愛する者へ
老騎士ログウェルが最後に遺した一冊の本には、『人間』から『化物』に戻った彼の生い立ちが語られている。
一国を滅ぼし万人に達するであろう死者を生み出した彼の所業を見て、流石のユグナリスも唾を飲み緊張を高めていた。
そして次のページを捲ると、そこで彼の過去は語りを終える。
そして『ログウェル』としての言葉で、ユグナリスに伝える文章が記されていた。
『――……ここまで読んだか? ユグナリスよ』
「!」
『これで分かったじゃろう。……儂はお前さんに尊敬される師でもなければ、正義を信じる善人でもない。……ただ人間になれなかった、
「……ッ」
『儂は愛する
「……そんな……」
『それから儂は、ただ
「……ッ」
『魔大陸に渡った事もある。しかし儂の強さに気付かれるのか、魔獣も魔人達も儂を恐れて近寄らず、魔大陸に向かっても向かって来るのは理性の無い蟲共くらい。ある魔族達とも会ったか、彼等は儂と敵対はしなかった』
「……それじゃあ、まるで……」
『儂の希望は、儂という
「……そんなの、自殺と変わらないじゃないか……」
『そして人間大陸に戻った儂は、いつの間にか争うようになったと四大国家と宗教国家の大陸間戦争に参加した。そこで
「!」
『
「……聖紋が、ログウェルを止める為の……枷だったのか……」
『ルクソード皇国もそれなりに腐ってはおったが、儂に対するハルバニカ公爵家や皇族達の対応は誠実であり、交友するに足る者達だと思えた。故に儂はそれ等の願いに応じ、幾人か弟子も育ててみた。……しかしガルミッシュ帝国に来て見るようになった未来が、儂に化物としての希望を取り戻させた』
「!」
『そして儂の中に在る化物の
「……それが……希望だなんて……」
『それが希望なのは間違っておると言っておりそうじゃな。……それは儂に対する侮辱じゃぞ』
「!!」
『儂は生きる為に戦った事は一度もない。……常に剣を向けた相手に殺されるつもりで、儂は戦って来た。それが自分自身に定めた
「……どうして……そんな……っ」
『それが儂の生き方だったというだけのこと。……儂とお前さんは、そういう部分が根本的に立場が違うんじゃ』
「!」
『生きる為に敵と戦ったお前さん達と、死ぬ為に敵を探し戦った儂では、戦う理由が異なった。……それは儂が最後に戦うと選んだ相手、傭兵エリクにも言える』
「……ッ」
『あの男の境遇は儂に似ていた。同じ
「……でも、ログウェルは……俺達の為に死んだんだろ……!?」
『今の儂もまた、再び愛する者が出来た。……その中には、お前さんも含まれておる。ユグナリス』
「だったら……!!」
『しかし儂は、それすら捨てても……あの男と、傭兵エリクと戦いたい。死力を尽くして挑み、そして勝ちたい』
「!?」
『大事な者を捨てた
「ログウェル……ッ」
『しかし、これをお前さんが見ておるということは。
「……っ」
『儂を殺したからと言って、
「……それが、それが出来ないから……こんなに苦しいんじゃないか……っ」
諭すように語り掛けるログウェルの
その涙が幾つか机に零れた後、手で涙を拭い服で濡れた手を拭いたユグナリスは次のページを捲り続く
『――……実はもう一つ、お前さんに隠しておったことがある。……お前さんを弟子にした理由じゃ』
「え……?」
『表向きは、お前さんの父親であるゴルディオスにお前さんの矯正を願われたからではある。……しかし儂は、最初からお前さんを弟子にする為にあの日に帝国へ戻って来た』
「!?」
『未来で視た黒の
「……それじゃあ、俺を弟子にしたのは……」
『その事態が何なのかは、儂も教えられてはいなかったが。……それでもお前さんは、儂の予想を超える勢いで強く、そして立派な男になった』
「!!」
『儂はな、お前さんの成長が嬉しかった。……儂と同じ
「……違う。俺は、アンタを見てたから……だから……っ」
『だからこそお前さんには、儂のような
「……ッ」
『お前さんがやるべき事は、筋の無い復讐ではない。愛する者を、そしてお前さんを慕い助ける者達を守り抜け。儂のような
そう書き綴られたログウェルの
ユグナリスは次の
それでも何かが書かれていないか探す為に、ユグナリスは最後までページを捲り続ける。
すると最後のページに、短くこう書かれた文章が在った。
『――……お前さんと会ってからの四年間は、儂の人生で特に楽しかったぞい。愛する者達と共に、元気でな。あと、ちゃんと訓練は続けろよ。サボっておったら許さんからな。――……
「……う……ぅ……っ」
わざわざ
そして再び表情を歪め、ログウェルの最後を思い出しながら悲しみの涙を流した。
それから次の日の朝、ユグナリスは久し振りに自室から出て屋敷の外に出る。
そしてログウェルに教え課せられた訓練をまた再び始め、家族の支えを受けながら少しずつ心と身体を前へ歩ませ始めた。
こうしてログウェルの遺した
それからガルミッシュ帝国の復興をローゼン公セルジアスと共に彼は手伝い、亡き父と師の想いを受け継いだのだった。
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