二人の決意


 ウォーリスの抱く目的に反意を見せるアルトリアは、用意されようとしている盤上に自らの意思で踏み込む事を決める。

 そしてセルジアス達にウォーリスの提案を乗る条件を提示し、驚愕させられながらもそれを承諾させるに至った。


 その条件を叶える為に、書斎に集まっていた一同がアルトリアを伴いながらリエスティアの居る寝室に訪れる。


 寝室内には四名の人物が存在し、寝台に背を預けているリエスティア本人の他には、王国時代から付き従っている侍女がいた。

 そして二人の他にも、執事と護衛を兼ねる悪魔ヴェルフェゴール、それと向かい合う老騎士ログウェルが居る。


 悪魔ヴェルフェゴール老騎士ログウェルは互いに向かい合いながら微笑みを浮かべていたが、互いに訪問者達が訪れても視線を向けずに油断も隙も見せる様子は無い。

 それをいち早く察するのは、強者の位置に最も近い舞台ステージにいるユグナリスやセルジアスであり、二人は両者の出で立ちを緊張と共に一息を飲み込む。


 そして訪れたアルトリア達に対応したのは、リエスティアの侍女である若い女性だった。


「本日は皆様で、どのような御用でしょうか?」


「リエスティアの答えを聞きに来たわ」


「!」


 アルトリアはそう述べ、侍女の前に歩み出ながら奥の寝台に居るリエスティアへ視線を向ける。

 そして侍女を通り越すような声量で、リエスティアへ直接に問い掛けた。


「リエスティア。聞こえたわね?」


「……アルトリア様」


「この間の返事だけど、少し急ぐ理由が出来たわ。今ここで、貴方の答えを頂戴ちょうだい


「……ッ」


 強めの口調で問い掛けるアルトリアは、リエスティアの先日の答えを尋ねる。

 

 それは寿命を削る事になっても成功するか分からない、生命力をもちいた下半身あしの治療。

 保留していた治療を受けるか否かの問い掛けをアルトリアは行い、今この場で決断する事を強要した。


 それについて、瞼を閉じたままのリエスティアは表情を強張らせる。

 そして敷き布シーツを握り締める手の力を強めながら、伏せていた顔を上げてアルトリアの声がする方向へ口を開いた。


「……アルトリア様。幾つか、御伺いしたい事があります。それについて御答え下さい」


「私が質問してる側だったはずなんだけど?」


「それについて答えて頂ければ、私も治療に関する御返答をします」


「それで対等に取り合ってるつもり?」


「いいえ。……私は、身勝手な事をユグナリス様に言いました。それはきっと、アルトリア様に多大な御迷惑を掛けてしまう事だと承知しています。……その事も含めて、アルトリア様に御答え頂きたいのです」


 うつむ気味ぎみだったリエスティアはそうした意思表示を見せ、アルトリアに対して言葉を向ける。

 瞼を閉じながらもリエスティアが向ける顔を見るアルトリアは、一秒ほど思考した後に口を開いた。


「……で、何が聞きたいの?」


「ありがとうございます。……きっと今回のアルフレッド様の提案で、アルトリア様は皇国に戻られると理解しています。その前に、どうしても御聞きしたいのです。……貴方の知る、私の兄ウォーリスについて」


「……」


「リエスティア様は、私の兄ウォーリスが共和王国の王ではなく、国務大臣を務めていらっしゃるアルフレッド様だとおっしゃっていました。……それは、本当の事なのでしょうか?」


「ええ。少なくとも、私と貴方が幼い頃に出会った日。貴方が今と同じように寝台で寝ている部屋に来たのは、間違いなくアルフレッドと名乗ってる男だった。そして貴方自身が、兄と共に来ていると言った。だったら、あの男が貴方の実兄あにで間違いないわ」


「……そうですか。……では、共和王国の王であるウォーリス様は……?」


「影武者でしょ。貴方の兄を名乗らせて、貴方と自分の関係性を他人だと思わせてたんでしょ」


「……でも、どうしてそんな事を、わざわざ……?」


「貴方自身に、実兄あにだと話せない事情がある。そう考えるべきでしょうね」


「事情……?」


「あそこまで頑なに認めようとしないのには、何かしら重要な理由がある。――……例えば、悪魔と契約した代償とかね」


「!?」


 アルトリアはそう述べ、執事を兼ねる悪魔ヴェルフェゴールに視線を向ける。

 その言葉に驚きを見せたセルジアスは、二人の会話に声を差し挟んだ。


「どういうことだい?」


「悪魔と契約する際には、魂を代価とした契約と共に、ある代償を支払わされる。……それは、悪魔によって課せられる制約ルール。それを破れば、悪魔は契約者の願いを叶える前に魂を奪える」


「!!」


「仮に、あの男ウォーリスが悪魔と契約したのなら。『妹に実兄あにだと名乗ってはいけない』。そんな制約を課せられた可能性もあるということ」


「……!!」


「だからあの男は、決して貴方を妹だとは認めない。でも貴方を傍に留めて保護する為には、それなりの理由が必要となる。だから彼は、影武者を貴方の兄に仕立てて保護する理由とさせていた」


