旅の終わり


 惑星エデンの管理施設ステーションに居た『白』から受け取った結晶クリスタルは、【魔神王ジャッカス】の手に渡る。

 その効力ちからは忘却されていた少女アイリの記憶を魔神王かれに思い出させ、人間と変わらぬ感情と涙を持つ姿をエリク達に見せた。


 そして【魔神王ジャッカス】は【悪魔公爵バフォメット】を通じて感謝を伝え、二人は魔大陸に戻る。

 アルトリアやエリク達はそれを見送りながらも、その場に残る脅威の【始祖の魔王ジュリア】へ注視することになった。


 そうした状況の中で、ジュリアに向けて口を開く者がいる。

 それはエリクの隣に立つアルトリアであり、鋭い青の瞳を向けながら問い掛けた。


「アンタ、どうする気?」


「お、おい……!」


 無遠慮に話し掛けるアルトリアに、構えながら警戒していたケイルは驚きながら呼び止める。

 しかしそんなアルトリアを睨みながらも、何処か気まずい様子を浮かべるジュリアは顔を逸らしながら答えた。


「……どうするって?」


「アンタ自身がマナの大樹で、循環機構システムまで内包してるんでしょ。……五百年前の天変地異で大樹の人柱になったっていうのは、アンタだったのね。【始祖の魔王】ジュリア」


「……」


「でも、そのままの状態すがたを維持できるの? ……それとも、それは――……」


「――……一時的いちじてき状態モノだろうな」


「!」


 ジュリアに向けていたアルトリアの問い掛けを、一つの声が遮る。

 それはその場に歩み寄って来た『白』のみかどであり、その銀色の瞳は【始祖の魔王ジュリア】を捉えながら言葉を続けた。


「膨大なエネルギーの集積装置あつまりである大樹を取り込み続けるには、からだはまだ青く幼い。そうだろ? ジュリア」


「……チッ」


「そのまま放置しておくと、君のからだは耐えられずに大樹に戻ってしまう。五百年前もそうだったように。……だから君は、自分の大樹みのった子供メディアに意思を宿し、君の持っていた権能ちからを分け与えた」


「!」


「そして権能ちからを持たせたその実メディアを利用し権能ちからを集めさせ、大樹じぶんを取り込ませ全力を出せるからだに熟させる予定だった。そして集まった権能ちからと共に、自分が持つ記憶で例の少女を起こすつもりだったわけだな。……しかしそれも、『黒』の策略で見事に無為にされたわけだ」


