水面の波乱


 ローゼン公爵領地から消えたアルトリアとケイルの行方を考えるエリクは、彼女アルトリアに近い思考を持つウォーリスにその行き先について相談する。

 そこで彼女達が創造神オリジンの欠片を持つ者を探している可能性を知り、エリク自身も欠片の一人と思しき『メディア』という女性の足跡を探る為に動くことを決めた。


 本邸やしきから少し離れて着地している箱舟ノアへ再び乗り込んだエリクは、艦橋ブリッジの操縦席で待機している魔導人形ゴーレムに命じる。


「――……上空うえに浮かんでいる大陸へ行ってくれ」


カリマシタ』


 自律思考システムを通して機械的な声で応じる魔導人形ゴーレムは、エリクの命令に従い箱舟ノアを動かす。

 そして地面から浮遊し始め、上空そらに浮かぶ白い大陸まで移動を開始した。


 その離陸に気付いた本邸内の侍女や家令達が、皇后クレアと話し合っていた当主であるローゼン公セルジアスに報告に向かう。

 それを聞いたセルジアスは驚愕し、報告を届けた家令に問い掛けた。


「――……エリク殿が箱舟ふねにっ!? 彼は、ウォーリスと対談していたはずだが……!」


「その話し合いを終えて、どうやらすぐに箱舟ふねへ乗り込んでしまったようで……」


「誰も引き留められなかったのか?」


「も、申し訳ありません。誰も、屋敷の外に出たことに気付けなかったようで……」


「そうか。……エリク殿は、アルトリアの行方について分かったのか。……私はウォーリスから話を聞いてきます。申し訳ありませんが、皇后様は執務室ここで御待ちください」


「それは構いませんが、どうするのです?」


「どうも胸騒ぎがしまして。またアルトリアが、何か良からぬ事をしていないか不安なのです。――……では、失礼を」


 セルジアスはそう言いながら執務室を出ると、自らの足でウォーリスの居る部屋に赴く。

 するとエリクの応対を終えたウォーリスは、次の訪問者セルジアスに尋ねた。


「――……ローゼン公、何か?」


「エリク殿がったようですが、アルトリアの行方について新たな情報が?」


「……世界の破壊は、まだ免れていない」


「!」


「アルトリア嬢はそれを解決する為に、独自で動いているようだ。その為に、ある者達を探しているかもしれない。そういう話をした」


「……その、ある者達というのは?」


「それが分かっていれば、彼女が一人で探しに行くような真似はしないだろう。英雄に奉られた彼等が頼めば、各国家も協力は惜しまないのだから」


「それは、確かに。……もしくは、各国家にも知られずに探したいという意味でもあると?」


おそらくは」


「だが、エリク殿が出立したということは。その探している者達の行方を追う為の手掛かりを得たという事でもあるはず。彼に何を教えたんです?」


「……メディアという女性が、彼等の探す人物の一人かもしれない。そう教えた」


「!?」


 ウォーリスの口から『メディア』の名が出た時、セルジアスは驚愕の表情を浮かべる。

 そんな彼の様子に気付き、ウォーリスもまた意外そうな表情で問い掛けた。


「彼女を知っているのか?」


「……知っているも何も、その名前は私の、そしてアルトリアの母親の名です」


「!?」


「ただ母は、アルトリアが生まれてから半年程で失踪してしまいました。……何故、貴方が母上の名を?」


「半年……。……丁度その時期に、私はカリーナを仮死状態にしてザルツヘルムに皇国へ送り届けさせた。そして代わるように、メディア殿が我々と通じて皇国の母上ナルヴァニアと連絡を取り合ってくれていた」


