背負う男に


 人間大陸全土で異変を起こそうとするウォーリス達は、魔導装置を操作して数多くの合成魔獣キマイラ死体グール達を各国の首都へ襲撃させる。

 その思惑を阻むように現れたのは、三十年後みらいに存在したはずの魔導人形ゴーレム達だった。


 しかしその様相は微妙に異なり、また性能に関しても三十年前よりも遥かに力強い。

 更に悪魔化している合成魔獣キマイラすらも圧倒する姿と、各国の首都に送られている魔導人形ゴーレムの数は、明らかに単独ひとりでは成し得ない所業だった。


 そうした状況が各国で繰り広げられている頃、場面が【魔王】と呼ばれる人物に移る。

 夜の上空に浮かびながら帝都に迫る数万以上の死体グールを見下ろす【魔王】は、身体に備わる通信器を使いながら誰かと話していた。


「――……そう、やっぱり各国も襲い始めたのね。ワンパターンな連中だわ。……それで、私の作った魔導人形ゴーレムはどう?」


『お前が作ったのではない。我が秘かに作っていたものを、お前が改良しただけだ』


「そのおかげで、アンタが作ってた魔導人形ゴーレムよりも大幅に性能は向上してるはずよ。瘴気を纏った怪物達にも対抗できてるでしょ?」


 皮肉染みた口調でそう述べる【魔王】は、通信を行っている相手にそうした話を向ける。

 それに呆れるような溜息を漏らす通信相手は、別の話題を口に出した。


『……しかし、【魔王】か。よくもそう名乗ったものだ』


「私が人間大陸を滅びしかけたって意味では、【始祖の魔王ジュリア】と一緒でしょ?」


『……あるいはお前こそ、ジュリアの生まれ変わりなのかもしれんな』


「【魔王】の生まれ変わりね。それはまた、随分な皮肉だわ」


『皮肉というわけではない。何せ創造神オリジンの魂とは、一つとは限らぬのだから』


「……それ、どういうこと?」


『かつて、黒に聞いた話だ。……創造神オリジンは最初に死んだ時、その魂を自らの手で七つに砕いた。そして五百年前の天変地異が起きる時、その砕かれた魂を全て復元し、創造神オリジンは復活したと聞く』


「……じゃあ、創造神オリジンの生まれ変わりは一人じゃないってこと?」


『五百年前に創造神オリジンが封じられた時、我はその場に立ち合ったわけではない。……しかし、お前という存在がそうした可能性を思わせてならない』


「!」


『我の推測ではあるが、【始祖の魔王ジュリア】も創造神オリジンの生まれ変わりだった可能性がある。……だとすれば、お前達の魂が別れながらも意味消失していない理由にはなるかもしれん』


「……もしかして五百年前に復活したっていう創造神オリジンは、不完全な復活だった。だから暴走して、世界を破壊しようとした?」


『可能性はある。だがどちらにしても、巫女姫は創造神オリジンの復活を恐れて今の器と魂を殺すのを止めぬだろう。我から説得したところで、聞かぬだろうな』


「……本当、厄介だらけね。この人間大陸って……」


 そうした言葉を呟く【魔王】は、帝都の方角を見る。

 その方角から感じ取れる何かを察知しながら、通信で届く声を聞いた。


『どうやら、到着したようだな』


「みたいね。……アイツ等には、この死体グール共を衝突させましょう。それで少しは、時間が稼げるはずよ」


『それしかなかろう。……もうすぐ日食が始まる。それまでに、奴等の拠点を抑えられなければ……』


「二人の鍵を持った連中が、天界に向かう。……まったく、とんでもない箱庭せかいを作ったものね。創造神オリジンってのは――……」


 【魔王】はそう愚痴を零しながら、死体達が流れ込んで来る東側を飛翔していく。

 そして【魔王】が飛ぶ死体の行軍順路ルートから外れている森林地帯には、膝を着いたまま立ち上がれない帝国皇子ユグナリスがいた。


「――……俺は、どうしたら……」


 共に行動していた狼獣族エアハルトにリエスティアを発端とした今回の悲劇を自分が齎した事態だと怒鳴られながら見限られたユグナリスは、その場から一歩も動けずに留まっている。

 自分の起こす行動が更なる悲劇を招くのではないかという恐れと、犠牲になった者達に対する罪悪感に苛まれるユグナリスは、ただ自分の思考なかに葛藤と向き合いながらどうにか答えを導き出そうとしていた。


