第22章 大切な形見



『姫乃』


 姫乃達は驚いていた。

 セルスティーが怪しげな者達を、制圧したという事に。

 その中の一人、大男は見覚えがある。前にルミナリアに魔法で負けた人だ。


「なんだ、倒しちゃったみたい。華麗にズバーッと助太刀しようと思ったのに」


 目の前の光景を見たルミナリアはそんな発言。


 見張り小屋の影で戦闘になったセルスティーの様子を見ていた姫乃達だったが、手を貸すまでもなく戦闘が終了したので、彼女の前に出て来ていた。


「はぁ……、留守番を頼んだはずなのだけれど。無駄だったみたいね」


 もはやルミナリアに怒る事を諦めたのか、セルスティーは疲れたような表情でため息をついた。

 

「はいっ、出て来ちゃいました」

「ごめんなさい」


 まったく悪びれもせず、むしろ楽しげにルミナリアは言葉だけ謝った。姫乃は対照的に肩を小さくしてすまなさそうにする。


「謝るべきではないわ」

「えっ?」


 そんな、小さくなってる姫乃にセルスティーは視線を投げる。

 見つめられたこちらは怒られるのかと身構えてしまうが、続く言葉に棘のようなものはない。


「あなたはルミナリアを止めなかった。そして一緒にここに来ることを選んだ。あなたなりに考えて答えを出して、わたしの頼みを無視したのでしょう。なら、謝る必要なんてないはずよ」

「あ……、はい。ごめんなさ……じゃなくて、あれ? 今のはいいのかな……」


 また謝りそうになって口を閉じるが、それは謝った事に対しての謝りだからいいのかな……、と思い直す。

 その様子を、微笑みながら見つめていたセルスティーに、思い出したかのようにルミナリアが尋ねる。


「そういえばセルスティーさん、一番最初に煙の中でバンバン攻撃をかわしてましたよね。あれは幻だったとかですか? それにしては重みがあって現実っぽかったような」

「一応言っておくけれど重くはないわ、私はね。それで、あれは匂いで位置を判別していたのよ」

「匂いってあのフンフンかぐ?」


 首を傾げるルミナリアから出た言葉に、かがない匂いって無いと思うんだけどな、と思うが話の腰をおらないように黙っていく。


「ええ、蝶のバッタフライの燐粉を加工したものを。姿を現す前に撒いたのよ、私にしか分からないくらいの濃度で」

「戦う前から戦いは始まってたってことですね、さっすがセルスティーさん。金冠の調合士の名は伊達じゃない」


 確かにすごいな、と姫乃は思う。


 自分にはとてもまねが出来ない。私だったら無理だ、きっと。

 二手も三手も先を呼んで行動して、どんな状況でも冷静でいる。

 かっこいい、って思うなぁ。

 そんな姫乃の胸中を知ることなく、当人は少しだけ疲れた様子で未利となあちゃんの方に近づき、その肩に手を置いた。


「さすがにちょっと疲れたわね。帰ったら二人にヌイグルミ集会をお願いしようかしら」

「えっ、またアレやんの!?」

「わーいなの、嬉しいの。ヌイグルミさん達となあも楽しむの」


 何かを頼んだようだが、ヌイグルミ集会ってなんだろう。未利がげんなりした表情をしているのが気になる。なあちゃんはとても楽しそうにしているが。


「ええっ、何々? セルスティーさんの趣味? 聞かせて聞かせて」


 ルミナリアも気になるようで、早口で質問をまくしたてている。

 ふと、この事件の原因となった人物の方に目をやる。


 大男がいた。

 眠り薬が効いていなかったようだ。息をとめて眠ったフリでもしていたのか。しつこくあがき続けていたようで、粘着液から脱出を見事果たしていた。檻も力まかせに壊したようだ。

