偽りの繁栄
修理を終えた
そこでオイゲン学園長等に出迎えられ、修復された通信用魔道具のある建物と部屋に訪れた。
そして各帝国領に送り届けた帝国貴族達と交信すべく、セルジアスは最初に北方領地を治めるゼーレマン侯爵家に通信を試みる。
しかしその通信に応じて姿を見せたのは、ウォーリスの影武者としてオラクル共和王国の王を務めていた、茶髪の青年アルフレッド=リスタルだった。
意図しない形で姿を見せたアルフレッドに対して、セルジアスは驚愕しながらも内心に留めて睨む顔を向ける。
そして真っ先に考えた状況を探るように、アルフレッドに対して問い掛けた。
「……ゼーレマン侯爵家に向けた通信に、どうして貴方が……。……まさか……」
『おや、これは誤解させてしまったらしい。御期待に沿えず申し訳ないが、この通信はゼーレマン領から受け取っているわけではありません』
「ならば、どうして貴方が……」
『簡単な事です。
「そんな事が……!?」
『可能です。勿論、ただ奪うだけではない。他国との通話に割り込む事も、秘かに通話を盗み聞く事も可能ですよ』
「馬鹿な……。いったい、どうやって……っ」
『ウォーリス様の持つ技術力のおかげです。ただそれとは別に、各国の通信用魔道具に細工しているからでもありますが』
「各国の……!?」
『この通信用魔道具もそうですが、大半の魔導装置の製造元はホルツヴァーグ魔導国となっています。……しかし装置を作る為の部品に関しては、その限りではない』
「まさか、部品に……!」
『特定の部品を組み合わせる事で、我々が用いる通信装置がそれ等で発せられる通話内容を傍受できるようにしている。それに留まらず、こうして制御を奪う事も可能なのですよ。』
「……その話が本当だとしても、何故そんな事が出来る……!? 魔道具に関する装置製造と部品製作は、四大国家……特にルクソード皇国とホルツヴァーグ魔導国の共同で行われていたはず……!」
『その事業こそ、ウォーリス様が立案した事なのですよ。厳密に言えば、ゲルガルド家の歴代当主とも言うべきでしょうが』
「!?」
アルフレッドは微笑みと共に語り、通信用魔道具の部品に仕掛けられた機能について明かす。
それを聞いていたセルジアスも流石に驚愕の表情を隠せず、それでも冷静さを保ちながら問い掛けを続けた。
「……二百年前にガルミッシュ帝国が建国されて以後、ゲルガルド伯爵家にそんな権限は一度として与えられた事は無かったはずです。大々的に通信用魔道具が各国に設けられるようになったのも、フラムブルグ宗教国家との戦争状態が終結して以後。約五十年前の事だと聞いていましたが?」
『その通りです。しかし共同開発と製造の責任を担っていた者達は、ゲルガルド伯爵家の息が掛かっていたとしたら?』
「なるほど。その際に設計構造と部品に仕掛けを施し、このような事が出来るようにしたと。……それでも腑に落ちない。ルクソード皇国はともかく、ホルツヴァーグ魔導国にまでその息を届けられるはず――……!」
自身でそこまでの疑問を問い掛けようとした際、セルジアスはある事に気付いてしまう。
その視線は画面に映るアルフレッドから逸れると、後ろに控えている魔法学園の長オイゲンと周囲に居るホルツヴァーグ魔導国の魔法師達に向けられた。
彼等は斜め様に床を見ると、セルジアスの視線から顔を逸らす。
それを見ながら何かを察したセルジアスは、再び驚嘆の声を漏らしながら呟いた。
「まさか……」
『察しが良い方だ、貴方は』
「……ゲルガルド伯爵家が、ホルツヴァーグ魔導国と結託していた……!?」
『正確に述べるなら、魔導国を支配していた。と言えば正しいでしょうね』
「!」
『魔導国に集う者達は、知識に関する探究において確かに高い向上心を持っています。……しかし多くの者達には、それ等の技術を活かし広める思考などは、著しく欠如している場合が多い』
「……だから魔導産業に手を伸ばし、魔導国を支配するに至れたと……」
『そうですね』
「しかし、魔導国の建国は四百年以上前。ルクソード皇国が正式に建国されるより遥かに前だ! 既にその頃から興されていた魔導産業に、途中からゲルガルド伯爵家が介入し国を操るまで支配する事は出来ないはず――……」
『介入などしていません。……魔導国に魔導産業を興した者こそ、ウォーリス様の祖であるゲルガルド血族なのですから』
「……なんですって……」
驚愕すべき情報を聞いたセルジアスは、思わず息を飲みながら驚愕で足を引かせる。
そんなセルジアスの反応を楽しむかのように微笑むアルフレッドは、次々とゲルガルド伯爵家とそれに連なる真実を明かしていった。
『貴方が思う程、ゲルガルド血族の歴史は浅くない。……何せゲルガルドの血筋は、五百年前に起きた天変地異より以前から存在するのだから』
「な……っ」
『そして今現在の人間大陸が、天変地異の
「!?」
『天変地異の
「……そんな、まさか……。信じられない……っ!!」
『三十年も生きていない貴方には、信じ難い話でしょう。しかし、これは変えようの無い事実です。そしてガルミッシュ帝国もまた、その例外ではない』
「!?」
『貴方達は言わば、ゲルガルド血族によって繁栄を許容されていた者達。仮初の
「……我々が、家畜だと……っ!!」
『そう。そして家畜の運命がどうなるかは、仮にも帝国宰相という立場に居る貴方ならよく御存知ではありませんか?』
「……!!」
『家畜とは、管理する上位者に喰われる為にだけ存在する。――……その時が、訪れたということです』
