未熟な技術


 死霊術によって甦り合成魔人キメラ化したバンデラスとの戦いで、死の淵に溺れながら過去の出来事を視るエアハルトは、そこで苦い記憶と共にレミディアに関連する記憶を辿る。

 それは彼女の身近に居たマシラ王ウルクルスやゴズヴァールも知らぬ真実であり、自らを犠牲にして愛する者を救うことしか考えられなかったレミディアの末路でもあった。


 その結末に対して様々な憤りを抱え続けたエアハルトは、辛うじて怒りで意識を覚醒させる。

 しかしバンデラスの脅威を覆せず、重傷を負ったエアハルトに死の拳が浴びせられようとした。


 その最中に現れたのが、元特級傭兵ドルフとの戦いを終えた帝国皇子ユグナリス。

 危機に躊躇せず介入したユグナリスだったが、助けられたことを嫌悪するエアハルトを一喝すると、彼と代わるように合成魔人バンデラスと相対した。


 顔を蹴られ血まで流したことに激怒するバンデラスは、現れたユグナリスに対して圧倒的な魔力と殺意の圧力を向けながら襲い掛かる。

 それに屈せずに立ち向かうユグナリスは右手で持つ剣を下から振り上げ、迫るバンデラスの両拳を打ち払うように薙いだ。


 的確に手首を狙ったユグナリスの剣だったが、その感触はまるで鋼以上の硬度を持つような感触をユグナリスに与える。

 傷こそ与えられなかったものの、迫る両腕を弾いてバンデラスの両拳の勢いは失われた。


 しかし怒り任せに両拳を動かすバンデラスは、ユグナリスの頭を弾かれた左手で掴み掛かる。

 それに合わせて前に出たユグナリスは、合わせるように腕を引かせて両手で持つ剣の刃先をバンデラスの腹部に突き刺そうとした。


「……ッ!?」


 腹部を突き刺したユグナリスだったが、ここで驚愕を浮かべる事態が起こる。

 腹部を通過するはずの剣の刃先が皮膚を貫くことも出来ず、弾いた腕と同じように鋼を超える強度で剣の侵入を防いだ。


 そして頭を掴まれたユグナリスの上体を前に倒したバンデラスは、自身の右脚を跳ね上げながらユグナリスの顔面に膝を直撃させようとする。

 それを防ごうと踏み止まりながらバンデラスの跳ね迫る膝を左手で受け止めようとしたユグナリスだったが、それを貫通するように押し上げる左手と顔面が衝突した。


「グ、ア……ッ!!」


 膝の打撃を受けて押し上げられたユグナリスの頭部あたまは、掴まれた手から離れながらも頭皮と僅かながらの赤い髪の毛を引き抜かれ、身体と首を大きく仰け反らせる。

 そして鼻血を吹き出すユグナリスに追い撃ちをかけるように、バンデラスの放った右拳がユグナリスの腹部に直撃させた。


「ガ……ッ」


「死ねぇッ!!」


 防御ガードすら通じぬバンデラスの殴打は、ユグナリスの腹部に拳をめり込ませながらその身体を吹き飛ばさせる。

 建設中の建物群に衝突しながら飛ばされたユグナリスは、それ等を破壊しながら先程のバンデラスと同じように瓦礫の中に埋もれた。


 圧倒的な性能差を見せつけるバンデラスの肉体は、ユグナリスの剣は勿論、先程まで戦っていたバンデラスの電撃に対しても傷一つとして負っていない。

 強化されている肉体強度は以前に鬼神化したエリクを確実に凌駕しており、殴打についてもそれを上回るであろう膂力を見せながら狂気の笑みを浮かべさせていた。