 アルトリアは悪魔ヴェルフェゴールを目の前にしながらその事を話し、リエスティアに伝える。

 それを聞いていた悪魔ヴェルフェゴールは表情に浮かべる微笑みを僅かに強め、笑いの息を漏らした。


 ヴェルフェゴールの正体を知るセルジアスは、契約による悪魔の代償ルールが事実なのだと即座に理解する。

 しかし最も驚いていたのは、アルトリアが説明も無しにヴェルフェゴールを悪魔だと理解していた事だった。


 その驚愕を抑えるセルジアスに代わり、リエスティアは動揺を浮かべながら再び問い掛ける。


「……あ、あの。悪魔って……?」


「あくまで例え……いや、悪魔あくまの例えよ。他にも、魔法師にはみずからに制約ルールを取り決めて、それを守る事で常人離れした能力を手に入れることもある。そうした代償行為の一つとして、あの男は貴方に自分の素性を明かさない可能性があるということよ」


「……でも、それでは。私に兄だと知られてしまえば、その制約ルールを破ってしまう事になるのでは……?」


「そのはずだけどね。少なくとも貴方に兄だと知られてしまえば、課せられた制約ルールが何かしらの反応を示すはず。肉体が弱体化したり、大きな負荷を掛けられた状態になったり。……ただあの時の男は、そうした様子を見せなかったけど」


「……!」


 アルトリアは制約に関する事を伝える中で、ウォーリスがそうした負荷を感じていた様子が無かった事も述べる。

 それを聞いたセルジアスは、リエスティアにとってウォーリスは兄ではなく、実の父親である事を二重に隠していた意味をようやく理解した。


「……そうか。だからあの男は……」


「ん?」


「……アルトリア。その事について、後で私から伝える事がある」


「今は話せないこと?」


「ああ。……今、彼女リエスティアの前で明かすのは。少し不味い事になるかもしれません」


「そう。じゃあ、後で聞かせて」


 セルジアスはアルトリアの傍に近付きながら小声で伝え、後程それについて話す事を伝える。

 それを聞いたアルトリアはそれに応じ、改めてリエスティアに向けて尋ねた。


「貴方のお兄さんについて私から話せるのは、それだけね。それ以上の情報は、推測に推測を重ねた上での話になってしまうわ」


「……そうですか。……分かりました。兄については、これ以上の事を聞きません」


「そう。で、他に何か聞きたい事は?」


「……治療の話です。仮に治療が成功すれば、どの程度で……立って、歩けるようになりますか?」


「これも推測だけど、少なくとも一年くらいは必要じゃない? しかも貴方は妊娠中。仮に治療が成功したとしても、あと数ヶ月もしたら筋肉の弱まった足では御腹を大きくしたままリハビリも出来ないでしょうから。それを込みで考えると、二年弱は掛かるかもね」


「……二年……」


 アルトリアに治療後の事を聞いたリエスティアは、数秒ほど悩む様子を見せながら顔を伏せる。

 そして再び顔を上げると、リエスティアはアルトリアに向けてこう伝えた。


「……アルトリア様。御質問に御答え頂き、ありがとうございます」


「そう。なら、こっちの質問にも答えてくれる?」


「はい。――……アルトリア様。どうか、治療を施して頂きますよう、御願いします」


 リエスティアは深々と頭を下げながら、治療を行う事を頼む。

 それを聞き届けたアルトリアは頷きを見せながら、後ろに控え立つセルジアス達に顔を向けながら伝えた。


「分かったわ。――……これで、私の条件は達成クリアよ」


「え……?」


「リエスティア。貴方がもし治療を受けなかったり、少しでも渋る様子があれば。私は今すぐ、帝国から去るつもりだった」


「!」


「そして去らない条件として、貴方が自ら治療を受ける事を承諾することだった。……まぁ、ギリギリ合格ってとこね」


「……ご、合格……?」


「そして私は、あの男の提案に乗って、帝国の技術指導員として雇われる。ただし、貴方の治療後の経過や妊娠中から産後までの様子も確認する主治医にさせてもらったわ」


「え……!?」


「私、帝国ここだと医師免許を持ってるのよ。治癒魔法師としても資格を有してる。貴方の主治医になるのには、何も問題無いわ。いいわね?」


「……は、はい。お願いします……!」


 アルトリアは自ら主治医になる事を認めさせ、それをリエスティアは承諾する。

 その条件が成立した事で、ユグナリスを始めとした一同は安堵の息を漏らしながら二人の事を見つめていた。


 こうしてアルトリアは帝国に雇われる共和王国の盟約で求められている技術指導者の一人となり、更にリエスティアの主治医として故郷に留まる事が決まる。

 そしてこの日から一年以上に渡り、リエスティアの治療をアルトリアは継続し続ける事になった。

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