アルフレッドはそうした事を述べると、左手の親指と薬指を擦りながら指音を鳴らす。
すると次の瞬間、アルフレッドを移していた球体の画面に人間大陸の全体地図が映し出された。
そして次の瞬間、四大国家の治めている大陸に赤い点滅が浮かび上がる。
それを見ながら嫌な予想を浮かべたセルジアスは、画面の向こうから聞いているであろうアルフレッドに怒鳴った。
「コレは……貴様達、何をしようとっ!?」
『貴方の居る帝都と同じですよ。――……これから、ルクソード皇国・ホルツヴァーグ魔導国・フラムブルグ宗教国家の首都を襲撃します』
「!?」
『方法も、貴方達が良く知るやり方ですよ』
「……
『その通りです』
「そんな事をして、何の意味があるっ!? ただお前達が支配していた国を滅ぼし、敵に回すだけだと言うのにっ!!」
『滅びゆく世界の中でただ死んでいく命を、有効活用してあげるのです。むしろ廃棄処分しないだけ、感謝してほしいものだ』
「命を、活用……!?」
『ウォーリス様が築く新世界に、家畜が蔓延る文明は必要ないということです。……無論、今後の世界に貴方も必要は無い。セルジアス=ライン=フォン=ローゼン』
「……!」
そう告げられた直後、セルジアスは自身の周囲に意識を向ける。
すると
セルジアスは学園長を睨みながら、僅かに憤りを宿す声で問い掛ける。
「学園長、貴方達は……!」
「……宰相殿。我が身と本国に残して来た家族を守る為には、こうするしかないのです」
「!」
『――……本国と通信を封じられ、孤立した帝都の学園に閉じ込められ、更に本国も滅びてしまう。彼等の立場では、私達に従うしかない』
「貴様……っ!!」
『勿論、抵抗しても構いませんよ? 貴方ならば、この状況からでも逃げられるかもしれない。……しかし貴方が逃げれば、この学園に居る全員が死ぬ事になる』
「なに……!?」
『学園に張られている結界に、少し細工をしていましてね。……貴方が学園から逃げた時には、結界内に居る者達から魂を抽出し、有効活用できる
「……ここまで外道だったか……っ」
『私はザルツヘルムやウォーリス様と違い、敵に容赦するつもりはありません。――……さぁ、学園長殿。
「……ッ」
微笑みを絶やさず穏やかな声でそう促すアルフレッドの声に、学園長と魔法師達は表情を強張らせる。
そして杖に取り付けられた魔石を介して、それぞれに攻撃性のある魔法を詠唱し始めた。
それに対して焦りを向けるセルジアスは、諦めを見せずに学園長等に声を向ける。
「落ち着きなさい! ここで私を殺したとしても、奴等が貴方達を見逃す保証は何も無いっ!!」
『しかし
「……申し訳ない」
「ッ!!」
セルジアスの説得はアルフレッドの
それぞれの属性魔法によって放たれた高位の攻撃魔法はセルジアスに逃げる隙を与えず、四方八方を覆いながら迫った。
そして各攻撃魔法が着弾し、凄まじい閃光と衝撃が室内に響く。
すると外で待機していた
「――……ガァアッ!!」
「なんだ、何が起こったっ!?」
パールはセルジアス達が向かった方角から衝撃音が鳴り響いたのを察し、持って来ている鉄矛の槍を持つ。
そして衝撃が起こった場所に向かおうとした瞬間、その行く手を阻むように外と建物に控えていた数十人以上の魔法師達がパールを狙うように攻撃魔法を放った。
「なっ!?」
突如として迫る攻撃魔法を目視したパールは、走ろうとしていた体勢から一気に右足と左足を跳ねながら
そして両手を地面に着けながら回転するように回り跳び、
「貴様等、どういうことだっ!?」
「――……こ、ここに居る家族が死なない為には、こうするしかないんだ……っ!!」
「!?」
「……ごめんなさい、ごめんなさい……っ」
近くで攻撃して来た魔法師達の顔が見えたパールは、その表情に困惑を浮かべる。
その魔法師達は魔法学園の学生らしく、家族を伴って魔法学園内に避難していた。
しかし学園長等と同様に、外の脅威が取り払われない状況で孤立した魔法学園内に閉じ込められ、自身と家族の命を人質に取られてしまう。
そして否応なくアルフレッドの目論見に協力させられ、帝国宰相セルジアスの暗殺に手を貸すことになっていた。
彼等の見せる表情は、怯えと恐怖に震え、こうした事態に巻き込まれた事を涙する者もいる。
しかしそうした者達を見ながら、パールは勇士として鋭い顔を見せながら槍を構えた。
「……よく分からんが、お前等が敵側だというのは分かった。――……なら、お前達は全力で叩くっ!!」
「!」
パールは右手で槍を握ったまま、異様な前傾姿勢で腰を落として身構える。
すると凄まじい速度で駆け出すと、近くで攻撃して来た魔法師達に向けて走り出した。
それを迎撃しようと杖を構えながら詠唱を開始した若い魔法師に対して、パールは突如として横に跳躍する。
「ア、ヴォア……ッ」
「!?」
殴られた魔法師はそのまま三メートルほど後方へ吹き飛び、そのまま苦しむ声を漏らして気絶する。
しかし凄まじい速さで動くパールは、更に違う魔法師に狙いを定めながら駆け出していた。
そのパールに応戦すべく、脅されながら敵対する魔法師達が速度の高い攻撃魔法を次々と放つ。
それを肌に
こうして魔法学園に訪れたセルジアスとパールの二人は、アルフレッドの脅迫された魔法師達に襲われる。
それが身勝手な理由である事を承知しながら襲う魔法師もまた、絶望的な状況で生き抜く為の選択をしたのだった。
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