「人間如きが、シャシャリ出て来やがって……。内臓なかをグチャグチャに潰してやったぜ……!!」


 確かな手応えによってユグナリスの死を感じ取ったバンデラスは、狂気の微笑みを見せながらそう呟く。

 そして瀕死のエアハルトに改めて視線を向けると、その場から歩み出て声を向けた。


「次はテメェの番だ、犬っころ。あの飼い主と一緒に、あの世で散歩でもしてろ……!」


「……ッ」


 ニヤけた笑みで近付くバンデラスに、エアハルトは口から血を流しつつ腰を僅かに落として身構える。

 しかしそうして視線を向け合う二人の意識外から、ユグナリスが吹き飛ばされた建物の瓦礫が崩れる音と共に、そこから歩み出て来た足音と声が二人にも届いた。


「――……いてて……ッ」


「!」


「……なんだと……ッ!?」


 瓦礫から出て来たのは、鼻の部分を左手で覆いながら現れる。

 しかしそれ以外に異常を見せないような淀みの無い歩き方で出て来るユグナリスに、二人は驚きの目を向けながら信じ難いような表情を浮かべていた。


 特にバンデラスの動揺は大きく、死なせたはずのユグナリスの腹部に注目する。

 その部分にあった上半身の衣服は裂けるように破かれていたが、そこには見事に鍛え抜かれた腹筋以外に外傷らしい様子は存在していなかった。


 それを信じ難く見ながら呟くバンデラスに対して、ユグナリスは鼻血を地面へ吐き出しながら改めて顔を向ける。


「たかが人間が、俺の一撃を……ッ!?」


「……厄介なのは、あの堅い皮膚と身体か。……剣が通らないんだったら……!」


 ユグナリスは歩み出ながらバンデラス達が居る場所に近付き、右手に持つ剣を鞘に収める。

 そして二人の傍に近付きながら、腰を深く降ろして右半身を前にしながら素手で構えると、落ち着いた呼吸をしながら鋭い視線をバンデラスに向けた。


 自ら剣を収めて再び対峙するユグナリスに、バンデラスは激昂した表情を浮かべる。

 そして唸るような声で、その怒りをあらわにした怒鳴りを向けた。


「人間が、素手で俺に挑むだと……。……今度はその顔、グチャグチャに潰してやるよぉおッ!!」


 再び身体全体から殺気と共に凄まじい魔力圧を放つバンデラスは、瀕死のエアハルトを無視して舐めた態度を見せるユグナリスに襲い掛かる。

 そして再び両拳と膝を向けた殴打を浴びせようとした中で、ユグナリスはそれ等の殴打を避け切りながら右の掌底でバンデラスの左腹部を突き押した。


「そんな掌底こうげきくわきゃ――……ッ!?」


 握りもせず堅い皮膚にめり込みもしない掌底を受け、バンデラスは意に介することなく左拳でユグナリスを再び叩き潰そうとする。

 しかし次の瞬間、バンデラスの左腹部に異様な衝撃と傷みが走った。


「ガ……ッ!?」


「ハァアッ!!」


「グッ!!」 


 不可解な痛みに思わず上半身を前に傾けたバンデラスだったが、それを追撃するようにユグナリスの左掌底が真下から突き跳ねる。

 そして見事にバンデラスの顎下に左掌底が直撃すると、歯を食い縛るバンデラスは逆に手を跳ね返そうと顎と首に込める膂力を強めた。


