許されない存在


 死者の行軍に遭遇した帝国皇子ユグナリスと狼獣族エアハルトは、その行き先が帝都である事を察する。

 そして同盟都市の建設予定地がウォーリスの拠点である可能性を知り、各国で増援を呼ぶ妖狐族クビアにその情報を伝えようとした。


 そこで治癒魔法に用いる魔力をそのまま紙札に流し込み、人間であるユグナリスもアルトリアと同じ要領で扱えるようになる。

 しかし交信できたクビアから得た情報は、ユグナリスにとって期待していた内容ではなく、むしろ絶望と憤怒が入り混じるような複雑な心境を抱かせた。


 ユグナリスは紙札を落とそうとしたが、それをエアハルトが掴み取る。

 そして改めてクビアが伝えた内容を聞き、膝を着いて地面に項垂うなだれるユグナリスを見下ろしながら眉をひそめた。


「――……皇子の女リエスティアが、創造神オリジンとやらの身体?」


『そして御嬢様アルトリアの方が、その創造神オリジンの生まれ変わり。つまり魂なんですってぇ。』


「その創造神オリジンとやらの復活を阻止する為に、フォウル国の魔人が来るのか。……たった二人の女を、全力で殺す為に」


『そうよぉ。五百年前に起きた天変地異がぁ、創造神オリジンが復活したせいなんですってぇ。だからぁ、また天変地異それが起きるのを巫女姫は恐れてるみたいねぇ』


「……チッ。どいつもコイツも、面倒な考えばかりで動く……」


 クビアを通じて巫女姫の思惑とフォウル国の動きを知ったエアハルトは、舌打ちを漏らしながら悪態を吐く。 

 そして伏したままのユグナリスに対して、胴体を右足で蹴り上げた。


「グ……ッ!!」


「それで、貴様はいつまでそうしているつもりだ?」


 苛立ちの声を向けるエアハルトに対して、ユグナリスは両腕で地面に触れながら身体を起こす。

 しかし膝は地面へ着けたまま、泥が付着した顔を上げずに呟き始めた。


「……なんで、こんな……っ」


「ん?」


「なんで、リエスティアが……。……どうして、リエスティアを……っ!!」


「……貴様の女リエスティアは、この世界を作ったとかいう創造神オリジンという奴の身体らしい。そしてもう一人の女アルトリアは、その魂を持った生まれ変わりだそうだ」


「!!」


「どうやら首謀者ウォーリスが欲しいのは、女達ではなくその身体と魂の方らしい。それで創造神オリジンを復活させて、この世界を得ようとでも考えてるんだろう」


「そんな事の為に、こんな……っ!!」


「それを阻止するには、何が一番早いか。それが、創造神オリジンの身体と魂の持ち主を殺す。それがフォウル国の結論らしいな」


「……ッ!!」


 エアハルトは自身の推測も交えながら話し、首謀者ウォーリスの目的とそれを阻止しようとするフォウル国の出した結論の意味を伝える。

 それを聞いたユグナリスは歯軋りをしながら身体を起こすと、怒り混じりに涙を浮かべた青い瞳をエアハルトに向けながら言い放った。


「そんなの、あの二人を殺す理由にならないっ!!」


「!」


「オリジンとか天変地異とか、そんなの知った事じゃないっ!! ……俺はただ、大事な女性リエスティアを取り戻したいだけだっ!!」


「……」


「なのに、なんで……。……リエスティアは、幼い頃からずっと酷い目に遭い続けていたんだ。幸せも何も得られない、ただ苦痛のような日々を必死に我慢しながら……!!」


「……ッ」


「俺はただ、そんな彼女を好きになって……幸せにしたいと思った。一緒に色んなことを得ながら幸せになって、これから先はずっと笑ってほしいと思った……。……それだけなのに、なんでそんな彼女から、何もかも奪おうとするんだっ!!」


 怒鳴りながら涙を流すユグナリスは、リエスティアに悲劇を起こそうとする理不尽な運命そんざいに怒鳴る。

 それを聞いていたエアハルトは僅かに視線を細めながら歯軋りを起こすと、苛立ちを含んだ声を向けた。


「……貴様の言葉それは、利己主義エゴでしかない」


「!!」


「自分が良ければそれでいい、愛する者が良ければそれでいい。そんな貴様の思考エゴと違い、フォウル国の方は多くの犠牲を生み出さない為の方法を考え、あの女達を殺すと言っている」


「……そんなの、それこそ向こうの勝手でしょうっ!? 当事者おれたちの意思を無視して殺すなんて、絶対に許さないっ!!」


「ならば、貴様こそ最も許されない存在だろう」


「なっ!?」


「貴様があんな女リエスティアを愛した為に、この帝国くにはこんな有様になっているんだぞ」


「……!!」


 激情するユグナリスに対して、エアハルトは鋭い睨みと言葉を向ける。

 それを聞いたユグナリスは激情のまま動かしていた口を思わず閉じ、次の言葉を放てずに言い淀んだ。


 そして言葉を失ったユグナリスに対して、エアハルトは容赦の無い追撃を加える。


「そもそも、貴様があの女さえ愛さなければ、こんな事態にはならなかった」


「……そ、そんなの……」


「あの女は、同盟とやらを結んだ時に人質として送られて来た者なのだろう。そんな女を同情して愛し、それを幸せにしたいと手放さなかったから、相手ウォーリスにこんな行動を起こさせたんだろう。違うか?」