「なんですって……!?」


「それに彼女メディアは我々に助力してゲルガルドを退しりぞけ、私達の娘リエスティアを連れて別国へ赴き、孤児院に預けて行方を眩ませた」


「母上は、そんな事をしていたんですか……!?」


「私も驚いた。まさか彼女が、君達の母親だったとは。……いや、それならば納得できる実力ことでもあるか」


「ではエリク殿は、母上メディアの行方を捜しに?」


「ああ」


 領地から離れ行方が途絶えた母親メディアの行動を初めて聞いた息子セルジアスは、改めて驚愕し唖然とする。

 互いに思わぬ人物が繋がりとして存在することを認識すると、セルジアスにある思考がよぎりながら口を開いた。


「……ログウェル殿なら、もしかしたら母上メディアの行方を……」


「ん?」


母上メディアはログウェル殿に拾われ、彼を師事して共に旅をしていた仲だと聞いています。もしかしたら、彼なら行方を知っているかも……」


「……ログウェル=バリス=フォン=ガリウス、『緑』の七大聖人セブンスワンか。彼は今は、何処に?」


「ユグナリスの話だと、一年ほど前まで貴方達の監視をしていましたが。『出掛でかける』と言って姿を消したまま、その後は戻って来た様子は無いと」


「ならば結局、彼等は自分の力だけで彼女メディアを探し出すしかない。……そしてそれすらも、おそらくは『黒』が視ていた未来のはず」


「……!!」


「もしかしたら、私の行動たたかいすら未来このの為に『黒』が用意した彼等への試練だったのかもしれない。……それを『黒』のせいにする気は無い。私の罪は、私自身が償う」


「それを聞けただけでも、この場に来る意味がありましたよ。……私からも各国に呼び掛け、ログウェル殿と母上メディアの捜索を願います。それがアルトリア達の耳に届けば、彼等への協力にもなるでしょう」


「その方がいいだろうな」


「では、失礼します。貴方自身の話については、また後ほどに」


 そうして会話を終えたセルジアスとウォーリスは、互いが得た情報を共有し合う。

 すると有言実行の為にセルジアスは皇后クレアにも同じ事を伝え、各国に人探しの協力を頼む事を決めた。


 その頼みは各国だけではなく、傭兵ギルドにも飛ぶ。

 勿論それは各国に伝手を持つ【特級】傭兵にも伝わり、帝国皇子ユグナリスの傍に居る『砂の嵐デザートストーム』の団長スネイクにもセルジアスを通して依頼が届いた。


「――……なるほど。四大国家に属さない国への依頼を、『砂の嵐おれら』の伝手でやれってか」


「ええ。ただし必要なのは人探しであって、報奨金こそ出しますが懸賞金はありません。発見の報告だけでも構いませんので、手荒で不当な暴力での拘束や殺害はめるよう、徹底させてください」