「……ァ……!?」


 しかし次の瞬間、バンデラスの顎下から脳にかけて突き抜けるような衝撃が走る。

 その衝撃によって視界が暗転するように回ったバンデラスは、足をよろめかせながら横に倒れた。


 電撃や渾身の力を込めた刃ですら傷付けられなかったバンデラスが昏倒する姿に、エアハルトは思わぬ様子で驚愕する。

 しかし然も当然のように倒れたバンデラスへと身構え続けるユグナリスは、再び深く吸い吐く呼吸を行いながら脳裏に浮かぶ出来事を思い出していた。


 それは老騎士ログウェルに剣の修練を受けていた際、教えられた技術の一つ。

 当時は何を言われているか分からなかったユグナリスだったが、生命力オーラという技術を覚えてからはその意味を理解できるようになっていた。


『――……アンタから受ける木刀けんって、いつも実際に斬られたみたいに痛いな……。……身体を鍛えて痛みにも慣れ始めてるのに、この痛みだけはずっと同じだ……』


『ほっほっほっ。そりゃそうじゃろ。切っとるつもりじゃからな』


『え?』


『儂は常に、お前さんを真っ二つにするつもりで木刀これを振っておる。……お前さんは違うのかね?』


『そ、それは……。……実際の剣ならともかく、そんな刃も無い木刀で、人の身体を斬れるわけないだろ……?』


『だからお前さんの剣は未熟であり、色々と足らんのじゃよ』


『……足りない?』


 地面に座りながら泥だらけで痛みを感じる節々に両手を触れさせるユグナリスに、ログウェルは微笑んだままそう告げる。

 それに対して問い掛けるユグナリスに、ログウェルは考えながらその答えを口にした。


『お前さんは、儂を殺すつもりで剣を振ってはおらん。何故じゃね?』


『それは、だって……。……よほど当たり所が悪くなければ、木刀これで人はそう簡単には死なないだろ?』


木刀それでもあっさりと、死ぬものじゃがな。お前さんが死んでおらんのは、儂が急所を外して手加減をしとるというのを自覚しておけ』


『グ……ッ』


『じゃが儂は手を抜きこそすれ、常にお前さんの人体を斬る想像イメージをしながら木刀これを振り、その時の的確な位置に当てておる。少なくともその時、儂は斬るつもりで木刀これをお前さんに当てている。だから斬られたように痛いじゃよ』


『……でも、本当に斬れてるわけじゃないぞ?』


『当たり前じゃい。……ただお前さんの肉体は、本当に斬られたと錯覚しておるんじゃよ』


『……それって、剣技に幻覚魔法か何かを施してるってことか?』


『まぁ、それに近いかのぉ。ただし魔法は使っておらん。ただ実際には斬られておらんお前さんの身体は、斬られたという幻痛いたみを感じる。いずれお前さんも学ぶだろう事には、そういう技術わざも含まれておるんじゃよ』


 そう話しながら微笑むログウェルの姿を思い出すユグナリスは、その時に話していた技術が『生命力オーラ』である事を察するようになる。

 ただし肉体や物体に生命力オーラを流し込ん膂力と切断力を強めるだけではなく、堅い皮膚を破壊できずとも下に覆われながら守られる内臓などに直接的に生命力オーラを貫通させる方法を、ユグナリスはログウェルの話から学んでいた。


