忠義の使者


 ゲルガルド伯爵家に生まれた異母弟おとうとジェイクに対して、ウォーリスは父親ゲルガルドの秘密を教える。、

 長年に渡り続けられていた悍ましい実験の数々と、自分達がゲルガルドが用意している代替品の肉体であることをウォーリスは明かし、自分達の父親を打倒する事を提案した。


 それを聞いた弟ジェイクは、兄ウォーリスの提案を受け入れ協力を受け入れる。

 それから侍女カリーナを通じて二人の兄弟は情報を交換し合いながら、一つの策を進めようとしていた。


『――……分かりました。兄上』


 侍女カリーナから兄ウォーリスの書き記した策を受け取ったジェイクは、ある人物に宛てた手紙をしたためる。

 それをカリーナに渡し、侍女や従者達が利用する配達人を通してガルミッシュ帝国の外に送り届けた。


 更に半年が経った頃、雑事を担当していたカリーナはジェイク宛に届けられた一つの手紙を配達人から受け取る。

 それを直接ジェイクは受け取ると、その内容を見てすぐにウォーリスに宛てた手紙をカリーナに持たせた。


 その手紙を受け取ったウォーリスは、表情を明るくさせながらカリーナの前で笑顔を浮かべる。


『――……やった!』


『ど、どうしたんですかっ!?』


『ジェイクを通して出した手紙から、母上の返答が届いたんだ!』


『ウォーリス様の、御母上?』


『今、ルクソード皇国に居る……ナルヴァニア=フォン=ルクソード。それが私の母上だよ』


『あっ、そうでした! 私が買われる前に居たという御方なので、よく知らなくて……』


『いいんだよ。それより重要なのは、母上に私の状態を伝えられたことだ』


『!』


『もし母上が皇国貴族にこの伯爵家いえの秘密を教えて動いてくれれば、あの男を倒す為に帝国が動いてくれるかもしれない。もしかしたら、皇国の七大聖人セブンスワンも動いてくれるかも』


『セブンスワン……?』


『凄く強い人間ひとたちらしい。母上からそうした人達に働きかければ、奴を倒す為に何らかの策を講じてくれるはずだ……!』


 ウォーリスはそうした期待を込め、手紙に同封されていた母親ナルヴァニアからの手紙を読む。

 すると嬉々としていた表情は次第に険しくなり、表情を青褪めさせながら言葉を詰まらせた。


『……そんな……っ』


『どうしたんですか? ……何か、悪い事が?』


『……皇国は今、内乱中らしい』


『えっ!?』


『しかもその内乱は、自分が引き起こしたモノだと……母上は書いている』


『ウォーリス様の、御母上が……!?』


『母上は、自分の出生がルクソード皇族ではないとあの男に教えられて……それで、義兄あにである皇国の皇王おうに毒を盛って、後継者争いを引き起こしたと……』


『……そんな……』


『その内乱には、帝国このくにも巻き込まれているらしい。帝国の第二皇子クラウスが後継者の一人に選ばれて、皇国に来てるそうだ。そしてその皇子と協力して、冤罪に陥れた皇国貴族達を追い詰めていると書いてある』


『……でも、それだと……?』


『そうだ。そんな状況では、皇国や帝国はすぐには動けないだろうと、母上は仰っている……。勿論、母上自身も……』


『ウォーリス様……』


『……クソッ、動くのが遅過ぎたのか。私は……っ!!』


 帝国と皇国の状勢がそうした内乱モノになっている事を初めて知ったウォーリスは、憤怒と悲哀を混ぜた表情で自身の膝を握り拳で叩く。

 既にこの時点でルクソード皇国は内乱の佳境へ向かっており、その発端となったナルヴァニア自身も自身の家族を冤罪に貶めた皇国貴族達に対する尋問と拷問を行い、復讐心を色濃くさせていた頃だった。