「まぁ、そりゃその国次第だな。……それにしても、探すのがあの爺さんログウェルとメディアかよ……」


「……そう言えば『砂の嵐あなたたち』は、父上達と因縁があると話を聞いた事がありますが。事実なんですね?」


「ああ、アイツ等には俺達の計画を無茶苦茶にされた。……帝国皇子コイツに借りが無きゃ、その息子アンタの眉間でも撃ち抜きたいと思うくらいには、今も恨んでるぜ」


「――……ちょ、ちょっとスネイク殿……!」


 向かい合うセルジアスに睨みながら話すスネイクを、立ち合うユグナリスは慌てながら止める。

 すると肩をすくめながら眼光を引かせたスネイクは、椅子から立ち上がりながら依頼へ返答した。


「……働きに見合った報酬をくれるってんなら、どんな仕事でもやるよ。それが傭兵だ」


「お願いします。箱舟ひこうせんを手配しますか?」


「いや。いまだに箱舟アレの運用には懐疑的な国もいるはずだ。箱舟それに乗って向かうのは逆効果だし、逆に鹵獲して自分達のモノにしようって国もあるだろうからな」


「そうですか、分かりました。では海上うみの船を用意させますので、御自由に使ってください。物資や船員もこちらで用意させます」


「いいのかよ? そんなに優遇してくれてよ。一応、俺もウォーリスに付いてた敵側の人間やつだぜ。それに、四大国家じゃ禁止されてるぶきを使う傭兵だ」


「この三年間、貴方の働きを見た結果の判断です。貴方が仲介しなければ、小国群は異変の混乱から立ち直れなかったでしょう。その働きに感謝していますよ」


「へっ、それは有難ありがたいね。――……というわけだ、皇子。この依頼しごとが終わったら、『砂の嵐おれら』は砂漠こきょうに戻る」


 椅子から立った後、そう告げるスネイクは隣に立つユグナリスに別れの言葉を向ける。

 それを聞いたユグナリスは僅かに表情を渋らせ、敢えて問い掛けた。


「……いんですか? 貴方達さえ良ければ、この帝国くにで……」


ぶきを捨てて四大国家に属する国に帰属するなんざ、俺の矜持プライドが許さねぇさ」


「では何故、今まで……」


皇子アンタには借りがある。その恩は、とりあえず返せたと判断した。それだけだ」


「……そうですか、分かりました」


 帝国から去る決意を示すスネイクに、ユグナリスは応じながら握手を求めるように右手を差し出す。

 するとスネイクは呆れるような息を零し、皮肉交じりの声を向けた。


「相変わらずあまちゃんだな。もしかしたら次も、殺し合う戦場で遭うかもしれないのによ」


「そうなったとしても、俺はまた同じ事をします。そしてまた、握手を交わします」


「……呆れるくらい、お人好しな皇子だぜ」


 そうした言葉を見せながら、スネイクは応じるようにユグナリスと握手を交わす。

 帝都襲撃から三年間に渡り共に行動していた二人は、最初こそ死闘を演じる間柄ながらも、握手を交わせる程の友好的な関係となれていた。


 そうして二人が握手を交わした時、ユグナリスの右手をセルジアスは見る。

 すると上着の袖口で隠れていた右手の甲に赤い紋章が刻まれているのを発見し、驚愕しながら声を上げた。


「ユ、ユグナリスッ!!」


「え? は、はい」


「君、その手の甲は……!」


「え? ……あぁ、コレですか。これはマシラ共和国に行った時に、ちょっと……」


「……まさか、その赤い紋章。七大聖人セブンスワンの聖紋じゃないだろうねっ!?」


「え? ……あぁ、そういえば。ログウェルも似たような紋章が手にありましたね。でも、色が違うので……」


「……いや、でもこの紋章は……間違いない。『赤』の聖紋だ」


「そうなんですか? じゃあ俺、ログウェルと同じ七大聖人セブンスワンになれたのかな? あははっ」


 呑気な声と共に笑いを浮かべるユグナリスに、セルジアスは表情を強張らせる。

 そして事の重大さを理解していない馬鹿皇子ユグナリスに、セルジアスは怒気を含んだ声を向けた。


「……まさか、分かってないのかっ!?」


「えっ、何をですか?」


七大聖人セブンスワンになるという事は、様々な制約を受ける事になるんだ。……その一つには、七大聖人セブンスワンが国の王にはなってはいけないという制約がある」


「……えっ」


「君は帝国このくにの皇太子だ。でもそんな君が七大聖人セブンスワンになったら、皇帝になれないんだぞ……!?」


「……えぇええっ!?」


 七大聖人セブンスワンの存在を知りながらも、それに設けられた制約についての知識が無かったユグナリスは、改めて自分の状況に気付かされる。

 そんなユグナリスに怒気を含む表情を向けるセルジアスは、叱責を放った。


「なんでそんな事も知らないんだっ、君もルクソード皇族のはしくれだろっ!?」


「だ、だって! 俺がまさか、七大聖人セブンスワンになるなんて思わなかったし……!」


七大聖人セブンスワンや、四大国家に関する政治学で勉強しなかったのかっ!?」


「……も、もしかしたら習ったかもしれないけど……俺には関係ない話だから、忘れてしまったかも……」


「なんてことだ……。……急ぎ、クレア様に相談しなければ。ユグナリス、君も来るんだっ!!」


「は、はいっ!! そ、それじゃあ。スネイク殿、また何処かで――……」


「……やっぱ馬鹿だな、あの皇子」


 二人の口論を聞いていたスネイクは、改めて握手を交わした人物が馬鹿皇子ユグナリスだと理解する。

 それから数日後に通信用の魔道具を用いて、四大国家を中心とした各国にログウェルとメディアの目撃情報を求める依頼が届けられた。


 こうしてエリクの動きと共に始まった一連の流れにより、各国もまた人探しを始める。

 しかしその二人が世界の命運を握る重要な人物だと知るのは、極めて限られた者達だけだった。

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