 故に掌底で突き抜けた生命力オーラの打撃がバンデラスの内臓に衝撃と痛みを生じさせ、更に顎下に直撃した掌底が脳を揺らすように貫通して見せる。

 そして倒れるバンデラスを見下ろしながら、ユグナリスは初めて試みた技法に僅かな興奮を覚えていた。


「――……初めてだけど、出来た……。……この方法なら、どれだけ堅い皮膚だろうと意味を成さない……ッ!?」


 身構えながら師匠ログウェルが出来た技術を使えるようになったことで、ユグナリスは大きな自信を得ながら呟く。

 しかし次の瞬間、倒れていたバンデラスは両腕で身体を跳ねさせながら中空に飛ぶと、屈みながら両足で着地した後に立ち上がりながらユグナリスを見据えた。


 そして先程まで激怒させていた顔を引かせ、冷静な表情を浮かべながら睨む瞳と共に声を向ける。


「――……なるほど。気功きこう、しかも発勁ハッケイか」


「!」


「今の人間大陸に、発勁それを使える人間やつがいるとはな。――……だが、まだ未熟だ」


「……!?」


「本物の発勁ハッケイってのは――……こう使うんだよッ!!」


 先程まで狂気を孕んだ狂暴な姿を見せていたバンデラスが、突如として冷静な面持ちでそう述べる。

 すると左半身を前にしながら身構えた後、凄まじい速さで踏み込みながらユグナリスの胸部に左の掌底を放った。


 それを見切ったユグナリスは生命力オーラを纏わせた肉体と両手で胸部を守り、バンデラスの打撃を防ぐ。

 しかし次の瞬間、ユグナリスの胸部とその内臓なかに凄まじい衝撃が走り、ユグナリスに全ての息を吐き出させながら目を見開かせながら身を引かせてよろめいた。


「ァ……、なぃ……!?」


「膨大な生命力オーラを持ってても、それじゃあ宝の持ち腐れだな」


「……!!」


「良い事を教えてやるよ、人間の坊主。――……そんな技術もんは、フォウル国の戦士なら使えて当然なんだよッ!!」


「ガ……ッ、ァ――……ッ!!」


 よろめきながら意識を乱すユグナリスは、呼吸と心臓の鼓動を乱れさせている。

 そんな最中にバンデラスはそう告げると、躊躇の無い右拳を放ってユグナリスの顔面を襲った。


 辛うじて両手を上げながら防ごうとしたユグナリスだったが、直撃したバンデラスの右拳から再び生命力オーラ発勁ハッケイが放たれる。

 そして皮膚や骨を貫通して頭部に衝撃を放つバンデラスの発勁ハッケイによって、今度はユグナリスが脳を揺らされるような感覚を味わった。


 そこに跳ぶようなバンデラスの右脚が襲い、ユグナリスの左顔面と首を強く蹴り上げながら再び吹き飛ばす。

 今度は生命力オーラの防御も無しに攻撃を受けて嫌な音を鳴らしたユグナリスは、そのまま破壊された建物に突っ込みながら再び瓦礫の中へと埋もれた。


 強化された合成魔人キメラの肉体によって鬼神化したエリクに匹敵する膂力と魔力を得たバンデラスは、ただ力頼みの事しか出来なくなったわけではない。

 フォウル国の戦士として修練を受けたバンデラスは、生命力オーラを用いた戦闘技術をそのまま使える状況であり、ザルツヘルムの実験に用いられた合成魔人キメラとは比較できぬ程の実力を兼ね備えた存在へとなっていた。


 しかも電撃や斬撃を受け付けぬ肉体の強度、更に傷は瞬く間に再生する治癒力の高さは、既に魔人の域を超えている。

 この場で唯一の対抗手段だったユグナリスすら問題としないバンデラスの強さは、まさに化物染みた実力モノとなっていた。


 今度は瓦礫から出て来ないユグナリスの状況を見届けたバンデラスは、再びエアハルトの方に視線を向ける。

 そして冷静さを取り戻したバンデラスは、言葉も無くただ歩み寄りながらエアハルトの命を止める為に動いた。


 そんな折、ユグナリスが吹き飛ばされた場所とは真逆の位置にある建物の屋上に、屈んだ姿の人影が映る。

 その人影はバンデラスを見ながら、微笑みを強めて立ち上がりながら声を掛けた。


「――……ねぇねぇ、合成魔人キメラのおじさん」


「あ?」


「……!」


「遊び足りないなら、僕と遊ぼうよ。――……おじさんとだったら、少しはワクワクできそうだからさ」


 そうして建物から飛び降りた少年らしい声の持ち主は、地面に立ちながらバンデラスを見る。

 バンデラスはその相手を不可解な視線で見つめ、逆にエアハルトは疲弊の濃い表情を浮かべながらその人物の名を口にした。


「……マギルス……」


「交代だね、お兄さん達。――……今度は、僕が相手をしてあげる!」


 そう言いながら身構えるマギルスは、背負う大鎌を持たずにバンデラスと相対する。

 そしてマギルスを見るバンデラスの瞳は、先程までの油断や余裕の無さは無く、新たに現れた敵対者マギルスの力量を察しながら身構えた。


 こうして合成魔人キメラ化したバンデラスの脅威に対抗できない二人に代わり、現れたマギルスが相対を希望する。

 それは奇しくも、互いにフォウル国という環境で修練を施された魔人同士の戦いとなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る