 そうした状況になる前に母親ナルヴァニアとの連絡を試みる事が出来なかったウォーリスは、苦々しい後悔に苛まれる。

 カリーナはそんなウォーリスの苦悶を見ながら心配そうな表情で視線を逸らすと、ジェイクの封筒に入っているもう一枚の紙を目にした。


『あの、ウォーリス様。もう一枚、手紙があるみたいですけど……』


『……?』


 そう述べるカリーナに導かれ、ウォーリスは伏せた顔を封筒側に向ける。

 確かに残されている一枚の紙を見つめ、それを手に取りながら広げて内容を確認した。


 するとウォーリスは読み進むにつれて細くしていた青い瞳を見開き、驚くような声で呟く。


『……二枚目には、母上が最も信頼している者を帝国こっちへ渡らせると書いてある』


『!』


『そして私と合流し、あの男の思惑を阻止する為に協力してくれるらしい。滞在先の予定地と到着予定日も書いてある』


『ウォーリス様の御母上が信頼されている方が来るのなら、とても頼もしいですね!』


『……それでも、ゲルガルドに対する警戒は必要だ。ジェイクはこの手紙を?』


『御読みになっています。それでも、ウォーリス様の判断が必要だからと、御返事を御待ちしています』


『そうか。……私から母上の使者に対して手紙を送る。その機会タイミングは、次に父親やつが外出する時に頼むとジェイクに伝えてくれ』


『分かりました!』


 ウォーリスは再び弟ジェイクとカリーナを頼り、自身の手紙を母親ナルヴァニアが寄越した者に届くようにする。

 すると一ヶ月後、再びカリーナが受け取った手紙の中にその使者と思しき人物の手紙がジェイクに宛てて届けられた。


 それを受け取ったウォーリスは、僅かに驚いた表情を浮かべる。


『――……既に、この領地に来ているのか』


『えっ』


『かなり頭の切れる人みたいだ。ジェイクが出した手紙を別の人に受け取らせて、彼はこの領内に侵入していたらしい。そして滞在先の人物と魔道具で連絡を取り、すぐにこの手紙を届けさせた』


『……それって、凄いんですか?』


『いや、これだけでも手際が良いと言えるけど。……母上の使者は、私が望む事を承知してくれている』


『ウォーリス様の?』


『私達の策が暴かれないように、細心の注意を払ってくれているんだ。……でもそれ以上に、私が彼と直接会うことを望んでいると察してくれている』


『直接ですかっ!? でも、それって……』


『ああ、かなり危険が伴う。最悪の場合、私達がやっている事がゲルガルドに全て暴かれるかもしれない。……だからその日時を、向こうは私に尋ねている』


『!』


『私の返事次第で、彼はすぐに動いてくれるようだ。……カリーナ、もしかして手紙の配達人が変わっりしたかい?』


『えっ。……あっ、そういえば。以前に来ていたのはおじさんだったんですけど、今回の方はそれよりずっと御若い男の人でした!』


『やっぱり。……恐らくその配達人が、母上の使者だ』


『!』


『カリーナ。今度また彼が来たら、私の手紙を渡してくれ。直接ね』


『は、はい! 頑張ります!』


 素直に応じるカリーナに微笑みを浮かべるウォーリスは、再びしたためた手紙をカリーナに渡す。

 そして次の週に訪れた配達人が前回も訪れた年若い男である事を確認すると、秘かに忍ばせていたウォーリスの手紙を渡した。


『――……あの、これを……』


『……確かに、受け取りました』


 他の配達物とは別に差し出されるカリーナの手紙を、その年若い配達人は受け取り自身の懐に忍ばせる。

 それから何事もなく配達人は去った後、数日後にゲルガルドがジェイク等と共に領外に離れる予定日となった。


 そして屋敷からゲルガルドが居なくなった日の深夜、ウォーリスが瞼を閉じて眠る納屋の扉を叩く音が響く。

 それを聞きすぐに瞼を開けて口元を微笑ませながら上体を起こしたウォーリスは、扉側に向けて声を向けた。


『扉は開いていますよ』


『――……貴方が、ウォーリス様ですね』


 ウォーリスの声に応じるように、扉は緩やかに開かれる。

 そこには闇夜に紛れ易い黒い布地の外套を羽織った、年若い男の声をした人物が立っていた。


 そして扉を閉めながら納屋の中に入ったその人物は、顔を覆っていたフードを脱ぐ。

 するとその顔を見せながら、改めて寝台ベットに座るウォーリスと話を交えた。


『私がウォーリスです。……貴方が、母上の使者ですね?』


『はい。――……私の名前は、ザルツヘルム。ナルヴァニア様の従騎士を務めております』


 そうして名を明かす年若い男はザルツヘルムと名乗り、初めてウォーリスと会話を交える。

 それは幼い頃からナルヴァニアを慕い続け、その息子であるウォーリスを救う為に遣わされた忠義の使者だった。

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