変化の表面


 未来のホルツヴァーグ魔導国と同じ遺跡が存在する同盟都市内に侵入した三人は、それぞれに因縁を持つ相手と対峙する。

 その強さは対峙する彼等と拮抗、あるいは凌駕する力量を示しながら、同盟都市内にて激しい戦いを繰り広げ始めていた。


 そうした状況の中、同盟都市周辺にも変化が生じる。


 死体グール合成魔獣キマイラが徘徊する周辺に突如として閃光が走り、その地帯に一人の男が姿を現す。

 その男は目の前から押し寄せる死体グールの大群と合成魔獣キマイラ達を相手に、自身の持つ黒い大剣を振り翳しながら巨大な気力斬撃オーラブレードを放っていた。


 巨体を誇る合成魔獣キマイラや圧倒的な数で押し寄せる死体グール達を消滅させる程の一撃は、その場に攻撃痕を残す。

 しかし別の場所からも押し寄せるそれ等の大群に視線を移すと、その男は表情をしかめながら呟いた。


「――……数が多い。それにしても、やはり黒い塔は……未来で見た魔導国と同じだ」


 押し寄せる敵に対して容赦の無い一撃を加える男は、そう言いながら敵の合間を走り抜けていく。

 すると夜の暗闇で影が落ちる顔に、夜空の光が僅かに照らされる。


 それはウォーリスとの戦い以後、行方が分からなくなっていた傭兵エリク。

 しかもその五体は無傷であり、身に着ける武具についても損傷は無く、健在な様子を見せながら黒い塔の生えるように立つ同盟都市に向けて足を進め続けていた。


 未来の出来事を知るエリクは、マギルスと同様に黒い塔の存在が何を意味しているかを理解している。

 それ故に同盟都市が辿る光景を想像し、都市内部に急ぐ姿が暗闇の中で輝きを魅せていた。


 しかし脅威と言える存在にまで上り詰めたエリクの健在は、同盟都市を拠点とする者達に危機感を抱かせる。

 それは同盟都市内部の施設で各地の状況を操っているアルフレッドを通じて、首謀者であるウォーリスにも伝わっていた。


「――……あの男、生きていたか」


「傭兵エリク。あの男、合成魔獣キマイラも容易く倒しています。このままでは、同盟都市ここに到着するのも時間の問題かと」


「……奴め。ドワーフの武具を持っているとはいえ、この短期間であれだけの実力を身に着けたのか……。……フォウル国はいったい、奴に何をした……?」


 施設内の魔導装置に映し出されるエリクの姿に、アルフレッドとウォーリスの二人は僅かな危機感を抱く。

 

 人間大陸では失われているドワーフの技術力を用いた武具を使い、凄まじい生命力オーラとそれに相応しい身体能力を持つエリク。

 それは二人の知る王国時代のエリクとは大きく異なる実力は、到達者エンドレスであるウォーリスに脅威に思わせる程の存在へと成り上がっていた。


 その危機感を証明するように、ウォーリスは映し出されるエリクの姿を睨む。

 そしてエリクという脅威を排除しようと、アルフレッドにとある命令を伝えた。


「……アルフレッド。予定を変更し、今から同盟都市ここを浮遊させる」

 

「よろしいのですか? この段階で起動させてしまえば、『青』やフォウル国の我々の目的を理解されてしまう可能性が」


「『青』やフォウル国の連中、そして都市内に侵入した奴等については、ザルツヘルム達でも処理は容易い。だがあの男エリクは、力量に応じて鬼神の力すらも扱えるようになっているとしたら。ザルツヘルムだけはなく、私自身ウォーリスを脅かす存在だと言える」


「!」


「それに奴は、間違いなくドワーフと接触している。奴等は魔鋼マナメタルを加工できる唯一の種族。もしそこから魔鋼マナメタルの弱点を聞いていれば、奴はこの施設内にも侵入できてしまう」


「……そうなれば、我々の計画は……」


「破綻する。……奴だけは、同盟都市内に入れはいけない。フォウル国の魔人共もだ。……周辺に配置した戦力コマだけでは、足りないかもしれん」


「では各国に配置した戦力を?」


「ああ。全て転移装置で戻し、同盟都市周辺に配置しろ。起動までの時間を稼ぎ、奴等の侵入を阻め」


「はい」


 ウォーリスの判断と命令に従うアルフレッドは、魔導装置の操作盤を素早い手付きで扱い始める。

 そして画面越しに映し出される人間の四大国家に配置した合成魔獣キマイラ死体グール達を目標ターゲットに定め、魔導装置に組み込まれた転送装置を使いそれ等を同盟都市周辺に集め始めた。


