仲間の意思


 三十年後みらいで生き延びていたシスターは、エリク達と同様にクロエによって選ばれる。

 そして共和王国に潜入したクラウスとワーグナー達を助け、目覚めない『黄』の七大聖人セブンスワンミネルヴァを託して共和王国から脱出するように頼んだ。


 しかしクラウスは『緑』の七大聖人セブンスワンに渡されていた『聖魔石』の粉末を用いて彼女ミネルヴァに施されている呪術を解き、ミネルヴァの転移魔法で全員が共和王国から脱出することを提案する。

 その提案を受け入れたシスターは『聖魔石』の粉末が入った小袋を受け取り、それをミネルヴァに飲ませる為に水を用意し始めた。


 そうした間に小屋の周辺で待つ一同の中で、訝し気な表情を浮かべるワーグナーがクラウスに尋ねた。


「――……あの『聖魔石』だっけか。粉末とは言え、魔石なんか飲ませて平気なのかよ?」


「さぁ、分からん」


「……えっ?」


「聖魔石も魔石同様に、魔法を行使する魔法師を補助するモノのはずだ。その魔石を飲ませて呪術が解けるかは、私にも分からない」


「いや、アンタ……。さっきは自信満々に、治るって言ってなかったか……!?」


「別に、私自身に確信があるわけではない。……しかしシスターに未来ゆめを見せた神とやらが本物ならば、この事態すらも予期していたはず。ならばミネルヴァを起こせるのは、私の持っていた『聖魔石アレ』しか無い」


 クラウスは聖魔石での解決策を提案した裏側で、こうした思考をしていた事を明らかにする。

 それを聞いていた面々は驚愕と呆気を同居させた微妙な表情を浮かべ、ワーグナーは大きな溜息を吐き出しながら再び問い掛けた。

 

「はぁ……。……その、なんだ。シスターが話していた未来の話、アンタは本当に信じるのか?」


「信じるというよりも、可能性の話だ。未来の予知夢ゆめを見せる能力ちからが存在する可能性は、否定できないからな」


「マジであるのかね、そんな能力ちから……」


「無いと考えるより、在ると考えた方が思考を広げ易い。『悪魔』などという絵物語の存在モノが目の前に実在しているのだ。『神』がこの世界の何処かに居ても、不思議ではあるまい?」


「……悪魔に、神様ねぇ。……まったく、普通の人間にはついていけねぇ話だ」


「その部分は同感だな。……しかしシスターの話で、一筋の光明が見えたのは確かだ」


「光明?」


「『死霊術』は確か、秘術の類でも四大国家では禁忌に分類される内容のはず。そして生者ならともかく、死者の魂や肉体を用いる術はフラムブルグ宗教国家が最も嫌う所業のはずだ。ミネルヴァを味方に付ける事が出来れば、四大国家の他にもフラムブルグ宗教国家が加わり、ウォーリスの野望を防ぐ為の戦力が集められるかもしれん」


「!」


「四大国家とフラムブルグ宗教国家を味方に付けられれば、例え同盟が破棄されたとしても、ガルミッシュ帝国はウォーリスや共和王国に対して対等以上の戦いが行える。例え【特級】傭兵を含む銃を用いた兵が十万に達しようと、七大聖人セブンスワンと各国の戦力が集えば恐れるに足らんさ」


 クラウスはその部分に関する話を述べ、ウォーリスが抱く野望を打ち破る為の方法を教える。

 それを聞いていたワーグナーは僅かに驚きを秘めた表情を浮かべたが、冷静な面持ちに戻りつつ視線を落としながら呟いた。


「……確かに、それが一番のやり方なのかもしれんな。……だが……」


「不満か?」


「……誰かに頼りっぱなしの解決方法よりも、俺の手で野郎ウォーリスに報いを受けさせたい。どうしても、そう考えちまう」


「その考えは理解できる。だが悪魔を従え、七大聖人セブンスワンと同じ聖人りょういきに至っているウォーリスを殺すのは、私達の手では不可能だろう」


「……ッ」


「報いを受けさせる為の準備は、私達で行う。そして、その結果を見届ける。……その為にも我々は生き延びて共和王国から脱し、各国にこの情報を伝えに行かねばならない」


「……」


「出来れば、情報の信憑性を得る為にも証拠を得たいところだが。今からそれを探るには、かなり無理があるだろう。だが七大聖人セブンスワンであるミネルヴァが証言してくれれば、私達が伝えるよりも信憑性は増えるはずだ。……妥協しろという話ではない。今は自分達がやれる事を果たそう」


「……ああ、そうだな」


 クラウスの言葉を聞いていたワーグナーは、両手で両頬を軽く叩きながら気落ちした表情を冷静な面持ちに戻す。

 そして自分達が現状で果たすべき事を見つめ直し、ウォーリスの野望を打倒する為の準備に協力する決意を示した。


 それを聞いていた団員達の一人が、決意を秘めた顔を見せながらワーグナーに話し掛ける。


「……副団長!」


「ん?」


「……死霊術とか、七大聖人セブンスワンとか、俺にはよくは分かんないっすけど。……でも、俺にもウォーリスって野郎に一泡噴かせる話、乗せてくれませんか?」


「!」


「さっきは、俺等と無関係な復讐に巻き込まれたんだと思って、やるせない感じになってたんすけど。……でも、ウォーリスって野郎が俺達の王国こきょうを無茶苦茶にしようとしてるのは、なんとなく分かります。そうですよね?」


