地内に生えている茂みへとお邪魔する。
大男の背中を観察しながらルミナリアが小声で喋る。
「アルってば、どうしてこんな日に限って外に出たりしたのかしら。大人しくしてればよかったのにまったく……、とりあえずまだあっちは私達の存在に気づいて無いみたいね」
ルミナリアは向こうが背を向けているのをいい事に、頭半分を出して注意深く様子を観察している。
ルミナって本当に度胸あるよね……。
セルスティーさんの戦闘場所にも物怖じせずに近づいて行っちゃうし。
「アルちゃまと大きい人が何か取り合ってるの……」
なあちゃんの言うとおり、大男はアルの手から鎖状の物を取り上げようとしていた。
ぐいぐいひっぱっていて、千切れてしまいそうだ。
目をこらしてよく見てみると、その鎖状の物の正体が分かった。
あれは……、首飾りだろうか。
「もしかして……、あれがアル君の探していた首飾り……?」
「アルがあんな風に抵抗するんだから、きっとそうなんだわ」
どうしてそのアルの持ち物を大男と取り合ってるのか。
気にはなったが考えるのは後。今はそれどころじゃない。
「どうしよう……」
アルの無事を考えれば迂闊に手を出す事は出来ない。
途方に暮れている姫乃と変わって、ルミナリアは頭を働かせていた。
「そうね……。とりあえず、姫ちゃん達は向かい側から職員さんとか人を壁にしてできるだけ近づいてみるっていうのは? 未利はほら、最初に会った時みたいに格好つけた感じで、屋根から弓で狙ってみるのはどうかしら」
少し考えた後、ルミナリアは意見を述べた。
確かに、こっちの垣根からだとちょっと遠すぎる。状況を把握するためにも出来るだけ近くに寄ったほうがいいかもしれない。
「かっこつけてないしっ。上からの方が狙いやすいってだけで、ってかなあちゃんは?」
「未利ちゃま、声が大きいの。しーっ、なの。なあはね、姫ちゃまと一緒の方がいいかなって思うの、なんとなくなの」
「なあちゃんに注意されるなんて……。そして、なんとなくかい」
口の前にひとさし指を立てるなあちゃんに、未利はうなだれつつもつっこみを忘れない。
「ルミナリアはどうするの?」
さっき『姫ちゃん達は』って言ってたから彼女は彼女で、別行動をするつもりなのだろう。
「私? 私はね……」
ルミナリアはこんな状況にも関わらず悪戯っぽい笑みを浮かべる。垣根の中で眠ってでもいたのか、もそもそと顔を出したその生物を見て言う。
「ネコウを使うわ」
そういうわけなので、ちょっと怖いが打ち合わせ通りに姫乃達は動くことになった。
「やばやば……、何か雨降りそうじゃん。雷とかも」
姫乃、未利、なあは事情を話して職員達に建物の中に入れてもらい、窓から大男とアルのいる外の様子をうかがっていた。
「ごろごろ言ってるの、雲さんすごく不機嫌そうなの」
「屋根には上ってみるけど、そう長い間はいられないわこりゃ。これから動こうって時に限ってまったく。少しは空気読めっての」
空気を読んで移動する雲なんて聞いた事がないけどなぁ……。
未利の無茶なお願いに苦笑してしまう。
「あ、『そんなの無理無理に決まってんじゃん、馬っ鹿だなぁ』とか思ってそうな顔。ねぇ、なあちゃんはどう思うよ」
「えぇっ、思ってないよ。そんな事」
どうやら気づかれて、表情を読まれてしまったらしい。
「そうなの、姫ちゃま笑ってたの。なあには、『雲さんが頑張ってるっ』っていう風に見えたの」
なあちゃんまで!?
「本当にそんな風には思ってないんだけどな……」
「冗談だって、冗談。さて、木登りならぬ屋根登りにいそしみに行きますか」
冗談だったんだ。
ひょっとして私、からかわれて遊ばれてた?