 更に別の国々にも隠し敷いていた戦力コマも集めると、同盟都市の防備はより分厚い層となる。

 それにより各国に及ぶ可能性があった脅威は必然として無くなり、人間大陸の各国は危機を脱する事にも繋がった。


 するとそれ等の脅威から守っていた魔導人形ゴーレム達は、突如として消える合成魔獣キマイラ達などの攻撃目標を失う。

 その魔導人形達に及んでいる状況は、同盟都市周辺の上空に浮遊していた【魔王】にも情報が届いていた。


「――……やっぱり、危機を感じて戦力を集め始めたわね。分かり易い奴だわ」


『……まさかコレも、お前の予想通りか』


「明確な目的がある連中ってのは、それを阻まれと不安が表面化する。特に予想外の事態に慣れてない連中ほど、それが見え易いのよ」


『……やはり、お前とは敵対したくないものだな』


「誉め言葉として受け取っておいてあげる。――……それより、次の段階に移行するわ。こっちも集めるわよ。テクラノスにもそう伝えなさい」


『了解した』


 【魔王】は自らの肉体に備わる通信装置を用いて、それ等の言葉を相手に伝える。

 すると【魔王】自身も暗闇に浮かぶ黒い塔と同盟都市を見下ろし、その周囲に見える白い斬撃を放つエリクを見ながら微笑むような声で呟いた。


「……相変わらずね、エリクは。……それにしても、中のマギルス達は生き残れるかしら……」


 【魔王】は突き進むエリクから視線を逸らし、同盟都市内部に見える僅かな光を見つめる。

 その光は三箇所に点在し、それぞれに『赤』・『黄』・『青』という色を放ちながら激闘を繰り広げている光景が【魔王】の視界に捉えられていた。


「……マギルスとは、良い勝負をしてるわね……。あの狼男の方は、が悪そうかしら。……馬鹿皇子ユグナリスは、あんなの相手に何を苦戦してるんだか……」


 それぞれの戦況を確認しながら呟く【魔王】だったが、ユグナリスに関しては辛辣な言葉を見せる。

 しかしその言葉の裏には、ドルフに対する侮りとは異なる、ユグナリスの力量に関する信頼が見え隠れしていた。


 そして場面は、元特級傭兵ドルフと戦うユグナリスに移る。


 周囲から『影』の刃に襲われるユグナリスは、走り回りながら逃げ続けている。

 『影』に潜むドルフの位置を掴めず、更に攻撃も出来ない状況では、ユグナリスには成す術も無く耐える以外の手段が無かった。


「――……この状況、どうすれば……ッ!!」


 打開策を模索しながら逃げるユグナリスだったが、その身体には多くの切り傷があり、血も多く流れ出ている。

 額にも疲労を見せる汗が浮き出ており、影の攻撃に慣れた感覚とは裏腹に動き回る身体に重さを感じ始めていた。


 一方で、攻撃を続けるドルフ側にも僅かに変化が見えている。


『――……皇子のくせに、なかなかしぶといな……』


 体内に魔力を取り込み、体内を循環する魔力を構築式に乗せて魔法を使用する負荷は、魔法師に確実な消耗を与える。

 しかも長時間の魔法使用は肉体に大きな負荷を及ぼし、常人では日に使える魔法の回数を制限される程だった。


 しかし『聖人』でも『悪魔』でも無いドルフは、ここ数十分以上に渡って『影』の魔法を使い続けている。

 例え逸品と言える触媒や卓越し工夫した構築式や魔法陣を用いていたとしても、その消耗を抑えるには限度があった。


 故に疲弊するドルフは、『影』内部の空間で息を潜めながらユグナリスを狙い続ける。

 そして精度の高い『影』で的確にユグナリスを狙い、多くの戦歴によって導き出される戦術で確実に追い込んでいた。


 すると再び、追い込まれたユグナリスの『影』の刃が襲う。

 逃げ場の無いユグナリスは避ける事を諦め、右手に持つ剣に炎を纏わせながら影を迎撃した。


「クッ!!」


『むっ』


 四方から襲う『影』の刃を見事に迎撃したユグナリスは、そこに生じた僅かな隙によって逃走を再開する。

 しかしその瞬間、ユグナリスに『影』の動きに僅かな違和感が生まれた。


「……今、囲んでいた『影』が追うのを躊躇った……?」


 剣で弾いた『影』達が動きを止めた事に違和感を感じたユグナリスは、そのまま『影』との距離を開く為に走る。

 しかし僅かに遅れて追跡を再開する『影』を察知しながら、その違和感を確信に変えた。


「……俺が剣で迎撃した後に、『影』が動きを止めた。でも、避けるだけだと攻撃が止む様子は無い。……影自体は、物体を切断できるし、剣でも迎撃できている。……どういうことだ……?」


 ユグナリスは改めてドルフの扱う『影』に違和感を持ち、走り避けながら思考を深める。

 するとユグナリスの記憶に残る知識とほろ苦い経験が、とある結論にユグナリスを導いた。


「……まさか、あの影は……。……もしそうだとしたら、俺でも勝てるかもしれない……!」


 そう結論付けたユグナリスは、高い建物の屋上に駆け上り僅かに足を止める。

 すると周囲の状況と立地を確認し、ある場所に当たりを付けた。


 そして追って来た影を避けながら、その場所に向かって走り出す。

 その結果、とある場所に到着したユグナリスは足を止めて振り向きながら剣を構えた。


『……なんだ? どうしてこんな場所に……』


 影からユグナリスの様子を確認するドルフは、訝し気な表情を浮かべる。

 その原因は、建物の無い半径百メートル程の広場で中心に立つ、ユグナリスの覚悟を確認した為だった。


 こうして同盟都市周辺に及ぶ状況に変化が見られる中、内部でも僅かな変化が生じ始める。

 その結果は、都市内部の戦況を大きく覆すことにも繋がっていた。

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