 あ、壊れるんだ。

 その大男と目が合った。


「……!!」


 驚いた顔をした後、仲間たちを置いて一目散に逃げていく。

 って、見送ってる場合じゃない。大男が逃げたのだ。


「皆っ!!」


 姫野は慌てて声をあげて知らせた。








 エルケ 羽ツバメの休憩寮きゅういりょう 『アル』


 春の虫がリンリンと歌うようにどこかで鳴いている。


 いくら夜になって人が活動していない時間であるといっても、完全に静かになる事はめったにない。

 風の音や、虫の鳴き声、はたまた自分の呼吸音や足音なども辺りには途切れる事なく満ちている。


 建物の裏手でアルは、そんな静かでない時間を過ごしていた。首飾りの探索のために。


 もうとっくにこの場所も何回も探しているのだが、見落としがあるのではないかと思ってつい足が向いてしまうのだ。


 あいつらと布団で一緒に寝てるより、こっちの方が気が楽だし……。


 それに、あんなよく知らない大勢の人間がいる場所にずっといるのも息がつまりそうで嫌だった。


「何で見つかんないんだよ」


 もうこれだけ探しても見つからないなら、きっとどれだけ探しまわったって見つかる事は無いのかもしれない。

 そう思う時もあるが、アルはあきらめなかった。


 まだ、探してない所はたくさんある。

 鳥か何かが持ってたかもしれないし、誰かが盗ったって可能性もまだ捨ててはいない。


 あの首飾りは、両親との唯一のつながりなのだ。

 顔も知らない、一度も会ったことも無い。そんな親戚の者達に引き取られるとき、持っていけるものはこれだけしかなかった。これだけだった。これしか守れなかったから。


 だからどんなことをしてもこの手に取り戻さなければならない。

 お気に入りの玩具も、お母さんのご飯を食べるときに使った食器も、お父さんが仕事帰りに買ってきてくれた動植物の図鑑も、みんなみんな……きっと今頃処分されてしまっているだろうから。それらは二度とアルの元には戻らないだろうから。


「頼むから、……返してよ」


 祈るような気持ちで呟いたアルの耳に、重々しい音が届いた。鎧の音だ。

 何でこんな所に兵士が、と思う。

 鎧といえば兵士。両親と住んでいた町で何回か聞いたことがあった。兵士は町に侵入してきた害獣と戦うのだ。何度かその姿を見たことがあり、格好いいと思ったのを覚えていた。


 だが、垣根を超えてくる人物の姿を見ると、一目で兵士ではない事が分かった。

 兵士はあんなゴテゴテした趣味の悪そうな鎧は着てないし、人様の土地に無断で侵入したりはしないはずだ。

 第一、血走った目で落ち着きなくキョロキョロと辺りを見回しているなんて怪しすぎる。


 アルは、とっさに白桜の木の陰に隠れた。


「くそっ、くそっ……。今度会ったらただじゃおかねえ。殺してやる……殺してやる……ぶっ殺してやる。その前に、死んだ方がマシだってくらいにズタズタのボロボロにしてやる……」


 一瞬だけ顔を出すと、そいつ……体格のいい大男はこちらに向かって歩いてくる所だった。アルは慌てて頭を引っ込める。

 大男は、呪いでもこもってそうな言葉を吐き続けている。

 そして白桜の前で足を止めた。


 見つかってはいけない。音を立てないようにしなければ。

 心臓がバクバク言っている。息をするのも苦痛なくらいの時間だ。

 木を挟んだ向こう側で、大男は何をしているんだろう。

 きれずぬの音がする。


「リライト・チャージ」


 魔言。何かの魔法を使っているみたいだ。

 その言葉に反応するように白桜の木が淡く光る。

 この木に何かしてる……?


 白桜の木を間にして、息を殺しながらそっと向こうの様子をうかがっていると、ひどく見慣れた物体が地面に落ちるのが目に入った。じゃり、と金物の音がする。それは見慣れた物体だった。

 

 首飾りだ!


 見つからないようにしてるためここから見える部分は一部分だけだが間違いない。あれはアルの持っていたものだ。


 やっと見つけた。


「何だあ? ポケットに穴でも開いてたのか」


 にゅっ、と太い腕が伸びてきてその首飾りを掴もうとする。


「返せ!!」

「うおっ!」


 その寸前に飛びついて、大事な首飾りを手の中に収めた。


「なっ、なんっ……てめぇ、どこから湧いて出やがった」


 大男は目を丸くして驚いた後、顔を不快そうに歪める。

 木の表面に当てていたらしい何か白っぽいものをしまうと、ほのかに周囲を照らしていた淡い光がゆっくりと消えていった。


「クソガキが、そいつを返しやがれ」

「嫌だ ! これは俺のだ。おまえみたいな顔が不細工で頭の悪そうな馬鹿にやった覚えねーよ。ばーか」

「んだとっ!! この俺様に、んな口叩いた事後悔させてやらあっ!!」


 伸ばした腕をよけて、アルは走る。

 すぐに追いつかれるが、動きが単調で見え見えだ。

 掴みかかろうが足で蹴り飛ばそうとしようが、ちゃんと観察してれば、全然大男の攻撃なんか怖くなかった。

 それは頭に血が上ってるからか、大男が魔法を使う事まで気がまわらないようだったのもあっただろう。

 アルの心には余裕が生まれていた。

 こんな大男より、羽ツバメにいる大人たちの方がよっぽど上手くこちらを捕まえに来る。


「のろま。ばーか」

「てっめぇっ!!」


 そんな風に煩くしていたからだろう、眠っていた者が起きて外に出て来た。


「そこで何をしているの?」


 女性の職員がこちらに不思議そうな声をかける。


「見て分かんねーのかよ。こいつ不審しゃ……わっ」


 暗がりで距離が離れている為か、いまいちこちらの事が分かって無いような言葉にアルは説明しようとして、つまづいてしまった。


「いてて……。ぐあっ……」


 地面に打ちつけた足の痛みにうめいていると大男に服の襟首を掴まれ、持ち上げられる。

 顔が近くにある。不細工なりにこの闇の中での歪んだ表情は、けっこうな凶悪面に見えた。


「さぁて、どう料理してやろうか……」


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