「……ログウェル。俺は……」


 そうした中で、不意に人物ログウェルの名と顔がユグナリスの中で思い浮かぶ。

 更に瞼を閉じたユグナリスは、ログウェルとの修練を思い出してた。


 それは三年半程前、ユグナリスが初めてログウェルと対面した後に放り込まれた、西方の未開地で行われた修練。

 魔物や魔獣がひしめく湿地帯の中で過ごし、ログウェル自身に襲われるように戦っていた頃の出来事だった。


『――……ハァ……、ハァ……ッ』


『ほれ、何を休んどるんじゃ。早く立ちなさい』


『も、もう……限界……だ……』


『喋れる元気があるではないか』


『……あ、アンタに……人の心はないのか……?』


生憎あいにくと、人の身からは離れておってのぉ』


 地面に倒れ伏しながら身体を動かせないユグナリスに対して、ログウェルはそうした言葉を向ける。

 そして一向に動こうとしないユグナリスに呆れるように鼻息を漏らし、近くにある横倒しの丸太に腰を据えながら再び話し掛けた。


『お前さん、今までどういう訓練を受けておった?』


『……少なくとも、こんな訓練はしてない……』


『それは知っとるよ』


『……時々、昼食を食べ終えて少し時間が経ってから……訓練場で、騎士達の訓練に混ぜてもらったり……』


『それだけかね?』


『……うん』


『呆れるのぉ。他は何もやっておらんかったのかね?』


『……他は、勉強とか……魔法の練習とかが、ほとんどで……』


『ふむ』


『……だって、俺は皇子だから……。父上の跡を継いで、皇帝にならなければいけないから……。その為には、必要で……』


『確かに、それ等も皇帝となるのであれば必要な訓練じゃがな』


『……間違ってるって、言いたいのか……?』


 首を動かしながらそう問い掛けるユグナリスの様子を見て、ログウェルは首を傾げる。

 そしてユグナリスの問い掛ける言葉とは裏腹に、まったく異なる言葉で返した。


『お前さん、自分が今まで間違っとる事をしたと思っとるのかね?』


『え……?』


『お前さんが生きて来た十八年間、いや十九年間か? その時間を、お前さんは間違ったと思ったりするのかね』


『……分からないよ。……でも、俺はずっと……どれだけ頑張っても、ずっと負け続けて来たから……』


『ほぉ』


『アルトリアには、何をやっても敵わなかった……。勉強や礼儀作法、剣術や魔法、そして他人から向けられる信頼や期待も、全部……。……俺は、何かを間違ってたから……アルトリアに負け続けてたのか……?』


 そうした問い掛けを向けるユグナリスは、その瞳から涙を浮かべる。


 アルトリアという存在に出会ってから、対極の立場に立ち続けていたユグナリスにとって、これまでの全てが負けるばかりの人生だった。

 そうした人生を歩み続けたユグナリスにとって、心の何処かの自分が行い続けた事が間違っていたのではないかと思い浮かんでしまう。


 負の感情とも言える劣等感がユグナリスにある事を見抜いていたログウェルは、それに対する答えを伝えた。


『この世に、間違っとる事など何も無かろう』


『……え?』


『かと言って、正しい事もこの世には無い。……だが確かに存在し自分が理解できるのは、おのれの意思だけじゃな』


『自分の、意思……』


『見返したい、強くなりたい、学びたい、生きたい。――……そういう意思が己を動かし、それ等の意思が大きなうねりとなって、世界すらも動かすこともある』


『……意思が、世界を……』


『儂はな、自分の意思が正しいとか間違っておるとか、そんな事は考えた事も無い。……例え己の意思が間違いだと言う者がいたとしても、それはほかの者の意思が言わせているだけだろうて』


『……』


『お前さんの十九年間は、正しいことでもないし、間違ってた事でもない。……そしてこれからも、お前さんの意思は正しくはなく間違ってもいない。……もし意思を失い立ち止まる事があるとすれば、お前さんはお前さんの居る世界を、そして何もかも動かせなくなるぞい』


『……俺の意思で……世界を、動かす……』


 微笑みながら話すログウェルの言葉を聞いていたユグナリスは、地面に置いている腕に僅かな力を込める。

 そして両手を開きながら地面に置くと、それを支えに身体を起こし始めた。


 泥に塗れた姿ながらも立ち上がったユグナリスは、再び剣を握りながらログウェルと向かい合う。

 その表情にはユグナリス自身の強い『意思』が宿っており、それを確認したログウェルは微笑みを見せながら鞘を固定した剣を握って訓練を再開した。


 そうした過去の記憶と重なるように、今現在のユグナリスも泥に塗れた姿ながらも立ち上がる。

 そして思い浮かべる師匠ログウェルの姿を幻視しながら、向き合うように言葉を向けた。


「――……そうだよな、ログウェル。……俺は、俺の意思で世界を動かした。……その結果が、コレなんだよな……」


『それで、ここで立ち止まるのがお前さんの意思かね?』


「……いいや。俺はやっぱり、リエスティアを助けたい。……そして二人で一緒に、シエスティナを成長を見守りたい。……父上や母上が、俺にそうしてくれていたように」


 幻視するログウェルを通じて、ユグナリスは改めて自身の意思を自分自身に語り掛ける。

 そして自分の成長を見守り続けた両親の事を思い出しながら、改めて両目から涙を零した。


「……俺の意思で犠牲にした人達には、一生を賭けても償えないかもしれない。……なら俺は、一生その罪を背負い続けるよ。そして、これからも……」


『お前さんは、それでいいのかね?』


「だって、リエスティアを守れなかったら。……その背負い続ける罪よりも、ずっと後悔するって。俺は分かってるから」


 苦笑しながらそう伝えるユグナリスに、幻視されるログウェルはいつものように微笑む。

 そして導くように、ユグナリス自身の声を伝えさせた。


『なら行くといい。お前さんの意思に従ってな』


「勿論だ。……ログウェル、俺は――……」


 振り返りながら歩み出そうとしたユグナリスだったが、何かを思い出すように幻視されたログウェルの方へ顔の向きを戻す。

 しかしその場にログウェルの姿は失われ、僅かに口を開いていたユグナリスは顔を伏せながら呟いた。


「……俺は、ログウェルも犠牲にしてしまった。……でもきっと、ログウェルなら……。……さっきまでの俺を見てたら、またいつもみたいに叱るんだろうな……」


 ユグナリスは寂しそうに微笑みながらそう呟き、再び振り向きながらその場から走り出す。

 そして同盟都市の建設予定地である場所を目指し、一人で向かい始めた。


 こうして【魔王】と自称する人物達が加わった状況の中で、立ち止まったユグナリスも再び動き出す。

 それは今までの犠牲を乗り越えるのではなく、罪を背負い続ける事を選んだ、一人の男を映し出していた。

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