「ぐ……っ!!」


「貴様の行いが、今回の悲劇じたいを起こした。貴様の父親ゴルディオスを殺し、帝都あそこやこの帝国に暮らして居た無関係な者達を更に殺め、今度はこの死体共だっ!!」


「……っ!!」


「そう考えれば、俺でなくとも貴様の行動は苛立つ事ばかり。貴様が起こした結果で生まれた犠牲を見ながら、まるで被害者や善人でもあるかのように装った偽善こうどうばかり。……少しは自分の行いをかえりみて、恥を知れ。人間ッ!!」


「……ぁ……っ」


 本気で怒鳴るエアハルトの鋭い言葉と眼光は、ユグナリスの精神こころに突き刺さる。

 そして立たせた膝は精神と共に折れるように曲げられ、再び地面に膝を着けながら顔を項垂れさせた。


 ここに至り、ユグナリスは自分の行いが齎した結果を改めて認識する。


 出会いを果たしたリエスティアに恋をし、そして女性として愛するを自分自身で選んだ。

 そして反対する父親ゴルディオス母親クレアを説得し、周囲に居る者達を味方に付け、リエスティアと共に居られるように様々な者達を巻き込んだ。


 その結果が、こうした無惨な状況にガルミッシュ帝国を辿らせる。

 そして辿らせる道を選び続けていた者こそが、まさに自分である事をユグナリスは自覚してしまった。


「……違う。俺は、そんな……」 


「貴様がどう思おうと、どう言い繕おうと。貴様が一人の女リエスティアを愛し固執し続けたことが、この状況を生み出した。それに変わりはない」


「……!!」


「貴様が女と一緒になるのを諦めていれば、死ぬはずの無い者達が大勢いた。今でも幸せを楽しみ、笑って過ごせる者達がいたはずだ」


「ぁ……あぁ……っ」


「貴様は自分とその女を幸せとやらにする為に、他大勢の幸せと笑顔を奪った。――……俺から言わせれば、貴様ほど許されてはいけない人間は、この世にいない」


「……!!」


「そんな貴様が、まだ自分の為だけに幸せを望むのか。……今度は誰の幸せを、そして誰の笑顔を、貴様は奪うのだろうな?」


「ぁ……、ぁ……っ」


 葛藤する精神こころの中で必死に藻搔もがこうとするユグナリスに対して、エアハルトは嫌悪に満ちた視線を向けながらそうした言葉を放つ。

 それを聞いていたユグナリスは表情から生気を失くし、ただ虚ろな青い瞳から大粒の涙を流し始めた。


 そんなユグナリスを一瞥したエアハルトに対して、紙札を通じてクビアが話し掛ける。


『……キツいことぉ、ハッキリ言っちゃうのねぇ』


「事実だ。それにも気付けない馬鹿の逆上になど、付き合ってられん」


『まぁ、そこらへんは同意見だけどねぇ』


「それと、フォウル国の奴等に伝えてやれ。狙っている女二人は、同盟都市という場所にいる可能性が高いとな。場所は帝都にいる奴等に聞かせろ」


『いいのぉ? そんな情報を教えちゃったらぁ、そこの皇子がぁ……』


「お前が懸念するような事にはならん。――……こんな馬鹿やつを相手にする暇人やつなど、この世にはいないだろうからな」


 エアハルトは失望にも似た見下す視線でユグナリスを見つめながら、一人だけで歩み始める。

 そしてその場にユグナリスを置き去りにし、自らは魔力の匂いを辿りながら同盟都市のある場所へ走り始めた。


 しかしユグナリスはそれを追う様子も無く、ただ地面に這い蹲りながら力の無い拳を僅かに握る。

 そして涙を流し続けながら、誰に向けているかも分からぬ問い掛けを零し続けていた。


「……俺は、どうしたら……。……どうすれば、いいんだ……」


 リエスティアを取り戻すという目的によって保たれていたユグナリスの精神は、ここまで来て崩壊を始める。


 自身と愛する者の為に利己エゴを貫き、無関係な多くの者達に更なる犠牲を強いるのか。

 それとも、愛する者を諦めて多くの者達が犠牲にならない道を今回は選ぶべきなのか。


 その岐路に立たされたユグナリスは、自分でどちらも選べず、ただ這い蹲る事しか出来ない。

 そんなユグナリスを見限ったエアハルトは、ただ一人だけで同盟都市建設予定地もくてきちまで向かい続けたのだった。


 こうして一変する状況の中で、僅かな変化も訪れてしまう。


 ウォーリスを倒しリエスティアを取り戻そうとしていたユグナリスが脱落し、首謀者ウォーリス達に立ち向かうのはエアハルトだけになる。

 更に創造神オリジンの復活を阻止する為に動くフォウル国は、リエスティアとアルトリアの二人を殺す為の戦力を帝国へ向かわせる状況へ至ったのだった。

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