偽る自分


 帝城にて開かれる新年の祝宴パーティーに、サマンサと呼ばれる女性が招待客として訪れる。

 その女性サマンサには、身に覚えのあるアリスと呼ばれる付人の女性と、グリフィンと呼ばれる紳士服を纏った男性が従者として連れ添われていた。


 この三名は正式な招待客として大広間の扉を潜り、祝宴場パーティーに入場する。

 そしてサマンサが前を歩く形でアリス達も追従し、先に入場していた招待客に紛れた形で祝宴パーティーに参加した。


 この三名が祝宴に参加する少し前、場所はアルトリア達が匿われている別邸の屋敷に時は移る。


 屋敷のアルトリアが寝泊まりしている部屋に訪れていたクビアとエアハルトは、アルトリアに渡された衣服と装飾品を着せられ、互いに相反する表情を見せていた。

 そしてアリス自身も用意していた質素に見える茶色の装束ドレスを身に纏いながら、二人に対して話し掛ける。


『――……今日は祝宴パーティーに参加するけど、予め偽名を決めるわよ』


『偽名だと? そんなものが必要なのか』


『出席者の名簿を確認してるはずだから、偽名は必要。それに変装してるのに、正直に本名で出席する馬鹿はいないわ』


『確かにねぇ』


 アルトリアの言葉に不服そうなエアハルトだったが、着飾ったクビアは納得しながら偽名の必要性に同意する。

 そんな二人に対して、アルトリアは視線を向けながら名乗らせる偽名を伝えた。


『クビア。アンタは今日の祝宴パーティーでは、サマンサ=バッグウェルよ』


『サマンサねぇ。了解ぃ』


『エアハルト。アンタはグリフィンね』


『……チッ』


『で、私はアリス。招待状を受付の人間に渡す時や、誰かに名乗る必要がある場合は、その偽名を名乗りなさい。うっかり本名なんか名乗るんじゃないわよ』


 アルトリアは二人にそう告げ、偽名を付けて二人を祝宴パーティーに参加させる。

 そしてサマンサの名義で招待状を受け取っていたアルトリアは、それを受付に渡す事で見事にクビアを出席者サマンサとしての立場に置かせた。


 こうして祝宴に参加した三人は、偽りの身分と変装すがたで出席者の中に紛れる。


 祝宴場の内部では、既に参加した招待客がそれぞれに集団グループを作りながら用意されている発泡酒シャンパン葡萄酒ワインを手に取り、それぞれに談話を行われていた。

 その中には各貴族家だけではなく、良縁を結んでいる帝国内の商家なども招かれており、そうした場で各貴族家や盛況な商家との繋がりを築こうと、それぞれが関係を得る為の機会チャンスを作ろうとしている。


 その場に参加したクビアは、一目で男性陣を魅惑する美しい見た目であり、装束ドレス装飾品アクセサリーも他の参加者達に比べて派手である事もあるせいか、特に視線を注がれる事が多い。

 それに困るような言葉を呟くのは、サマンサ本人と付人役を演じるアルトリアだった。


「あらぁ、熱い視線を注がれてるわぁ」


「……ちょっとやり過ぎたかしら。私を目立たせない為に着飾らせたのに……」


 余裕の微笑みを浮かべるクビアに対して、アルトリアは苦い表情を浮かべながらこの状況を良しとしない言葉を見せる。

 クビアを盾にして自分の存在を薄めようと考えていたアルトリアは、逆に目立たせた為に自分達一行が祝宴の中で目立っている事を嫌っていた。


 そうした中で、会場の招待客に飲み物を配っている執事風の男性が一行の前に歩み寄る。

 そして業務的ながらも礼節を弁える形で、クビア達に対して両手に乗せた盆に乗る三つの酒器グラスを見せながら問い掛けた。


「――……御客様。御飲み物はいかがでしょうか?」


「あらぁ。それじゃあねぇ、その発泡酒シャンパンをくれるぅ?」


「分かりました。そちらの御二人は、いがかいたしましょうか?」


「いらん」


「いえ、私達は結構です」


「分かりました。何かお飲み物が必要な場合には、いつでも付近に控えている給仕に御伝えください」


 クビアは発泡酒シャンパンを受け取り、追従している二名は飲み物を受け取らない。

 そして畏まるように礼を見せた執事の男性は、新たな酒を受け取り他の参加者達に配る為にその場を立ち去った。


 そして発泡酒シャンパンを受け取ったクビアは、酒器グラスに唇を付けながら少量を飲み込む。

 飲み込んだ発泡酒シャンパンを楽しむように口に含んだ後、それが喉を通った後に感想を伝えた。


「あらぁ、良い発泡酒シャンパンねぇ。何処で作ってるモノかしらぉ?」


「さぁね。……というか、何で飲んでるのよ」


「だってぇ、祝宴パーティーで飲んでないのも不自然じゃなぁい?」


「それはそうだけど。アンタが酒に酔って尻尾と耳を出したら、正体がバレるのよ。酒は控えなさい」


「あらぁ、大丈夫よぉ。人間の作った酒では、私達は酔わないしぃ」


「……どういう事?」


「人間大陸で作られてる食べ物ってねぇ、魔大陸と違って魔力が微量にしか含まれてないのよねぇ。だから魔人わたしたちはぁ、あんまり味を感じなかったりするのぉ。お酒もぉ、飲んでも酔えないのよねぇ」