「……ッ」


「色々とやっているとは思ったが、流石は『黒』だな。そして『白』である余も、今回の事態にはかなり役立っていたようだ!」


「……っていうか、アンタ誰?」


「え、今更っ!?」


 自慢気にジュリアの行動原理を話す『白』のみかどに対して、アルトリアは辛辣な言葉を向ける。

 アルトリアは管理施設むこうで見た『白』の精神体すがたは見ていたが、現世側こちらでは初めて見る銀髪銀瞳すがたかれは初対面だったのだ。


 そんな辛辣なアルトリアに対して、溜息を漏らしたケイルが一言を加えて教える。


「『白』の七大聖人セブンスワンだよ、現世こっちの。一応、アズマ国のみかどな」


「……あぁ、なるほどね。……だったらなおのこと、なんでアンタが自慢気なのよ?」


「えっ」


結晶アレを渡したのは管理施設むこうの『白』で、アンタじゃないでしょ。っていうかアンタ、出て来るのが遅過ぎ。来るなら最初ウォーリスから来なさいよね」


「いやだって。余って到達者エンドレスが何かしらの波動ちから現世こっちに影響を及ぼしてくれないと、真の能力ちからを発揮できなくてさ……」


「つまり手遅れになってからしか動けないってことじゃない、この役立たず」


「や、役立たずって……そこまで言うっ!?」


「事実でしょ。……ったく、『白』の七大聖人セブンスワンがこんな役立たずだったなんて。『黒』も傍迷惑だけど、今回の事態も含めればアンタより遥かに役立ってたわよ」


「……さ、流石にそこまで言われると……、泣くよっ!?」


「知らないわよ、勝手に泣いてなさい」


「う、うぅ……。……最近の女子おなご可愛気かわいげがないなぁ……」


 辛辣な言葉を向け続けるアルトリアに、『白』のみかどは先程から急降下するように落ち込むさまを見せる。

 するとそうした言動を見せるアルトリアを見ながら、ジュリアは溜息と共に笑みを零しながら呟いた。


「……確かに、アイツヴェルズに似てるな」


「ん?」


「……アタシは、大樹に戻る。後はお前等で、勝手にやってろ」


「えっ」


 そう言いながら背を向けて浮遊し始めるジュリアに、全員が驚きの様子を見せる。

 しかしアルトリアはそれを見上げながら、怒鳴るように問い掛けた。


「アンタもしかして、私とウォーリスが循環機構システムに入った時に砲撃の停止信号コードを止めたっ!?」


「……ああ」


「やっぱり。循環機構システムに宿ってたっていう意思は、【始祖の魔王アンタ】だったのね。……だったら、どうしてあの時は止めたのっ!?」


「あ?」


「アンタは気付いてたはずでしょ、私が送った自爆の偽装信号ダミーコードを! ……アンタがその気だったら、世界はそのまま破壊されてたはずよ!」


「……」


「いえ、実際には例の子アイリを目覚めさせたかったアンタにとっては、人間大陸だけ吹き飛ばすことも出来たはず! ……どうしてあの時、そうしなかったの?」


 マナの大樹となっていた【始祖の魔王ジュリア】の意思が阻まなかった出来事に対して、アルトリアは浮かんだ疑問を向ける。

 するとジュリアは彼女アルトリアを見下ろしながら、自身の答えを返した。


「……お前が何かを犠牲にしてでも世界を救う選択をしたら。アタシは迷わず世界を破壊した」


「!」


「何かを犠牲にしなきゃ救われない世界なんて、要らないだろ。……でもあの時、お前等は何も犠牲にしない選択をした」


「!」


「それを評価して、あの時は勘弁してやっただけだ」


「……貴方……」


「だからって調子に乗るなよ、人間。……アタシは今でも、人間って種族を滅ぼしたいぐらいには憎んでるんだからな」


「……ッ」


「それでも今回は、ジャッカスの顔を立ててやる。……アイツは、アイリにとっては大事な家族そんざいだからな」


「あっ、ちょっと! まだ話は――……あー……」


 ジュリアはそう答えた後、浮遊しながら樹高を超え別の方角へ飛び立ってしまう。

 それを追う為に自身も飛翔しようかと僅かに迷うアルトリアだったが、万全ではない自身の状態を思い出し胸に走る傷みを感じながら諦めて見送った。


 そんなアルトリアを見ていたエリクは、彼女にこの言葉を向ける。


「アリア」


「!」


「今度は、無事で良かった」


「……毎回、私が無事じゃないみたいな言い方ね」


「無事だったことがあるか?」


「まぁ、無いわね。……それに、今回も無事じゃないわ」


「なに?」


創造神オリジン権能ちからを奪われちゃったわ。それに、権能ちからを使い続けた反動で魂の亀裂キズも修復しきれない。……もう前みたいに、化物と呼ばれるくらいの魔法は使えないわね」


「……そうか。……だったら、少し安心した」


「え?」


「もう、君が無茶をしなくなるなら。そんな強い権能ちからは、無くてもいい」


「……よく言うわ。自分も散々、無茶しといて」


「俺はいいんだ」


「何よそれ」


「君を守る為なら、俺はどんな傷でも背負う。……君と初めて出会った時、そう決めた」


「!」


「だから、君が傷付くのは見たくない。……本当に、もう……無茶はしないでくれ」


「……私と約束しても、また破るわよ」


「そうか。……そうだったな」


 二人はそう話し、この事態を共に乗り越えたことに安堵する様子を浮かべる。

 それでも初めて出会った時の二人とは違い、今の姿は体格的にも精神的にも大きく成長しているように見えた。

 

 そんな二人の背中を見ているケイルは、複雑な表情を浮かべながら気を沈める。

 するとそんな彼女ケイルの背中を軽く手で叩くマギルスが、微笑みながら声を向けた。


「ケイルお姉さんも行かないの?」


「……行けるかよ、あの雰囲気なかに」


「行っちゃえばいいのに。というか、一緒に行こ!」


「お、おいっ!」


 マギルスはそう言いながらケイルの背中を押し、二人が話す傍に近付かせる。

 そして無邪気な笑みを浮かべるマギルスは、改めてエリクとアルトリアに話し掛けた。 


「おじさん達、僕達もぜてー!」


「マギルス、ケイル」


「……じゃ、邪魔して悪いな」


「邪魔……何のことだ?」


「……別に、何でもねぇよ」


「?」 


 近付き話に加わった二人の中で、不機嫌そうな顔を見せるケイルにエリクは首を傾げる。

 そうした空気を無視するように、マギルスは自身の話題を向けた。


「おじさん、鬼神のおじさんって精神そこに居るんだよね?」


「ああ」


「じゃあ、お姉さん達も御礼言った方がいいよ? 二人とも、鬼神のおじさんが助けてくれたんだから」


「え?」


「そうなの?」


「あ、ああ」


 【始祖の魔王ジュリア】に襲われ窮地となった時、ケイルとアルトリアを救ったのが鬼神フォウルである事をマギルスは明かす。

 それを肯定するエリクだったが、その精神内部なかから苦虫を噛むような嫌な声をフォウルは聞かせた。


『――……礼なんぞ要らん。俺がジュリアをぶん殴りたかっただけだって言っとけ』


「だが……」


『俺は、テメェ等なんぞ助けたつもりは無い。……ジュリアをぶん殴るのに、邪魔だったから退かせただけだ』


「……そうか」


『フンッ』


「――……!!」


 悪態を見せながら精神内部なか精神体からだを横に倒して寝ているフォウルに、エリクはそれが照れ隠しにも似た感情すがたなのだと気付く。

 それに納得しながらエリクが微笑んだ次の瞬間、聖域に再び黄金色の極光によって包まれた。


 そして更地となった大地の中心部にて、極光ひかり大樹の形と成り始める。

 すると数十秒後、黄金色の極光は消える代わりに『マナの大樹』が再び現世に現れた。


 それを多くの者達が目撃しながらも、その大樹は数時間後には景色から消える。

 更に大樹の在った聖域ばしょも大陸ごと消失し、世界から『マナの大樹』は行方を眩ませたのだった。


 こうして一連の騒動は真の幕を閉じ、滅びを予言されていた世界は再び元の景色を迎える。

 そして人間大陸で繰り広げられた彼等の冒険譚もまた、一つの終幕まくを閉じたのだった。

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