彼女の終わり


 下界ミデンにおいて分けられた七つに創造神オリジンの魂、その性質を受け継ぐ転生者うまれかわりである七人の内、四人が天界エデンへと集う。


 一人目は、アルトリア=ユースシス=フォン=ローゼン。

 二人目は、その幼馴染である帝国皇子ユグナリス=ゲルツ=フォン=ガルミッシュ。

 三人目は、『赤』の血を継ぐ女剣士ケイル。

 四人目は、エリクの魂に介在している鬼神フォウル。


 それぞれに創造神オリジンの性格とも言える魂を受け継ぎ、死者であるアリアの呼び掛けに応える。

 そして【強欲アルトリア】【色欲ユグナリス】【嫉妬ケイル】【憤怒フォウル】の魂を受け継いだ四名は、世界を破壊を防ぐという意思おもいを統一させる事になった。


 各々の説得を終えたアリアは、ケイルと共に自分達の精神を創造神オリジンの精神世界へ再び戻し、自らの精神体からだを形成する。

 すると同時に到着したケイルも現実にそくした精神体からだになると、初めて体感する精神世界の感覚に驚愕を浮かべながら呟いた。


「――……なんだよ、これ……!? ……ここは、現実じゃないのかっ!?」


「そうよ。ここは創造神オリジン精神世界なかよ」


「……随分と、真っ暗じゃねぇか……?」


「全て創造神オリジンの瘴気よ。動く瘴気どろには触れないように注意して。精神が汚染されるわ」


「マジかよ……っ」


 アリアはそう言いながらある方向へ駆け出し、ケイルも表情を渋くさせながらも追従する。

 そうして二人が少量で無秩序に這い動く瘴気どろを避けながら進むと、二人の視界に暗い精神世界の中で輝く赤い炎を確認した。


 そうした炎の傍に立ちながら聖剣けんを振るい瘴気どろを燃やす一人の男ユグナリスを見て、ケイルが視覚を凝らしながら訝し気に呟く。


「あの男、どっかで……?」


「アイツが二人目! 貴方が三人目よ!」


「なんだよ、その二人目とか三人目とか!」


創造神オリジンの肉体を制御する為には、一定数の魂と精神が必要なの。その数が最低でも四人で、今の私アルトリアを含めて貴方達の協力が必要なのよ!」


「なんだそりゃっ!? それ、アタシにどうしろってんだっ!!」


「さぁね! とりあえずは、集まってからよっ!!」


 駆けながら簡略して説明するアリアに、ケイルは目的こそ判明しながらも役割を理解できずに表情を渋らせる。

 その部分の説明を敢えて省いたアリアは、そのままユグナリスが居る場所に走り続けた。


 そうして駆けて来る二人の存在に気付いたのは、精神世界の中央から溢れ出る瘴気どろを燃やし続けていた未来のユグナリス。

 彼は押し寄せて来る瘴気どろを『生命の火』で再び閉じ囲むと、戻って来たアリアに対して怒鳴るように言葉を向けた。


「アルトリアッ!!」


「もう一人の私はっ!?」


「そっちのほうだよ!! お前、いったいどういうつもりで――……あっ、おいっ!!」


 怒鳴るユグナリスが指し示した少し外れに位置する円形状の炎に、アルトリアは立ち止まらずに走り去る。

 そんな二人の会話やりとりを見ていたケイルは、改めてユグナリスの顔を見ながら記憶の片隅にある青年を思い出していた。


「アイツって、確か前に……お前とり合ってた帝国の皇子か?」


「ええ! アイツも、私と同じような存在よっ!! でも私と違って魂は生きてるから、十分に役割は果たせるっ!!」


「よく分からんが、こんな薄気味悪いとこから出る為に、さっさとしようぜ!」


「そうね!」


 未来のユグナリスについても詳細を省いたアリアは、そう言いながら小さく囲む円形状の炎に辿り着く。

 そこには光の膜で覆われているアルトリアの精神体が保護されており、アリアの到着と同時に囲んでいた炎が消えた。


 すると屈みながら改めてアルトリアの状況を確認するアリアは、薄膜が張られたままの精神からだを抱き起こしながら呟く。


「……私達が来る前には意識が戻ってると思ったけど、そうも行かないみたいね」


「そいつ、今のアリアか? ……なんで眠ってるんだ?」


「肉体から精神を剥ぎ取られた時に、かなり強い衝撃ショックを負ったみたいね。魂を保護する為に結界まくこそ張られてるけど、精神までは修復されてないのよ」


「それって、不味い状況なのかよ」


「魂が無事でも、精神じんかくが壊れてたら廃人同然よ。……このままじゃ起きられない。精神をどうにかして治すしかないわ」


「治せるのかよ、精神なんてもんまでもよ」


 光の膜に覆われたアルトリアの精神体からだに深い傷らしき裂傷が起きている事を確認した二人は、その精神が深く傷付いている事を改めて認知する。

 それを治そうと考えてるアリアに対して、人体とは異なる精神の修復までもアリアが可能なのかをケイルは疑問に思った。


 すると不敵な笑みを見せるアリアが、ケイルに向けて豪語する。


「私を誰だと思ってるのよ。――……それに私自身を治せるのは、私だけに決まってるじゃない」


「!」


 そう言いながら光の膜に右手を翳すアリアは、その中にあるアルトリアの精神からだへ触れる為に接触を図る。

 膜を貫通するように手を差し込んだアリアは、そのまま裂傷が起きている精神体からだの腹部と胸部に右手を翳した。


 そこでアリアは瞼を閉じながら意識を集中させ、口を動かしながら詠唱を呟く。

 すると右手の先から淡い青色の光を灯しながら、損傷しているアルトリアの精神体からだに触れ始めた。


 しかしそこで、アリアの精神体に起き始めている異変に傍に居るケイルが気付く。


「……アリア、お前……!?」


