商号を持つ者
変革を迎えて旧王国民がほとんど居なくなってしまった王都の状況に、ワーグナーを含んだ黒獣傭兵団の面々は困惑の色を表情に見せる。
そうした中でクラウスが得ていた情報が、
教会の
それを聞いた際、黒獣傭兵団の全員が僅かな明るい顔を見せたが、すぐに悩ましい表情を見せながら顔を伏せる。
その意味を理解しているのか、クラウスは全員の顔を見回しながら尋ねた。
「それで、お前達はどうする?」
「……」
「迫害を受けながら南方で暮らしていると思われる者達。それが本当に、お前達の気に掛けていた者達だとしたら」
「……ッ」
「その者達を放置したまま、このまま王都を深く探り目的となる情報を得るか。それとも、その者達と接触して何かしらの情報を得るか。……その決断は、お前達に
クラウスはそう聞き、
このまま王都に残り続けても、住民だった旧王国民が少なく外国人が多い現在の王都では、黒獣傭兵団の冤罪に関する証拠を得られる可能性は低いのは確かだった。
だからと言って行商団から離れて王都を出たとしても、南方の何処に居るかも分からないシスター達を探しに向かうのは、共和王国から警戒を向けられる可能性が高い。
更に心情的にも、
感情的にも、そして自分達に有利となる情報を得る為にも、黒獣傭兵団の思考はある結論に導かれる。
それを改めて伝えるワーグナーは、全員に顔を向けながら告げた。
「――……王都を出て、シスター達を探すぞ」
「!」
「これは別に、感情的になって言ってるわけじゃねぇ。シスター達が俺等を庇い続けてくれたんだとしたら、あの事件について何かしらの情報を得ていた可能性もある。今の王都よりも、シスター達が持ってる可能性がある情報の方が遥かに信頼できるぜ」
「……確かに、そうですね」
「そうっすね。シスター達を、探しに行きましょう!」
ワーグナーの言葉を受けて、団員達は自分達の抱く目的と感情を一致させる確かな道筋を見出す。
そして全員が賛同の意思を見せると、ワーグナーは口元を微笑ませながら次の話に移った。
「んじゃあ、シスターを探す為に南方に向かうとして。問題はそこまで向かう為の手段と、行商団の事だな」
「俺等は帝国から来た商人って事になってますからね。
「その点をどうにかしないと、南方に向かうどころの話じゃねぇのも確かだ」
「もし秘かに出て行っても、一週間後には行商団が国境に出発しちまう。そこで共和王国に俺達の潜入がバレたら……」
「それについては、何か策はあるんっすか? 副団長」
団員達は提案について反対はせず、それを叶える為の問題点を話し合う。
そしてこれ等の問題をどのように解決するかを、団長代理を務める副団長のワーグナーに尋ねた。
その質問を聞いたワーグナーは、クラウスに視線を移す。
そして全員がクラウスに注目すると、ワーグナーは顔を上げながら声を向けた。
「アンタの知恵を借りたい。俺達が南方に向かう為には、王都を出るしかねぇ。だが出来るだけ、
「……まぁ、無くはないな」
「!」
「だが、絶対に怪しまれないという策ではない。何より、お前達の親しい者達が南方に居たとしても。そこに共和王国の目が向けられていれば、我々の動きも筒抜けとなってしまうだろう」
「……」
「下手をすれば、我々の潜入が共和王国側に暴かれる可能性も高い。……それでも、南方に向かうか?」
「……ああ」
クラウスの問い掛けにワーグナーは真剣に答え、団員達も無言で頷きながら決意の表情を見せる。
それを見届けたクラウスは腕を組み、全員にとある話を伝えた。
「お前達の覚悟は、確かに聞き届けた。……ならば、外来の商人達を頼るしかないな」
「外来の商人を?」
「行商団については、我々の代わりに運搬と作業を行う作業員を雇い入れる。その依頼を、外来商人達に依頼するのだ」
「!」
「
「豪商の店……?」
「ああ。――……帝国やマシラ共和国を中心に様々な貿易商を営み、更に人も運ぶ事を生業とする豪商。『リックハルト』だ」
クラウスは外来商人に依頼し、行商団の代理となれる作業員や南方に向かう為の手配を行う手段を伝える。
その依頼を出す相手に選んだのは、
そして次の日の朝、クラウスはワーグナーを伴いながら王都に築かれたリックハルト商店へ足を運ぶ。
二人は店内へ入ると、クラウスは受付を行っている女性に声を掛けた。
「――……私は同盟都市開発の資材運搬を行う行商団に加わっている、クラルスという者だ。依頼を行いたいのだが、リックハルト氏は
「クラルス様、ですね。リックハルト様との御面会を御求めようですが、アポイントなどは?」
「いや、会う約束はしていない」
「そうですか。申し訳ありませんが、アポイントの無い御客様とリックハルト氏は御面会を
「そうか。では、予約をしておこうか」
クラウスは受付の女性に
そして用紙を書き終えた後、申請用紙と共にあるモノを取り出して受付の女性に渡した。
「この
「は、はぁ……?」
クラウスは受付の女性にそう話を述べ、懐に忍ばせていた一つの薄い金属板を渡す。
その板には赤く染められた薔薇の
そして部屋に戻ると、ワーグナーは不可解そうな表情を見せながらクラウスに聞いた。
「――……おい。あの板に、何の意味があるんだ?」
「ふっ。まぁ、アレを見ればリックハルト側も慌てるだろう。そういう代物だ」
「慌てる……?」
「リックハルトの目に早く届けば、明日にでも使いの者が来るだろう。その時に会い、依頼を行えばいい」
「もし来なかったら?」
「その時には、また別の手段を考えるさ」
クラウスは自信に満ちた表情でそう伝えると、ワーグナーは微妙な面持ちを浮かべてしまう。
しかし他の手段が無い現在では、クラウスの策にワーグナーは乗るしかなかった。
そして次の日、ワーグナーや黒獣傭兵団の面々は驚愕の朝を迎える事になる。
それは彼等が予想していない人物が、宿に訪れたせいだった。
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