未利は軽い足取りで、部屋を出ていく。
「ルミナちゃまの作戦、うまくいくといいの」
「うん」
ついさっき打ち合わせた作戦の内容を思い出す。
中身はこうだ。
音を立てて警戒させる。正体はネコウ、納得して大男は安心する。隙を突いてルミナリア(とネコウも?)が攻撃、大男を倒す。必要なら未利が援護。そして……、私達はアル君が解放されたら保護する事。
でも、と思う。
アル君の保護ならあそこにいる大人達がやってくれる筈だ。
ただ……急にルミナリアが動いて、予想外の事態に大人達が対応できないかもしれないからと、保険に姫乃達はここに来たのだ。
大事な事だとは思うけど……、何だか私だけ楽な役をしてるみたいで嫌だな。
心の内に割り切れない感情がもやもやとわだかまっている。
未利となあちゃんはそれに気づいてて、さっき話をしてくれたんだろうな。
「もうちょっと近づいてみよう。ここからじゃ、何話してるのかも分からないから」
「分かったの」
魔法はイメージが大切。
あれからずっと考えてる。
もし、ほんの少しの力でもいい。私に扱う事が出来れば。
この心のもやもやも軽くなるのにな。
皆の力に、ルミナの力になれるのに……。
「あわわわ……なの」
あわあわとした様子でうろたえてるなあちゃんの声で、今の状況を思い出す。
考えに沈んでいた。
外の様子がちょっと変わったようだ。
集まっている大人達を壁にするように、大男から見えないようこっそり近づく。
皆夢中で、アル君に話しかけているものだから、こちらの事まで気がまわらないのだろう。
すぐ後ろまで来ても気づく者はいなかった。
「皆、俺の事なんてどうでもいいって思ってるんだろっ。そうなんだろっ。だからそんな所でずっと突っ立ったままなんだよ」
「違います。そんな事はありません。私達は決してあなたを見捨てたりはしませんよ」
「そんなの嘘だ。だって誰も動こうとしてないじゃんかっ。何もしてないじゃんかっ」
アルが叫び、大人達がうろたえながら反論しているところだった。
「おいガキ! べらべらしゃべってんんじゃねえ!!」
その様子を見ている大男がアルに怒鳴り散らす。
誰がどう見てもまずい状況そのものだった。
大人達が動けずにいるのは、もちろんアルが人質にとられているからだ。
首筋にそえられている斧が少しでも大男の意思で動いたなら、子供のアルに取り返しのつかない傷をつけてしまう。
だがそれが返ってアルの不安に火をつけてしまっているらしい。
「俺がよそ者だから、いなくなってもいいって思ってるんだっ。この町の人間じゃないから」
「誰もそんな事考えてはいませんよ、アル。信じてください。必ず助けますから」
「……られるもんか。……お前らの事なんて、信じられるもんかっ」
怒りでも憎しみでもない。
投げつけるような言葉からは胸が引き裂かれるような悲しみを感じた。
それは、アルの表情を見ても分かる。
涙をわずかに浮かべて、痛みに苦しみ、すべてを拒絶し遠ざけようとしてる……そんな表情に見えるのだ。
「なあには、心の悲鳴に聞こえるの」
なあちゃんの言うとおりだ。
姫乃にもそう聞こえる。
「アル君……すごく辛そう」
「テメェ等、俺を無視して話を進めるんじゃねぇっ!」
自分が蚊帳の外にいるという状況に、とうとう我慢の限界に達したらしく大男が斧を見せ付けるようにこちらに突きつけた。
「さっきから聞いてりゃテメェ等、この風塵のダロス様を軽んじやがって。この斧がただの脅しだとでも思ってんのかっ!」
今更ながらに異名らしき言葉と大男の名前が判明したが、この場にいる誰一人としてその名を覚える事は無いだろう。
「はっ、なら証明してやろうじゃねぇか。こうやってなあ!!」
叫びを上げて大男は引きつった笑顔を浮かべながら、斧をひらめかせようとする。
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