「今、集中してるの。話し掛けないで」


「……ッ」


 ケイルの気付きを敢えて無視するアリアは、アルトリアの精神体からだを修復する事に集中する。

 その意図に気付いたケイルは表情を強張らせ、僅かに苦悩する様子を浮かべながらもそれ以上の言葉を留めた。


 瘴気どろの流出を留める役割を完全に未来のユグナリスに任せる二人は、そのままアルトリアの精神が修復される経過を見守る。

 それから時間的に幾らか経った後、光の膜に差し込んでいたアリアが右手を引かせながら精神体からだを離した。


「――……ハァ……ッ。……応急処置だけど、これで良いわ……」


「……お前……。……応急処置って……」


「何よ、何か文句でも……あるわけ?」


「……ッ」


 精神体にも関わらず息も絶え絶えな様子で呟くアリアに、ケイルの視線は自然と落ちる。

 すると向けられるケイルの視線は、代わるように起きていたアリアの異常について無言で訴えた。


 それは消えたはずのアルトリアと同じ裂傷が、アリアの精神体からだに傷となって生まれていること。

 それがどんな意味を持つのか、ケイルは無意識に理解しながら呟いた。


「お前、自分の精神を身代わりに……っ」


「……補ったのよ。元々私達は、同じ魂から生まれた精神なんだから。それを本体に戻すことくらい、簡単よ……っ」


「でも、じゃあ……そんな傷だらけのお前の精神は……どうなるんだ?」


「……精神かたちが保てなくなって、崩壊するでしょうね」


「っ!!」


「なに、そんなに驚いてるのよ。……さっき、言ったじゃない。私の終わり方は、そうだというだけの話よ」


 そう言いながらよろめき立ち上がるアリアの精神体は、裂傷が起きている傷から光の粒子が崩れ零れる。

 それを抑えるように左手で覆い囲むと、アリアは膝を落としながら右手に薄い魔力の刃を形成した。


 それを手術刀メスのようにアルトリアを覆う薄膜に近付け、僅かな切り込みを入れて切断していく。

 淀みの無いその動作を見下ろすケイルは、光の膜を完全に切除され内側に留められていたアルトリアの精神体が表へ出て来る光景を見届けた。


 するとアリアは再び腰を立たせ、ケイルと向かい合いながら言葉を向ける。


「ケイル。こっちの私を、頼んだわよ」


「……お前、そんな状態でどうする気だよ?」


回線パスを繋ぐわ。そしてエリクの魂に居る、鬼神フォウルを精神内部ここに召喚する」


「!」


「その代価リスクが、必ず必要になるわ。……それを支払うのも、私自身よ」


「お前、まさか……。……もう、それ以上はめと――……っ!!」


 亀裂が徐々に広がるアリアの精神体からだを見ていたケイルは、その言葉から何をしようとするのかを理解してしまう。

 それを留める為に止めようとすると、掴んだアリアの左腕が崩れ落ちて光の粒子へと変わって消えて行った。


 ケイルは右手の中で崩れ散る精神うでを見ると、逆にアリアは落ち着き払った様子で伝える。


「ケイル」


「……っ」


「貴方とも、色々あったけど。……私は貴方のこと、エリクの次に信頼してるのよ」


「!」


「個人的な好き嫌いは別だけど。貴方のそういう在り方は、嫌いじゃなかったわ。……ありがとう、仲間になる誘いに応えてくれて」


 そう言いながら微笑みを浮かべるアリアの表情に、ケイルは向けられる言葉も相まってある記憶が呼び起こされる。

 それはマシラ共和国に赴く際、アリアが自らの意思でケイルを仲間に誘い入れた時の出来事だった。


 互いにその時は打算的な行動によって誘いに応じながらも、彼女達はそれからも感情を衝突させ合いながらも、幾多の困難を乗り越える。

 それは誰にでも出来る事ではなく、特別な生い立ちを持つ二人だからこそ叶えられた出来事ばかりだったかもしれない。


 そうした記憶と僅かな感情が表情に浮彫になりそうになったケイルは、歯を食い縛りながら表情を引き締めて言葉を返す。


「……アタシは、お前がやっぱり嫌いだよ。アリア」


「酷いわね。でも、貴方らしいわ」


「……エリクに、言い残す事は?」


「無いわ。もう言ったから」


「そうか。……じゃあな」


「ええ。じゃあね」


 顔を僅かに逸らすケイルは、再び歯を食い縛りながら両拳を握り締める。

 それを微笑で見たアリアは、首筋を通して顔の頬にも届く裂傷ほうかいに確認しながら残る右手を前方まえに翳した。


 そして精神体からだを輝かせながら、最後の詠唱を口にする。


「『――……開けアイ我が絆の門よヴィージャス――……っ!!』」


 詠唱と同時に凄まじい光を放った後、アリアの精神体からだは光の粒子となって崩れ散る。

 それと同時にアリアの前方に彼女の精神世界に存在した魂の白い門が出現し、扉が開かれ始めた。


 するとその中から、鬼神フォウルが姿を現す。

 それを見届けるアリアは最後に表情を緩めると、その奥に見えるもう一つの人影が掛ける言葉に微笑みを向けた。


「――……アリア……!!」


「……じゃあね。エリク」


 開いた回線パスを通じて介した魂の門越しに、アリアとエリクは最後に名前を呼び合う。

 それによって瞼を閉じながら満足気に微笑むアリアは、その精神体からだは完全に崩壊させてこの世から消失した。


 こうして、長きに渡り生かされ続けた死者アリアの精神は消える。

 その最後は、信頼する仲間達に見送られるという、彼女にとっては心が満たされる終わり方だった。

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