「……だろうな。だが、お前はこの王国くにが嫌いだったろ?」


「そりゃ、嫌いでしたよ。でも俺等が嫌ってたのは、クソみたいな王国貴族共と、それに媚びへつらってあくどい事をしながら使われてる連中だ。……それ以外は、割と好きでしたよ」


「!」


「俺は元々、田舎の出身で。大家族なのに村の土地が貧しいから家から追い出されて、行くあても無いとこを団長エリク副団長アンタに拾われた。……何処にも行けなかった俺に黒獣傭兵団って居場所をくれたのは、副団長達だ」


「……そうだったな。だが、その恩返しで俺等に協力したいってんなら――……」


「恩返しとか、そういうのとは違うんっす! ……ただ、なんって言えばいいか分かんないっすけど。……このまま黒獣傭兵団だんから離れて、別の事をやっても。……俺はきっと、何かに後悔しちまう気がします」


「……!」


「後悔するくらいなら、このまま進んじまうのも悪くないかもなって。……で、後悔しないだろうなって思った時には。それが、副団長や黒獣傭兵団ここから離れ時だと思ってます」


 一人の団員がそう述べ、黒獣傭兵団を抜けずに副団長であるワーグナーに付いて行く意思を見せる。

 それを聞いていた他四名の団員達も、全員が頷きを見せながら言葉を発した。


「……まぁ、確かに。団を離れるにしても、中途半端な時期ですね」


「ウォーリスの野郎に嵌められて追い回されちまってるのは事実だし、このまま抜けても腹の虫が治まらないのも確かだ」


「俺、あの蒸し暑い樹海で暮らすのにはまだ慣れてないんっすよねぇ」


「そうそう。果物とかは美味いんっすけど、肉は魔物の肉が大半だし、あの幼虫を踊り食いしてるのだけは無理っす!」


「なんだよ、お前。ただ食い物が嫌なだけじゃねぇか」


「ハハハッ!!」


「そうだよなぁ。贅沢は言わんから、せめてまともな食い物がある場所で暮らせるようになりてぇよな」


「同感」


 五名の団員達は会話を交え、それぞれに思っていた言葉を口にする。

 それを聞いていたワーグナーは僅かな驚きと共に軽口を叩く一同を見つめていると、団員達は顔を向けながら自分達の意思を伝えた。


「……副団長。俺等は別に、アンタの復讐を嫌々で手伝ってたわけじゃないんだぜ?」


「!」


「俺達は俺達で、考えを持ってアンタに付いて来たんです。ちゃんと納得してね」


「……」


「その旦那クラウスの作戦が上手く行けば、俺達は勝ち組になるんでしょ? だったら、今離れるのは損じゃないっすか?」


「……お前等……」


「勝ち組かぁ。そん時には、帝国からたんまり報奨金とか貰って、良い暮らしが出来るようにしてもらいましょうや。丁度、現公爵の身内もそこにいることだし」


「ふっ」


「俺等は、黒獣傭兵団だんを離れません。一緒に行かせてください」


 団員達はそれぞれに決意を見せ、ワーグナーと共にウォーリスの野望を打倒する為の道を歩む事を選ぶ。


 それを聞いていたワーグナーは僅かに顎に力を込めながら、歯を食い縛って顔を伏せる。

 そして一息を吐き出した後、伏せていた顔を上げて団員達に告げた。


「……分かった。だが、俺からも頼む。――……ウォーリスに一泡を噴かせる為に、協力してくれ」


「はい!」


「了解っす!」


「ついでに、野郎ウォーリスをぶん殴れたらぶん殴りましょうぜ!」


「そりゃいい。だったら、俺等の出番も用意してもらわなきゃな」


「それが終わったら、また黒獣傭兵団みんなで集まって宴会でもしましょうよ!」


「何処に居るか分かんないけど、エリクの旦那も誘ってな!」


「おう!」


 ワーグナーと団員達は笑顔を見せながらそう話し、再び互いの目的と意思を固める。

 その光景を見ていたクラウスもまた、口元に微笑みを見せながら呟いた。


「……本当に、良い仲間達だな」


 クラウスはそう微笑みを見せながら、黒獣傭兵団の結束力と互いを思い合う姿を見つめる。

 村人達も明るい声を発する黒獣傭兵団達の姿を見て、自然と笑みを浮かべていた。


 そうした状況でシスターが飲み水を持って来ると、明るくなった面々に微笑みを浮かべながら小屋へ入り、寝かされているミネルヴァの傍に近付く。

 そして『聖魔石』の粉末を口の中に入れ、水を少しずつ注ぎながらミネルヴァの体内へ入れた。


 こうして黒獣傭兵団は互いの意思と目的を再び共有し、ウォーリスの野望を打倒すべく自分達の役割を認識する。

 その目的を果たす為に必要なミネルヴァの目覚めを、全員が見守っていた。

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