「それ、初耳なんだけど?」


「あらぁ、知らなかったのぉ? てっきり知ってると思ってたわぁ」


「なんでよ」


「だって貴方ぁ、鬼神の血を引いてる男を連れて旅してたわよねぇ? てっきりその辺の事情も知ってるんだと思ってたわぁ」


「……!」 


 クビアとアルトリアは小声ながらも、魔人の食物事情に関して話し合う。

 その事実を初めて知った様子を見せるアルトリアは、少し考えながらも腑に落ちない表情で隣に立つエアハルトに話し掛けた。


「グリフィン」


「……」


「ちょっと、グリフィンさん?」


「……チッ、なんだ?」


「聞きたい事があるんだけど。……アンタも食事する時に、味をあまり感じないの?」


「……ああ。魔物や魔獣の肉以外は、味がしない」


「他の魔人達ひともそうだった?」


「なんだ、急に」


「アンタの闘士仲間だったマギルスって、覚えてるわよね?」


「……それがどうした」


「あの子、アンタ達と一緒に居た時に食事はどんな感じだったの? やっぱり、味は感じて無かった?」


「……いや、特に文句は言わずに食っていたはずだ。あの我儘だった小僧マギルスにしてはな」


「そう……。……マギルスは、普通とは違うってことかしら……?」


「……フンッ」


 アルトリアの質問にエアハルトは答えたが、その不可解な質問を怪訝に思いながら顔を逸らす。

 尋ねていたアルトリア自身も、記憶にあるエリクの特に感慨も無い様子で食事する様子と、マギルスの食事を楽しむ様子が異なる事に初めて疑問を浮かべた。


 そうした事に思い悩む様子を見せるアルトリアに対して、長身のエアハルトは怪訝な視線を向けながらある話を行う。


「マギルスか。……そういえば、奴もあの森に居たな」


「……えっ?」


「俺が居た魔大陸の森に、奴も居た」


「え……。……それ、何時いつの話?」


「半年ほど前だ」


「!」


「奴の匂いが、微かにあの森に残っていた。何故マギルスが居るのかと思ったが、奴の匂いを追うように蟲共も集まっていたから、匂いを追う気は無かった」


「魔大陸の蟲って……。……それって、マギルスは無事なの?」


「さぁな。あの森は蟲共の放つ匂いと、食虫植物の甘い匂いが酷すぎて、死体の匂いなど分からん。仮に死んでいたとしたら、蟲共に喰われていて跡形も無いだろう」


「……!!」


 アルトリアは驚きを見せながらエアハルトの話を聞き、考えるように思い悩む。

 その様子を更に怪訝に思うエアハルトは、嫌悪しながらもアルトリアに問い掛けた。


「何故、マギルスの事を気にする?」


「……しばらく、一緒に旅をしてたのよ。アイツも」


「なんだと……?」


元闘士アンタ達と戦った後、マギルスが私達と一緒に来るって付いて来たの。……なら、マギルスと一緒にエリクの匂いもあった?」


「……いや。あの森では、あの男の匂いはしなかった。ケイティルの匂いもな」


「そう。……そうなの……」


 エアハルトの証言に複雑な表情を浮かべるアルトリアは、記憶に浮かぶ仲間達かれらの事を考える。


 ルクソード皇国のハルバニカ公爵家に預けられた状況で目覚めたアルトリアは、既に一年以上という時間を過ごしていた。

 そして目覚めぬ自分を置いて他国に向かったと伝えられている仲間達の消息についての情報は、アルトリア自身の耳には入って来ない。


 各国に追われていた状況を改善する為に旅立った仲間達の安否は、今は不明。

 唯一、『赤』の七大聖人セブンスワンに選ばれたとされるケイルは生存は確認されているが、目覚めた際にはルクソード皇国を既に発っており、長らく戻る事は無いともダニアスから伝えられている。


 かつての仲間達が、今どのような状況に在るのか。

 そして本当に、約束事として伝えている一年後か二年後に姿を見せてくれるのか。


 そうした心配事とは別に、アルトリアはもう一つの深い疑念を心の中に宿らせている。

 それを誰にも聞かせる気の無い小声で、アルトリアは呟いた。


「……今の私は、彼等にとって……どうなんだろう……」


 その声は周囲の声に紛れ、傍に立つエアハルトやクビアにすら聞こえない。

 しかしその一言は、『アリア』の記憶を持つ今の自分アルトリアにとって、解決できない悩みを持つ証明ともなっていた。

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